N響オーチャード定期

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2021.04.19 UP

【第114回】曲目解説

 

本日はベートーヴェンの二つの「第5」が演奏されます。ピアノ協奏曲第5番「皇帝」と交響曲第5番「運命」。このベートーヴェン中期の二大傑作を、今まさに円熟期を迎え(どちらも1960年代前半生まれ)、日本の音楽界を牽引する、指揮の沼尻竜典さんとピアノの清水和音さん、そして、NHK交響楽団との共演で楽しみます。

 

 

■ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73 「皇帝」


1808年のアン・デア・ウィーン劇場での演奏会で、交響曲第5番「運命」、同第6番「田園」、ピアノ協奏曲第4番、「合唱幻想曲」を一挙に初演したベートーヴェンは、ほどなく新しいピアノ協奏曲の創作に取りかかる。ピアノ協奏曲第5番「皇帝」である。

ピアノ協奏曲第5番では、様々な革新的な試みが行われた。オーケストラによる提示部のあとで独奏楽器が入るという18世紀からの協奏曲風ソナタ形式の伝統とは異なり、いきなり華麗な独奏ピアノで開始してみせた(同様に独奏ピアノで開始するピアノ協奏曲第4番を進化させたものといえるだろう)。また、第2楽章と第3楽章が切れ目なく演奏されるが、それもピアノ協奏曲第4番の延長線上にある革新性である。そのほか、協奏曲の華ともいえる即興によるカデンツァを取りやめた。ベートーヴェンは、演奏者の自由に任せず、作品のすべてにおいて自らがあらかじめ作曲したものを弾かせるようにしたのである。

1809年に完成され、1811年11月28日にライプツィヒにおいて初演された。初演の独奏は、第4番まではベートーヴェン自身が務めたが、第5番ではJ.F.シュナイダーが担った。それほどまでにベートーヴェンの難聴が進んでいたのであった。また、翌1812年2月のウィーンでの初演では、ベートーヴェンの弟子の一人であるカール・チェルニー(ピアノの練習曲集の作曲者として著名)が独奏を務めた。「皇帝」のニックネームは、ベートーヴェンがつけたものではないが、作品の華麗な性格をよく表しているタイトルとして、広く親しまれている。
 

第1楽章:アレグロ。まず、オーケストラの主和音にのって独奏ピアノが華麗なカデンツァ風の分散和音を披露し、オーケストラが第1主題を力強く提示する。第2主題はヴァイオリンがスタッカートで奏でる。

第2楽章:アダージョ・ウン・ポコ・モッソ。ベートーヴェンの書いた最も優美な音楽のひとつ。ヴァイオリンによって感動的な美しい旋律が歌い上げられ、それが独奏ピアノを中心に自由に変奏されていく。

第3楽章:ロンド、アレグロ。第2楽章の最後で暗示された主題が堂々としたロンド主題になり、独奏ピアノで力強く提示される。独奏ピアノによる優美な副主題を交えながら、華麗に展開されていく。

 

フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽

 

■ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 作品67 「運命」

 

ベートーヴェンの交響曲第5番では様々な画期的な試みが行われた。その一つに「暗から明へ」、あるいは「闘争を経ての勝利」というべき劇的な展開がある。ハイドンやモーツァルトの時代の交響曲は各楽章のつながりが薄く、4つの楽章で1つのテーマを物語るということはほとんどなかった(それどころか、交響曲の楽章をばらして演奏されることさえあった)。しかし、ベートーヴェンは「運命の動機」によって4つの楽章を有機的に結びつけ、全体を通して「暗から明へ」のストーリーを聴衆に伝えることに成功した。第1楽章の苦悩に満ちた闘争から第4楽章の勝利の喜びにいたるドラマはそれまでの交響曲にはないものであった。また、第3楽章と第4楽章をつなげるという試みも行われた。ベートーヴェン以前の交響曲は、第3楽章がメヌエット、第4楽章がロンドというのが定番で、その2つの楽章は別々の音楽だった。しかし、ベートーヴェンは第3楽章と第4楽章をつなげることによって、暗から明への劇的な変化を描いたのであった。楽器編成では、第4楽章に、彼の交響曲で初めて、ピッコロ、コントラファゴット、トロンボーンを用いた。それまで、トロンボーンは天使が奏でる聖なる楽器として教会音楽でよく使われてたが、世俗音楽である交響曲には用いられなかった。

交響曲第5番「運命」は、前述のように、交響曲第6番「田園」、ピアノ協奏曲第4番、「合唱幻想曲」とともに1808年12月22日、アン・デア・ウィーン劇場にて作曲者自身の指揮によって初演された。ただし、この演奏会では、前半に「田園」、後半に「運命」が演奏されたため、「田園」が交響曲第5番、「運命」が交響曲第6番と記されていた。

なお、「運命」というニックネームは、ベートーヴェンが「運命はこう扉を叩く」と述べたという、彼の晩年の秘書であったアントン・シンドラーの伝えるエピソードによっている。曲想によく合い、シンプルでわかりやすいタイトルゆえに、日本では「運命」のニックネームが一般的に使われてきた。しかし、作曲家自身が付けたものではなく、近年、エピソード自体の信憑性も疑われている。それに代わって、最近では、冒頭の動機は、ベートーヴェンがキアオジという鳥の「チチチチチチピー」という鳴き声にインスピレーションを受けたとする、ベートーヴェンの弟子のチェルニーの証言が注目されている。それが本当だとすれば、この交響曲のニックネームは「キアオジ」や「鳥」の方が妥当であり、作品に対するイメージが根底から崩されてしまいそうである。つまり、我々聴衆は、「運命」などの固定的なイメージにとらわれず、自由に純粋に音楽を聴くべきなのであろう。

第1楽章:アレグロ・コン・ブリオ。「運命の動機」に基づくまったく隙間のない音の構築物。短い動機を積み重ねることによって作り上げられた息詰まる展開は何度聴いても圧倒される。

第2楽章:アンダンテ・コン・モート。大きく分けて、主題と3つの変奏からなっている。クラリネットとファゴットで提示されるもう一つの主題は「運命の動機」のリズムを想起する。

第3楽章:アレグロ。スケルツォ的な性格を持つ楽章。地の底から這い上がってくるような低弦楽器の主題のあと、ホルンが「運命の動機」に基づく音型を吹き始める。中間部は長調に転じ、弦楽器が対位法的な音楽を展開する。第4楽章への移行部は暗闇に光が差し込むような音楽。

第4楽章:アレグロ。勝利と歓喜の音楽。喜びに満ちた第1主題の強奏で始まる。ヴァイオリンが提示する3連符を含んだ第2主題は「運命の動機」による。再現部の直前で第3楽章が回想される。最後はハ長調の和音の連打で締め括られる。
 

フルート2、ピッコロ1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽

 

曲目解説 山田治生(音楽評論家)