コクーン アクターズ スタジオ

CAS通信

2025.06.16 UP

第2期生 特別ワークショップレポート 第一弾 五戸真理枝先生

GWまっただなかの二日間。「コクーン アクターズ スタジオ(CAS)」二期生のための特別ワークショップが、東京ミッドタウン日比谷を中心に開催される都市型エンターテインメントフェスティバル「Hibiya Festival 2025」内のプログラム「カンゲキ学校」と連動し、連休の人出でにぎわうミッドタウン日比谷のBASE Q ホールにて開催されました。講師は、Bunkamuraの事業に初参戦となる文学座の演出家・脚本家:五戸真理枝さんです。国内外、時代も幅広い多彩な戯曲を、座内だけでなくプロデュース公演や他劇団からの招聘にも応えて演出する五戸先生からは、「今の自分を主人公にしたモノローグを書いてくる」という宿題が。受講生20人の「本音」から始まる3時間×2コマは、どんな学びをもたらしてくれるのでしょう。

「自分」を掘り下げ「人」を知るモノローグ・パフォーマンス

「様々な座組で仕事をさせていただきますが、演出家は、年齢に関わらず仰ぎ見られてしまうことが多いんです。特にプロデュース公演など〝はじめまして〟の方々が集まる場合は、〝私は皆さんに何も強制しません〟互いにフラットな関係で創作を進めましょう〟という宣言も含め、身体と心の両方をほぐすべく私も一緒にシアターゲームをするようにしているんです」(五戸)
 その言葉通り、控室ではWS開始前から歓声が上がるほどシアターゲームで盛り上がっていたCASチーム。十分にあたたまった状態で開講したWS「瞬間を生きる」は、宿題のモノローグをくじ引きで決めた順に受講生が読み・表現するところから始まりました。
 ホールの奥側には赤い布が敷かれており、そこをステージとしてリーディングを実施。紙やスマホの画面を読む者、暗記している者、語りながら立つ・座るといったスタイルも自由で、受講生たちそれぞれの創意工夫が光ります。
 内容も20人それぞれに異なり、部屋に出たネズミと駆除業者の話、中学からの同性の友人について、亡くなった父にまつわる音楽の記憶、トイレへの強いこだわり、自分にとっての「幸せ」の定義などなど……一つとして同じものがありません。ひとり一人の人柄やユーモア&ペーソスのセンスが伝わってくる粒ぞろいのモノローグ、そのパフォーマンス後は、五戸先生や助手として参加している文学座座員のお二人、ランダムに指名された受講生たちからの感想も加わり、授業というだけでなく、CAS開講から間もない受講生同士が、互いの絆を深める交流としても機能しているようです。
 全員の発表が終わると、「明日は他の方の原稿を読んでみましょう。真似てみても、自分に置き換えても結構です。言葉の裏に〝人〟がいる原稿ですから、書いてある言葉にリスペクトを持って読むことが大切です」と五戸先生。10分の休憩を挟み、モノローグ交換の相手を決めた後、次の課題に移ります。

「表現すること」を排し、純粋に台詞と向き合う

 次の課題は、五戸先生の用意した5役が登場する戯曲の一部、4ページほどを4チームに分かれて読むというもの。しかも声量や含まれる感情、イントネーションまで排し、書かれている一言一句をゆっくりと確実に発語して、ひたすら言葉に向き合う「素読み」を徹底し、「台本に何が書かれているか」を深く受け取ることが目的とのことです。五戸先生からは「たとえば〝ただいま〟の一言を、つま先から頭のてっぺんまで通す感覚で読む。そのくらいフラットに、言葉と真摯に向き合うことで逆に身体性を取り戻せるんです」との言葉が。
 「演じる」という概念とは真逆の、何も表現せずに棒読みしていくことは受講生にはどうにも難しいようで、みな少し不安そうな顔で担当の台詞を読んでいます。けれど、区切りのたびに五戸先生から「日本語を知らない外国人のように、一音ずつ発してみましょう」「表現しようとすると〝読み取る力〟が出なくなってしまいますよ」「ゆっくり発語することで、何気ない挨拶の一言の背景にどんな意味があるか想像できませんか?」など具体的なアドバイスがあり、その言葉が歩む先を照らしてくれるのか、受講生たちの読み方が次第に確かなものになっていく。その変化が非常に興味深く印象的でした。
 4チーム全てが終わると観覧者も含めて質疑応答のコーナーも。まだ課題が腑に落ちきらない受講生たちを激励するように、「台詞は言うことより、聞くことが大事です。発信にかまけていると、受信ができなくなってしまう。まずは受信するための台詞術を確立することが、俳優にとっては重要で、個性豊かなキャラクターはその先にあるんです。だから素読みは、戯曲の脈絡や役の関係性すらはずして読むことで台詞を洗い直し、句読点の意味までを深く検討することができる。
脳みその中にあることを一旦せき止め、言葉に純粋に向き合い、豊かに探り続けることを恐れずにやってみましょう」と語り掛ける五戸先生の言葉で、一日目は終了しました。

20の作品を生み出した受講生たちの創意工夫

 二日目の前半は、交換したモノローグのリーディングから。受講生たちが一晩考え、様々な趣向を凝らしたパフォーマンスは、鑑賞に値する観応えがあります。読み進めながら椅子に様々な姿勢で絡む、原稿の内容に合ったロゴの入ったTシャツを衣裳のように着る、自身のルーツの方言で語る、少し大げさなくらいたっぷりと感情的に表現する……etc。昨日のリーディングを「自分と向き合う表現」とすると、今日のそれは明らかに「他者に向けたパフォーマンス」で、同じテキストの鮮やかな変貌ぶりと、受講生たちの応用力の高さに驚かされます。
 五戸先生からも「20本の作品ができました。それぞれ書かれた言葉を大事にしながら、同時に読み手の客観性が生きたパフォーマンスになっていて、言葉を書いた人の呼吸や生活まで皆さんちゃんと実感できていたのではないでしょうか。この過程で考え、感じたことを忘れないようにしてください」という講評があり、前半は終了となりました。

台詞を「生きた言葉」として立ち上げるため必要なこと

 10分休憩後は、昨日の読み稽古の続き。5脚の椅子を緩い弧を描くように置き、役の並びを決めて座って読むという体制を作ります。読み方も、全くの素読みから「言葉に含まれる感情を発信する」段階に。また、「相手の言葉を受けて湧いた感情は無視せず、次の発語に活かす」という指示も、五戸先生から新たに加えられます。
 ともすれば、「表現」や「演技」の域に入ろうとする受講生たち。けれど五戸先生は各人の読み、発語に含まれるもの、表現のベクトルなどを即座に感知して、「その先」に繋がるほうへと巧みに修正・誘導していきます。
「感情ではなく、台詞に込めるエネルギーを意識してください」と言うかたわら、5人の登場人物の役割や関係性についても、さりげない解説を添える五戸先生。チームごとに読みを重ねる中で、最初は呟きのように平板で声も小さかったリーディングが、次第に生きた会話のやりとりになり、声量も上がっていきます。それは指導を受け入れての変化というより、五戸先生の言葉に触発された受講生の内側から、自然に起きた変化のように見受けられました。また、それを見ている受講生、観覧者の方々にもしっかり伝わっているようで、発せられる台詞に反応した笑い声などリアクションが後半では起き始め、「演劇」が生まれる瞬間を目撃したようにも思えました。


 以下は濃密な集中WS後の五戸先生への、インタビューから得た言葉です。
「私が所属する文学座には、CASの皆さん同様の若い世代から祖父母のような年齢の方まで幅広い座員がいます。心身共にエネルギーに満ちあふれた若い世代は、発する・表現することにおいては先輩方を凌駕する瞬間もあります。ですが、お芝居の根底を作るために最も重要なのは応答の〝応〟の部分。聞き、受け止めることから関係性が生まれ、それが表現へと枝葉を伸ばしていくのです。そのことに気づいていただくための、きっかけをどう作るか、これまで考えていたことをまとめ、CASさんのこのWSで受講生の皆さんと一緒に実践することができました。
 20人の皆さんには、このまま演劇の世界で生きていく方もいれば、別の道に進む方もいらっしゃると思います。どちらにしても演劇を学び・経験したことで、どんな社会状況下にあっても演劇はなくならず、弱ったり困ったりしたときに、そんな自分を受け入れてくれる場所として劇場や演劇があることを覚えていていただきたい。そんな気持ちも込めたWSをさせていただいたつもりです。ここでの経験を、CASの皆さんが演劇をされるかたわらに置いていただけたら何より嬉しいです」
 五戸真理枝という演劇人の、演劇への愛を凝縮した学びの二日間。きっとCAS受講生の中に、大きな実りをもたらす種がたくさん撒かれたに違いありません。

文:尾上そら