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2021.06.25 UP
N響オーチャード定期2020-2021シリーズの締めくくりは、次代を担う俊英たちの登場です。現在、セントラル愛知交響楽団の常任指揮者を務めている角田鋼亮は、本日がN響と初共演。記念すべきN響デビュー公演に期待せずにはいられません。早くから才能を示し、2010年のミュンヘン国際音楽コンクールで第2位に入賞した横坂源は、今年2月のショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番に引き続いてのN響との共演になります。エルガーのチェロ協奏曲でもスケールの大きな演奏を聴かせてくれることでしょう。
■エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調 作品85 エドワード・エルガー(1857~1934)の登場は、イギリス作曲界の200年以上の停滞を打ち破る“ルネサンス”であった。その後、ヴォーン・ウィリアムズ、ウォルトン、ティペット、ブリテンらが現れ、オリジナルな「イギリス音楽」が確立されていくことになる。
ピアノの調律などをしながら楽器商を営んでいた父親のもとに生まれたエルガーは、子供の頃からヴァイオリンやピアノを習っていたが、作曲は独学であった。法律事務所に勤めていた時期もあったが、やはり、音楽家として生きる決意をし、ヴァイオリンを弾いたり教えたりしながら暮らしていた。1889年に、エルガーが音楽のレッスンをしていた、8歳年上のキャロライン・アリス・ロバーツと結婚。エルガーは、妻の励ましにより、30歳を超えてから本格的な作曲活動に入った。1899年の「エニグマ変奏曲」で認められ、1901年に作曲した行進曲「威風堂々」第1番はイギリスの第2の国歌のように親しまれるようになる。
チェロ協奏曲は、第一次世界大戦終結から程ない、1919年夏に書き上げられた。エルガーは62歳になっていた。その直後に妻を亡くして創作意欲を減退させたエルガーにとって完成された最後の大作となった。初演は、1919年10月、ロンドンにおいて、フェリックス・サルモンドのチェロ独奏、エルガー自身の指揮によるロンドン交響楽団によって行われた。そして、20世紀に書かれたチェロ協奏曲の中で最も頻繁に演奏される作品の一つとなった。 第1楽章:アダージョ~モデラート。アダージョの序奏が、「ノビルメンテ(高貴に)」と記された独奏チェロの重厚な和音によって開始される。ヴィオラが提示する滑らかな8分の9拍子の第1主題でモデラートの主部に入り、独奏チェロも第1主題を奏でる。第2主題は付点のリズムが特徴的。切れ目なく第2楽章に入る。 第2楽章:レント~アレグロ・モルト。独奏チェロの重音ピッツィカートでレントの序奏に入る。アレグロ・モルトにテンポを速め、独奏チェロがピッツィカートとトレモロ(刻み)を繰り返したあと、スケルツォ的な性格を持つ主部となる。チェロは高速のトレモロを奏で、ときに少しテンポを緩めて「カンタービレ」と記された旋律を歌う。 第3楽章:アダージョ。エルガーの円熟の境地を示すロマンティックで美しい音楽。弦楽器とクラリネット、ファゴット、ホルンの柔らかな伴奏にのって、独奏チェロが連綿と情緒ゆたかに歌う。 第4楽章:アレグロ~モデラート~アレグロ・マ・ノン・トロッポ。オーケストラによる短い序奏でロンド主題が示されたあと、独奏チェロのカデンツァ風のモデラートを経て、アレグロ・マ・ノン・トロッポの主部に入る。独奏チェロがチェロ・パートとユニゾン(同じ音)で弾く箇所もある。ゆったりとした抒情的な音楽のあと、第1楽章冒頭の独奏チェロの重音が再現され、ロンド主題とともに全曲が締め括られる。
■チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
ピョートル・チャイコフスキー(1840~1893)が交響曲第4番の作曲を始めたのは1877年の前半であった。彼は、その年の7月に熱烈に自分に言い寄るアントニーナ・ミリュコーヴァと結婚したが、その結婚生活はすぐに破綻した。
ナデジダ・フォン・メックとの手紙だけによる「交際」が始まったのは、1876年暮れであった。その年、彼女は、鉄道王であった夫を亡くし、莫大な遺産を相続していた。チャイコフスキーとは文通するだけでなく、次第に彼の創作活動のための経済的援助も行うパトロンとなる。
1877年9月、結婚生活の破綻したチャイコフスキーは、フォン・メック夫人からの資金援助をもって、モスクワを離れ、イタリア、スイスへの旅に出た。1878年1月、イタリアのサンレモで交響曲第4番を完成させる。初演は1878年2月、モスクワで。初演の直後、チャイコフスキーは、フォン・メック夫人に手紙を書き、この交響曲についての詳細な説明を行っている。チャイコフスキーの交響曲第4番は、彼に自由な創作活動を保証し、結婚生活の危機的状況からの逃避を可能にした「最良の友(つまりフォン・メック夫人)」に献呈された。
第1楽章:アンダンテ・ソステヌート~モデラート・コン・アニマ。冒頭、ホルンとファゴットがこの交響曲全体の核となる「運命の動機」を吹奏する。劇的な序奏のあと、第1ヴァイオリンとチェロが第1主題を提示する。「ワルツの動きで」と記されているが、シンコペーションを含む8分の9拍子の複雑なリズムで書かれている。第2主題はクラリネットによって少しおどけたように奏でられる。展開部では、8分の9拍子の第1主題と4分の3拍子の「運命の動機」が同時に現れ、遂に第1主題はヘミオラ(3拍子のなかでの2拍子)となり、凄絶を極める。 第2楽章:アンダンティーノ・イン・モード・ディ・カンツォーナ。オーボエが歌う哀愁を帯びた旋律で開始される。三部形式をとり、中間部は長調に転じ、農民の踊りのステップを思わせる楽しげな音楽となる。 第3楽章:スケルツォ:ピッツィカート・オスティナート、アレグロ。この楽章では、弦楽器は、指で弦をはじくピッツィカート奏法に徹する。チャイコフスキーはフォン・メック夫人への手紙で「気まぐれな唐草模様」と書いている。中間部は、木管楽器の愉快なアンサンブルと金管楽器の行進曲風の音楽。作曲者は夫人への手紙のなかで、「農民たち」や「遠くに軍隊の行進」と説明している。最後は弦楽器と管楽器が一体となる。 第4楽章:フィナーレ:アレグロ・コン・フォーコ。劇的な速いパッセージによって開始され、そのあと、ロシア民謡に基づく主題が提示される。この楽章の終盤に第1楽章の「運命の動機」が再び現れるが、民衆の舞踏がこれをかき消し(チャイコフスキーは、フォン・メック夫人への手紙のなかで、我々の前に再び運命が現れたことは誰も気にせず、人々は愉快に楽しんでいる、と説明する)、熱狂のうちに全曲が終わる。
曲目解説 山田治生(音楽評論家)
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