N響オーチャード定期

2017-2018 SERIES

97

サッシャ・ゲッツェル

11月26日、紀尾井ホール室内管弦楽団を指揮するために来日していたサッシャ・ゲッツェルさんが第96回N響オーチャード定期を聴きにオーチャードホールを訪れた。演奏会終了後、第97回定期演奏会に客演するゲッツェルさんに話を聞いた。

©Özge Balkan

1月7日の演奏会のプログラムはどのように決めましたか?
「N響とオーチャードホールと私とでアイデアを交換して決めました。森麻季さんにも希望を聞きました。私はいつもチームワークでプログラムを決めます。
今回はニューイヤーということで、私はウィーン出身ということもあり、まずヨハン・シュトラウス2世の音楽で新年を寿ぐことにしました。ヨハン・シュトラウス2世の音楽に新年の挨拶の意味を込めて演奏します。 後半は、世界を一つに結ぶ有名な曲、全世界が愛し、みんなが知っている曲ということで、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」を選びました。色彩豊かで喜びに溢れたプログラムになったと思います」
前半はヨハン・シュトラウス2世の名曲が並びますね。
「こうもり」序曲はウィーンのエッセンスが詰まっています。ポルカやワルツ、美しいメロディが集められた、明るくエキサイティングな傑作だと思います。
森麻季さんとは過去に共演したことがあります。私は彼女の声が好きで、彼女は才能のある人だと思います。「春の声」は私の希望でした。その他の2曲のオペラのアリアは森さんの希望です」
後半のドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」についてお話ししていただけますか?
「ドヴォルザークはウィーンに近い作曲家。プラハはウィーンから3時間半で行けますから。 私はこの交響曲を交響詩として分析する興味深い記事を読みました。第1楽章で、彼は祖国を離れます。ホルンが船の信号を奏でます。船での旅の辛さ、チェコのテーマ、祖国を離れ新世界へ向かう葛藤が示されます。第2楽章は、ネイティブ・アメリカンの部族の物語。最初の金管楽器を中心とする音楽はロッキー山脈を表します。そして若い恋人たちの話となります。男はフィアンセを置いて狩に出ます。村では彼女が病気にかかってしまいます。中間部の短調が彼女の死を描きます。アメリカの鳥たちの歌が聞こえ、魂は天上へ行きます。死から生へ。もう一度ロッキー山脈が現れます。第3楽章はネイティブ・アメリカンのダンス。中間部でチェコのワルツも現れます。第4楽章ではそれまでの全素材を使います」
ゲッツェルさんはヴァイオリニストとして音楽家のキャリアをスタートさせましたね。ヴァイオリンを始めたきっかけは何ですか?
「私の父はウィーン・フィルのヴァイオリン奏者でした。もともと、私は子供の頃から指揮者になりたいと思っていました。3歳のときから棒を持って、レコードに合わせて振っていたのです(笑)。指揮者になるにしてもまず何か楽器の勉強をしておく方が良い、と父から言われて、ヴァイオリンを選びました。その後、ウィーンでフリー・ランスのヴァイオリニストとして活動し、ウィーン・フィルやウィーン国立歌劇場でも弾いていました。 その間、アメリカに渡り、ヴァイオリンをドロシー・ディレイやイツアーク・パールマンに師事しました。また、1998年には、タングルウッド音楽祭で小澤征爾さんに指揮を学びました。小澤さんは私の先生です。彼はその頃、ウィーン国立歌劇場の音楽監督をしていたので、3,4年間、彼に就くことができました。小澤さんに師事したことは重要です。そして、私は指揮に専念しました」
ウィーン・フィルやウィーン国立歌劇場で弾いて特に印象に残っている指揮者は誰ですか?
「リッカルド・ムーティとズビン・メータからは特に影響を受けました。そのあと、ヴァレリー・ゲルギエフ、マリス・ヤンソンス。父がウィーン・フィルのメンバーだったので、カルロス・クライバーは母のおなかの中にいる頃から聴いていました(笑)。歌劇場では、10歳の頃からオーケストラ・ピットのハープとホルンの席の後ろで聴かせてもらっていました。初めて「ばらの騎士」を聴いたのは12歳のとき。ホルンの後ろに隠れて聴きました。ウィーン国立歌劇場で指揮したときには本当に家に帰ってきた気持ちがしました」
現在の指揮活動について教えてください。
「生活の拠点はウィーンです。首席指揮者を務めるボルサン・イスタンブール・フィルハーモニー管弦楽団のシーズンは10月から6月までで、私は1シーズンに8~12のプロジェクトを担っています。最近では、ヨーロッパ・ツアーを行い、彼らはウィーンの楽友協会大ホールにデビューしました。その演奏(「幻想交響曲」ほか)はライヴ・レコーディングされました。また、ドイツ・グラモフォンで、ネマニャ・ラドゥロヴィチとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を録音しました。
ウィーン国立歌劇場では、昨シーズン、「ラ・ボエーム」「こうもり」「魔笛」「ばらの騎士」「リゴレット」を指揮しました。今シーズンは、「ドン・ジョヴァンニ」「フィガロの結婚」を指揮します。来シーズンは「こうもり」と「フィガロの結婚」ともう1作品の予定です」
どれもウィーン国立歌劇場の重要なレパートリーですね。
「名誉なことだと思います。ウィーン国立歌劇場のオーケストラが私を信頼してくれているので、私に重要な曲を委ねたのです」
今回共演するN響についての印象はいかがですか?
「N響についてはテレビで見て、10代の頃から知っています。そのレベルの高さに感銘しました。初めてN響と共演したのは、2006年の札幌のパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)で、ウィーンの音楽を指揮しました(注:7月30日のピクニックコンサートでシュトラウス・ファミリーの作品を指揮)。彼らの音楽作りに対する配慮の深さをはっきりと覚えています。
オーチャードホールの印象はいかがですか?
「初めて聴いたのは、ボリショイ・バレエの「スパルタクス」でした。今日、N響の演奏会を聴かせていただいて、温かい音が伝わってくるのを感じました。このホールではカラフルで美しい音色が出せることがわかりました。フレージングや音色づくりに時間をかけたいですね」
これからの目標を教えていただけますか?
「もっと音楽を深めたいという気持ちがあります。そして聴衆に楽しくエキサイティングに語りかけたいと思います。音楽は言葉であり、我々が語るストーリーが退屈であってはいけません。芸術家は、やっていることに意味を与えることが仕事です。しかし、その意味を決めるのは聴き手であり、受け取り手です。だから我々は内面を深化させないといけません。私はオーケストラのメンバーによく話すのですが、音楽作りの中にエゴは存在しません。ただ私たちがあるだけです。一緒に音楽を作ることが大切なのです」
最後にメッセージをお願いいたします。
「音楽はいろんな国の社会や文化を一つにします。私は、聴衆のみなさまに、喜び、幸せ、平和とともに新年の挨拶を申し上げようと思います。私は世界がコミュニティとして一緒に平和に暮らすことを信じています」

インタビュー:山田治生(音楽評論家)