フランス文学の愉しみ

No 23科学の進歩は人類の進歩、そして平和をもたらすものだろうか

戦後79年、「原爆」のアナザーストーリーズ

『LA BOMBE 原爆 科学者たちは何を夢見たのか』(上、下) ディディエ・アルカント、L-F.ボレ脚本/ドゥ二・ロディエ絵/大西愛子訳/平凡社

原爆は日本人にとっては、ヨーロッパ人にとってのナチスのユダヤ人収容所と同じくらい歴史的なトラウマとして、また人類のあり方の問題として繰り返し問い続けられるテーマです。とはいえ、戦後79年が過ぎようとしている今までに、原爆についての報道、問題のとらえられ方(視点)、公開される資料等あらゆるレベルで、人々の興味さえも含めて、絶えず変化がありました。私の子ども時代から、最も身近な情報としてはNHKをはじめとするテレビに見る報道番組(学校で学ぶことはあまりありませんでした)にそれを見ることができました。しかしながら、被爆国の戦後生まれの一市民の目と、日米の戦いには基本的に介入していなかった(当事者でない)国の人々のそれにどれだけの違いがあるかは、フランスに行ってそこに住むようになってわかったと思います。
日本における原爆の問題は、当初はむしろ投下直後の爆発による悲劇が始まりとして語られました。もちろん、長い年月の間に、原爆の発明、戦争の武器として利用されることが実現するまでの経緯等、日本の外で繰り広げられた歴史的事実に関するドキュメンタリーがいくつも制作され、放送されてきましたが、今の若い世代はどれだけそれを視聴しているのかはわかりません。恐らく学校で学ぶのでしょう。
今回の『LA BOMBE 原爆 科学者たちは何を夢見たのか』(上、下)(原書:2020年刊)は、バンド・デシネ(フランスの漫画)ではありながら、エンターテイメントとしてのフィクションの要素はほとんど皆無であり、事実を詳細に調査したノン・フィクション、記録であり、フラットな視点で描かれてはいるものの、歴史的事実を介して強いメッセージを感じさせます。私も実際に読んでみる前は、どのように漫画で描かれているのか、『はだしのゲン』という名作とはどのように違うのか、と少し想像をしてみました。興味をひかれたのはそのサブタイトル「科学者たちは何を夢見たのか」でした。これは、原爆を発明した科学者たちの擁護や、原爆の存在の意義について語っているのだろうかとも考えました。そのような議論はもちろん今まで何回も報道で知ることはありましたから。それが、読書前のぼんやりとした予想でした。

ベルリンのフリードリッヒ・ヴェルヘルム大学の教壇に立つレオ・シラードとナチスの台頭

本作品の構成

上下巻合わせて約500頁の作品で(主な登場人物、あとがき、参考文献などを含む)、また吹出しにはセリフが一杯つまっているところも多く、漫画というよりは、絵入りの本を読んでいるような、まさにロマン・グラフィック(グラフィック・ノベル)と呼ばれるジャンルのバンド・デシネです。本当に複雑でスリリングな展開をもつ、ウランの誕生から原爆投下までの3大陸でのストーリーを編み合わせながら描き、戦後の世界の様相と関係した人々の「その後」でエピローグとなります。楽しむ漫画ではなく、何が起きたか、どうなったかを知ることがメインの作品ですが、この作品を手掛けた3人と彼らを助けた人々の視点と世界観を、作品をとおしてメッセージとして知ることもできます。
上巻にはプロローグと第1章から第3章までが、下巻には第4章から第6章までとエピローグが収められています。

「ウラン」が語る地球の誕生
  • 上巻 1789年、1933年〜1944年

上巻のプロローグでは、この作品の語り手となるいわば擬人化された「ウラン」が、1789年に「ウラン」と名付けられて誕生し、自らの歴史が人類の歴史に大きくかかわっていくことを告げます。(なんだか恐ろしい姿で、まるで悪魔の申し子のようです)1933年ウランの特性が注目され、元素による核連鎖反応がユダヤ系出身の科学者レオ・シラードによってベルリンの大学で研究されています。彼はナチスの迫害を恐れ、ウィーン、ロンドンを経由してアメリカに渡ります。一方1938年にノーベル賞を受賞したイタリア人科学者エンリコ・フェルミもムッソリーニの政権を恐れてアメリカに渡ります。彼らは1939年にアメリカ、マンハッタンで出会い、シラードがフェルミにウランを利用した原子の分裂の連鎖反応による爆発の研究を一緒に行おうと説得します。シラードはさらにアインシュタインを訪問し、この研究の支援とウランの獲得について、大統領ルーズヴェルトに進言する手紙を書いてもらえるように頼みます。当時、ウランはベルギー領コンゴで多く採掘されることがわかっていましたが、戦況をみてナチスにウランを独占されることを恐れ、アメリカが先にその権利をすべて買い取ることを急ぎます。1)
これが、戦争における武器としての原爆の開発レースの始まりです。原爆をだれよりも先に完成するものが第二次世界大戦の覇者となり、後の世界の征服をも可能にするからです。イギリスもアメリカもドイツもソビエト連邦も、そして日本でも原爆開発とウラン獲得に躍起になり始めます。1941年にはルーズヴェルト大統領のGOサインを得て、1942年8月にあの「マンハッタン計画」が創設されます。1943年からはジュリアス・ロバート・オッペンハイマーがニュー・メキシコ州ロス・アラモスの研究所で指揮をとり活動を始めます。しかしシラードはそのチームから外されます。
第1章では、シラードがどのようにして、元素を使って核分裂の連鎖反応を可能にするかを思いついたかというエピソードが語られます。彼の発見のヒントはH.G.ウエルズの小説であったり、道を歩いている時にふと見た何かであったり、少し子どものような、また研究者らしい空想、知的な幻視として現れます。第2章、第3章では、この発見を現実的可能性としてシラードが研究を推し進めようとするのは、科学の研究のためだけでなく、ユダヤ人を迫害するナチスが戦局で勝利を納め、原爆で世界を掌握することを妨げるためであったことがよく説明されています。戦争のために、日本さえも欧米諸国に負けずに原爆の開発に取り組んでいたことが明かされています(この事実は2021年にNHKでもETV特集で放送されました2))。
ここまでは、上巻の終わり、第3章までのストーリーであり、歴史的事実として人々にも知られていることです。科学者たちと各国の政府、軍人の原爆開発に取り組む努力が同じ方向を向いて進んでいるような様相を示しています。

ロス・アラモス研究所でのジュリアス・ロバート・オッペンハイマー(右ページ上から2段目の人物)
  • 下巻 1944年〜1945年8月9日、戦後

ところが、下巻の第4章から不調和音を醸し出し始めます。
核分裂の連鎖を証明し原爆の開発の第一の推進者となったシラードが、原爆の戦争における実用、すなわち日本への投下に反対する運動を始めたからです。彼にとって原爆は完成しても実用には供せず、抑止力としての利用が目的だったからです。1942年に開始したマンハッタン計画の責任者はレスリー・グローヴス大佐で、ドイツの降伏後も日本との戦争に勝つ、しかも原爆によって長い闘いに終止符を打つことに執念を燃やします。一方かの有名なオッペンハイマーをリーダーとした科学者チームには多くの科学者が参加していて、この作品でも入れ代わり立ち代わり登場しますが、研究そのものに結束して心血をそそぎます。また政府側では、計画はルーズヴェルト大統領からトルーマン大統領へ引き継がれ、その側近たち、軍関係者らが登場し、ドイツと日本が降伏に追い込まれていく戦局を見ながらも、原爆を実際に使用することにこだわります。マンハッタン計画の研究者の中にもシラードに同意する者がいなかったわけではないのですが、本当に良心の問題から計画から抜けた科学者はイギリスの物理学者ジョセフ・ロートブラット一人だけでした。アメリカ大統領に、原爆の投下に対する迷いが全くなかったわけでもなく、多くの人が逡巡する中で、日本との戦争の早急な終結のために投下をするという理屈に倣っていった様子が描かれています。下巻の内容は非常にドラマチックで悲劇的な、多くの人が知ることのないの歴史上の出来事にあふれていて、読者はどんどん引き込まれていくのを感じるでしょう。たとえば人体実験のような信じがたいこと、どう考えても非人道的なことが行われたこともそのひとつです。ありえない、と思うことが、原爆完成のために行われたのです。原爆投下以前にも多くの命がその「実行という仮定」のために失われました。一方で日本軍の狂信的、不条理な作戦の数々(降伏の拒否)が原爆投下作戦の後押しをします。マンハッタン計画の歯車を止めることができるのはもはや神のみなのでしょうか。

主な人物紹介のページ

『LA BOMBE 原爆』の制作者たち

これだけ複雑な事情と人道的に重い歴史の問題を、映像でもなく、文字だけでもなく、グラフィックノベルという方法で多くの読者層に受け入れやすく、またメッセージを分かり易く伝える作品を実現したのは、3人の制作者-脚本はディディエ・アルカントとL-F.ボレ、絵はドゥ二・ロディエ-です。そして、彼らは作品そのものだけでなく、その制作にまつわる秘話やメッセージを巻末に加えていて3)、それがまた素晴らしいのです。なぜこの作品を企画し、実現のためにどのような経緯があって、どのような人々と出会って助けられたかを、数枚の写真と文章だけで語っています。この「あとがき」は、読者の理解を助け、作品の意義を納得させるものです。ぜひお楽しみに。バンド・デシネやグラフィック・ノベルの制作についての知識としても有益です。巻頭には、主な登場人物のポートレート付きの紹介リストがあり、それぞれのページで彼らが名前を呼びあうので、誰なのかも比較的簡単にわかります。非常に親切な読書ガイドです。

原案者のディディエ・アルカントはベルギー出身で2008年からバンド・デシネの脚本家として活躍していて、スリラー、ドラマ、歴史大作を手掛けた業績があります。L-F.ボレ(フランス出身)は以前にもアルカントと歴史シリーズの脚本を共同で担当したことがあり、アルカントの情熱的な企画に共感して彼の提案に同意し、大作の歴史ものに挑むための強力な相棒となりました。作品のところどころに緊張をほぐす絶妙なユーモアが滑り込まされているのは、この二人のいずれのアイデアでしょうか。イラストレーター、ドゥ二・ロディエ(カナダ出身)は背景や、戦争、爆発のさまざまな情景を、記録で見る映像や写真と同じくらいの喚起力で描くことができる一方で、対立や緊張の心理を描くことに非常に長けています。日本人にはあまりなじみのないタッチでありながら、登場人物の心の葛藤や、戸惑い、驚き、疑いなどの繊細な心理の表現を良く読み取ることができます。ロディエの画力がこの作品では重要な役割を果たしています。

メッセージ

作者が意図して描こうとしたのは、誰が正しく、何が正義であったのかということとは少し違うような気がしました。作中に現れる、原爆は「人類を救済するため」につくられたのか、「わたしたちは自分が作ったものを制御できなくなってしまった」、「われわれは本当に世界平和のために行動しているのだろうか」4)という言葉や、原爆投下を「勝利」と「成功」ということばで祝福する人々の様子は、多くの疑問を投げかけます。従来、科学の進歩という言葉が、人類の進歩と同義語のように扱われています。それでは、科学の進歩は人類の進歩に貢献するものである、もしくは同一のものであるとすると、科学者はなんのために研究と発見に勤しむのでしょうか。そのことが、この作品のサブタイトルである、「科学者たちは何を夢見たのか」という言葉に繋がると私には思えます。科学が人類の将来に強い影響力があるのであれば、本来は、人類の幸福、平和な世界のために進歩するべきだと思うのは私だけでしょうか。(理想主義的で短絡的、感情的と言われてもそうと思います)とはいえ、人類の不幸の責任を科学者だけに追わせるわけではなく、科学者とともに全ての人々が同じ責任を担わなければなりません。狂信や特定の人間のための必要以上の利益のために科学者と科学を利用することを、厳しく自戒する必要があると思うのですが、現実はそれさえもなかなか難しい社会のようです。

終わりに

そもそも科学の進歩というのは、現在の今の段階まで、あたかも必然としてあるかのように捉えられているのでしょうか。そうでなければ偶然の果実であるとか。しかし、実はそこに人類の「選択」、「必要」と考えることによる強い意志が働いていたのではないでしょうか。原爆もその結果の一つであったと思います。ひょっとして、仮に人類が望めば、別の科学の進歩があったのではないでしょうか。(もちろん、原爆に限られたことではなく、すべての科学の進歩に言えることです)このような、倫理的、政治的ファクターは、このエッセイで細かく議論することはできません。その代わりに、この問題は『LA BOMBE 原爆』の読者に投げかけられるものであると思います。
実際、この作品の登場人物の多くは、どこか曖昧な、不可思議な側面があり、解釈の仕方でどうとでもとれる行動、発言をします。戦時中だったからでしょうか。誰一人、信頼することができない状況なのだったろうとも思われますが、実際何がベストな選択かというのは、判断、実行しがたいものです。とはいえ、この作品の視点というのは、平和な世界を望む作家たちのそれであることは間違いがないと思います。そしてその平和は手段を選ばずして得られるものではありません。

人類が犯したこと、そして人類と地球に起こったことについて、いろいろな疑問を読者が自らに問いかける、そして、他者とそれを共有して深く考えるということを実践することに、この作品はよい機会と材料を与えることでしょうし、人類の未来を想い描くことにもよい機会を得ることができるでしょう。まだ若い読者とともに家族で楽しまれるにも最適ではないかと思い、このご紹介を試みました。ぜひ読んでみてください。
この作品は世界17カ国で翻訳され、大きな反響を呼んでいます。(日本語版の翻訳もセリフのニュアンスを実によく訳し出していて、作品の長さが苦になりません。)著者3人の母国であるそれぞれの国(ベルギー、フランス、カナダ)の他、韓国、ポルトガルの5カ国で名誉ある賞受賞しています。

*注

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