物語なき、この世界。

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2021.07.12 UP

『物語なき、この世界。』観劇レポート&舞台写真を公開!!

客席と舞台を区切るプロセニアム(額縁)に合わせるように、両袖に「ゴジラロード」のL字型シンボル街路灯がそびえるリアルな装置(美術:愛甲悦子、映像:冨田中理)。奥まったつき当たりのビル屋上からゴジラヘッドが覗く新宿歌舞伎町の新名所で、岡田将生を主演に迎えた三浦大輔(作・演出)三年ぶりの新作、『物語なき、この世界。』は展開する。


売れない俳優の菅原裕一(岡田将生)と、同じくミュージシャンの今井伸二(峯田和伸)は、たまたま歌舞伎町のキャバクラや喫煙所で居合わせてしまった、高校の同級生。仲がよかったわけではなく、ばつの悪さもあって、とりあえず居酒屋には行っても、特に話は弾まない。ただ、ゴジラのいる映画館へ向かう人の流れを見て、
「みんな自分の人生が退屈だから、『物語』を見たくなるんじゃないの、わかんないけど」
「でも、人一人いれば、そこに必ずその人が主人公の『物語』は存在する、とか言われるじゃん、わかんないけど」
といった会話を交わすと、以後二人は、自分らの身に起きた(る)しょうもない出来事が『物語』と言えるかどうか。言えたとして、そこで自分は主役になれるか脇役で終わるのか、という判断基準を持ち出し始める。ダラダラした暇つぶしの会話のようでいて、これは自己承認欲求を強く内包するであろう俳優やミュージシャンにとっては、切実な命題に違いない。可笑しいのは、そんな彼らにつられたわけでもなかろうに、菅原の彼女のOL里美(内田理央)や今井の後輩の田村(柄本時生)や、彼らを見かけたスナックのママ智子(寺島しのぶ)までもが、『物語』の定義について言及したり、自らの主役/脇役認定をし始めたりすること。さらに、この作品の中では「脇役」に相当する風俗嬢(日高ボブ美)やキャバ嬢(増澤璃凜子・仁科咲姫)や警察官(米村亮太朗)や風俗店店長(宮崎吐夢)までもが、ある者は「脇役」扱いを拒否するかのように攻撃的に、またある者はさりげなく、自らの『物語』の一端を語って「ただの脇役」を回避してみせるのだ(あとひとり「ギャラ呑み」OL(有希)にも語らせてほしかった)。まるで、稽古に作品の登場人物が現れて自分の役の性根について訴えたり、演出家を批判したりし始めるピランデッロの『作者を探す六人の登場人物』のような、『物語』にまつわる「メタ演劇」的な様相を呈して意表を突く。

 

岡田将生は、オーラを消し去ったクズ男ぶりで、ラストシーンにその成果が炸裂し、峯田和伸のありのまま(に見える)存在感も得がたい魅力。彼らの『物語』の主役といっていい橋本浩二役の星田英利も、絶望と人の良さが同居した、青年二人の将来が重なるような中年男を切なく演じている。
総じて、三浦作品に通底していた悪意や暗さがなりを潜め、クズぶりがコメディにまで昇華しているのが印象的。三年前の『そして僕は途方に暮れる』では、ダメな主人公・菅原裕一にも成長の兆しが見られたけれど、今回の菅原裕一は、一貫してクズ男のまま。そこに嫌悪感が漂わずカラッと笑えてしまうのは、岡田将生の個性なのか、三浦の諦観か。いずれにしても、クズ男の徹底した健在ぶりが、なんだか愛おしく思えて楽しくなった。

(7月10日ゲネプロより)

 

 

 

 

 

文・伊達なつめ
撮影・細野 晋司