渋谷・コクーン歌舞伎 第十六弾「切られの与三」

トピックスTopics

2018.05.03 UP

コクーン歌舞伎に影響を受けてきた新鋭 木ノ下裕一の初参加に注目!

 現代の感性で歌舞伎の古典作品を読み直し、エネルギーに満ちた意欲作を次々と送り出してきた“コクーン歌舞伎”。第十六弾となる今年は『与話情浮名横櫛』を新たな視点でとらえ直した新作『切られの与三』が登場する。そして今回、話題を呼んでいるのが、補綴を手がける木ノ下裕一の初参加だ。

 1985年生まれの木ノ下は、子供のころから古典芸能に興味を抱き、2006年に京都を拠点に“木ノ下歌舞伎”を旗揚げ。“木ノ下歌舞伎”では、歌舞伎作品の現代における上演の可能性を探るべく、主宰の木ノ下の監修のもと、多彩な演出家とタッグを組み、『義経千本桜』『東海道四谷怪談』といったさまざまな演目を手がけてきている。

 2010年の初演経て、2016年に大幅リクリエーションして再演した代表作の一つ『勧進帳』は、今年3月のKAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>での上演が関東初お目見えとなったが、何とか関所を超えようとする義経、弁慶ら一行の姿を描くこの作品を、“関所=境界線、ボーダーライン”の物語として再構築していた。アメリカ出身の芸人やニューハーフの女優といった、”境界線“の存在なるものを観る者に感じさせずにはおかない多彩な面々が揃ったキャストが、黒づくめのいでたちで登場。本作においては、小気味いいテンポのラップや踊りといった現代的でユニークなアプローチも取り入れられており、日本人におなじみのこの忠義の物語に新たな風を吹き込んでみせていた。

木ノ下歌舞伎『勧進帳』(2016)
提供:KYOTO EXPERIMENT事務局 撮影:井上嘉和

 4月中旬に行なわれた『切られの与三』の製作発表では、木ノ下が小学生のころから愛読していた雑誌『演劇界』で、“コクーン歌舞伎”第一弾『東海道四谷怪談』の稽古場にプールが設えられていることを知り、「おもしろそうなことをやっているな」と思ったことや、彼が高校生のときに初めて観た歌舞伎が、“コクーン歌舞伎”から生まれた平成中村座の『夏祭浪花鑑』であること、そして感動のあまり観劇の翌日に熱を出した等のエピソードが明かされた。自身に影響を与えてきた“コクーン歌舞伎”に初参加する気持ちについて、「戦々恐々。死ぬ気でがんばります」と木ノ下。作品について、「ネガティブでもあり、何かの痕跡でもある“傷”、流転していく与三のその傷を追っていく。また、与三には、社会や街が変わる中で、一人取り残されていくというイメージもある」と語っていたのが印象的だった。『切られの与三』を、「私たちの物語」として上演したいという思いを抱く演出の串田和美が、木ノ下の補綴をどのように受け止め、具現化するのか、実に興味深い。

 なお、『切られの与三』は5月のBunkamuraシアターコクーン公演の後、6月にはまつもと市民芸術館で開催される「信州・まつもと大歌舞伎」で上演されるが、このとき関連公演として“木ノ下歌舞伎”舞踊公演『三番叟』『娘道成寺』の上演も予定されている。

文・藤本真由(舞台評論家)