渋谷・コクーン歌舞伎 第十六弾「切られの与三」

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2018.04.27 UP

製作発表レポート

94年にスタートして以来、公演のたびに進化を続ける渋谷・コクーン歌舞伎。第十六弾『切られの与三』の製作発表が、4月13日、シアターコクーン稽古場にて行われた。コクーン歌舞伎としては、初めて取り組む演目に期待が集まる中、中村七之助、中村梅枝、演出・美術の串田和美、補綴の木ノ下裕一が顔をそろえた。

 

 コクーン歌舞伎待望の新作は、『与話情浮名横櫛』に新しい風を吹き込む意欲的な作品。中村七之助が立役の与三郎をつとめ、中村梅枝がお富をつとめる。また、現代における歌舞伎演目上演で注目の木ノ下歌舞伎を主宰する木ノ下裕一が上演台本を手掛ける。

 

 演出・美術の串田和美は「ずいぶん前からやりたかった演目」と切り出した。

「よく上演されるのは『玄冶店』だけど、実はとても長い作品で、瀬川如皐の台本が全部上演されたことは一度もないし、上演のためにカットされたり、変化している。宇野信夫さん、岡鬼太郎さんの上演台本もありますが、そろそろ新しいバージョンが生まれてもいいのではないかと思って。与三郎が傷を負いながら流転していく姿に、身体の傷だけではない、いろいろなものが重なっている気がしています」

 

 補綴をつとめた木ノ下はコクーン歌舞伎初参加。初めて見た歌舞伎が平成中村座の大阪公演『夏祭浪花鑑』『法界坊』だったという縁がある。

「小学生の頃、演劇雑誌のバックナンバーでコクーン歌舞伎の第一弾『四谷怪談』の記事を読み、東京では面白いことをやっているんだなと、すごく興味を持ちました。それがこうして自分が関わることができて、本当に光栄です。戦々恐々でもありますが(笑)。串田さんの演出する歌舞伎は、登場人物と現代がつながっている感じがして、毎回、感銘を受けています」

 

 女方を中心に活躍している七之助が、今回はまさかの立役で、意外なキャスティングにも注目が集まる。

「コクーン歌舞伎は父が残してくれた大切な宝物の一つです。出演できることがまず大きな喜び。今回は与三郎を演じますが、立役は慣れていないので、今はまだ自信がありません(笑)。しっかり稽古をして、与三郎に臨みたいと思います。与三郎は、立役からすると、誰もがやってみたい役らしくて、今回の配役が公になると、現・幸四郎のお兄さん、愛之助のお兄さんが、楽屋に飛んできて、『傷はこうやって作るんだよ』と(笑)、話してくださいました。先輩たちの思い入れも腹に持ちつつ、与三郎を演じたいです」

 

相手役の梅枝は、コクーン歌舞伎初参加。

「不安とワクワクが入り混じる感情です。お富は一度、やらせていただいていますが、今回は内面から作ることになるので、新たな気持ちで稽古をがんばりたいと思います。七之助の女方が見たかった!と言われないように」と笑いを誘いながらも「今回のお富は、一言で言えば、性悪な女(笑)。出てくるたびに違う女性像のような感じがします。どう変化するのか、自分でも楽しみにしています。七之助さんは一番年が近い女方の先輩であり、尊敬していますし、同時に嫉妬もしています。僕なりのいいところが、お富にうまくはまっていけば」

 

 『与話情浮名横櫛』は元々は講談や落語で、後から歌舞伎になったもの。今回の上演では、それらを一部取り込みながら、新たな与三郎とお富の物語を創り出す。

「人物像や話の展開にもいろいろなバージョンがあり、それを一つの物語、一人の人物像としてまとめることは可能なのか、木ノ下さんと話し合いながら、台本作りを進めています。『四谷怪談』の演出では、サラリーマンを登場させましたが、変なことをやろうと思っているわけではなく、忠臣蔵の仇討ちの使命感と現代のサラリーマンが重なったから。いつも思うのは、私たちの物語にしたいということ。現代と関係ない昔のお話ではなくて」

 これを受けて、木ノ下も台本に込めた想いを語ってくれた。

「私たちの物語って、いい言葉ですね。補綴していて思ったことはたくさんあるのですが、“傷”がキーワードかなと。10年くらいのスパンの物語で、江戸の環境も社会も急変していく中で、与三郎は取り残されていく存在。与三郎の傷は、社会全体の傷の象徴でもあるというところまでいけたら」

 コクーン歌舞伎に新たな歴史が刻まれる今回。変化していく中でも、ひとつだけ変わらないことがあると七之助が言う。

「父や先輩方の熱量の凄さを、間近で見てきました。その熱量は今も変わりません。稽古場に入ると、みんな、スイッチが入る感じがします。みんなが、どんなことでも試す稽古場で、それはずっと変わりませんね」

 莫大な熱量から生まれる『切られの与三』に期待はふくらむ!

文・沢 美也子