そして、"魔法の時間（とき）"は訪れた― 芸術監督･熊川哲也が語る、ファンタジー超大作の構想

クラシックの王道を貫き、"リアルな夢"を

『シンデレラ』は永遠の夢であり、ファンタジー。数あるバレエ作品の中でも子供たちが憧れ、楽しむことができる題材というのは貴重ですから、今回の新制作にあたっては、大人だけでなく、子供が心から夢を持てる作品に、というのがまず第一にあります。基本コンセプトとしては、時代を超えて愛されてきた童話本来の世界観を、クラシックの王道を貫き描いていく、そこに尽きます。あくまでダンサーの身体、つまり踊りで表現することを主体に、そのもとで物語を効果的に描き出すためのストーリー展開というのを、今、構築しているところ。もちろん、かぼちゃが馬車に変わったり、シンデレラが変身したりといったマジカルな瞬間を、舞台空間でどう表現するかという点も見所になります。『くるみ割り人形』(2005年初演)で実現したような、まやかしではない"リアルな夢"をお見せしたいですね。

この美術はヨランダ･ソナベンドの最高傑作になる！

イギリス美術界の第一人者であり、英国ロイヤル･バレエの黄金期を彩る名作の数々でも知られるヨランダ･ソナベンドは、ファンタジーの世界を表現することにかけて、とりわけ傑出した才能を発揮するデザイナー。これまで『くるみ割り人形』を含め4作の全幕でコラボレートし成功を収めてきた中で、互いの芸術性は熟知していますが、なかでも今回の美術は最高傑作となる、そんな確信をすでに抱いています。時代背景としては19世紀前半を意識しつつ、全体的に現実とはかけ離れた世界、幕が開いた瞬間からおとぎ話に入り込めるような非現実的空間に仕上げるつもり。階段やドア、暖炉といったパーツひとつとっても、完璧なファンタジーの要素として成立させたい。観客を一瞬たりとも現実に引き戻さない空間、舞台上で生きる演者側も非現実世界の住人になりきれる空間―その理想のすべてを形にしていきます。

劇場という空間で実現し得る、最高の魔法がここに！

オーチャードホール芸術監督就任の第１弾公演でもある今回の新プロダクションは、あえて演出･振付のみに専念する形を選びました。料理する側にだけ徹することによって、おのずと作品へのアプローチは違ったものになっていますし、また時に自分のボキャブラリーになかった振付が生まれたりすることもある。今それを楽しんでいますね。当然、完成度としても、これまでのプロダクション以上に高い到着点に至れるだろう手応えを感じています。劇場という空間で実現し得る、最高の魔法をお目にかけますので、ぜひ楽しみにしていてください。 　ロイヤル･バレエを10年で退団し、自分のバレエ芸術を実現する場としてＫバレエを設立して10年が過ぎ、そして今また40代を迎える年に劇場の芸術監督に就くという、新たな展開が訪れた。経験やキャリアに呼応して、人生に必要な要素や節目はおのずと目の前に現れるのだなと、率直に感慨を覚えます。僕の使命は、偉大な先人が残した作品を継承し、浸透させ、未来に向けて進化させていくこと。渋谷というハイカルチャーとポップカルチャーが共存する街から良質な古典芸術を発信していくことが、相乗効果を生み、日本のシアター文化を根付かせることにつながればと考えています。もちろん自分自身、これをステップアップに新たな領域を開拓していきたいという気持ちもある。さまざまなジャンルのアーティストが集う企画をプロデュースするなどの展開も含め、可能性を探りながら5年間勤めたいと思います。そして何よりも、愛するバレエ芸術を追求し続けること―それはこの先も変わることはありません。