N響オーチャード定期

2024/2025 SERIES

132

ベンジャミン・グローヴナー

今回、ブリテンのピアノ協奏曲で独奏を務めるベンジャミン・グローヴナーさんに、メールでインタビューしました。

ベンジャミン・グローヴナーの写真

©Marco Borggreve

グローヴナーさんは早くからブリテンのピアノ協奏曲をレパートリーとされていますが、この作品の魅力について教えてください。
この作品は、みずからも卓越したピアニストであったブリテンが24歳という若さで書き上げた、他に類をみない協奏曲です。第1楽章の白熱のトッカータは猛スピードで進みます。これほどエネルギッシュに始まり、これほど長きにわたりエネルギーが維持されるピアノ協奏曲は、他に思い浮かびません! 活力と迫力に満ちた楽章で、その推進力はピアノのカデンツァによってようやく中断されます——このときピアノは、3音を除く全鍵盤を駆使して、幻想的で色彩豊かな書法を聞かせます! カデンツァが消え去ると、がらりと様相を変えた第2主題が、より親密な雰囲気のなかで回帰します——この協奏曲の最も美しい瞬間の一つです。ワルツである第2楽章は、悲しげなヴィオラ独奏と共に開始したのち、極めて独創的な管弦楽書法——たとえばピアノとタンバリンの二重奏!——を聞かせる他の場面が次々と展開されていきます。第3楽章は変奏形式をとります。変奏主題は、もともとブリテンがラジオ・ドラマ『アーサー王』のために書いた旋律です。たとえ引用であることを知らなくても、この主題やこの楽章から、過ぎ去った古い時代を感じさせる何かを聞き取ることができるのではないでしょうか。終楽章は行進曲です。やや仰々しい主題と冷笑的なユーモアには、ショスタコーヴィチ的な何かがあります——平和(反戦)主義者として広く知られるブリテンは、ここで自身の心情を知らしめているのかもしれません。この楽章は、やがて暴力的とさえ言える音楽と化します。大太鼓とシンバルを伴って繰り広げられるピアノのカデンツァは、極めて独創的な書法の一つですので、ぜひご注目いただければと思います。
パーヴォ・ヤルヴィさんとの共演の思い出や、ヤルヴィさんの印象についてお話ししていただけますか?
ヤルヴィ氏とは2回、フィルハーモニア管弦楽団とシカゴ交響楽団との演奏会で共演したことがあります。ヤルヴィ氏は、並外れた音楽性と非の打ちどころのないテクニックを驚くべきバランスで兼ねそなえていらっしゃいますし、あれほど豊かな経験をほこる指揮者は、ごくまれだと思います。毎回、ヤルヴィ氏との共演を光栄に感じています。これまで彼とはショスタコーヴィチとショパンの協奏曲を取り上げたので、ブリテンの協奏曲でまた一緒に舞台に立てるのが楽しみでなりません。
N響とは初共演と聞きましたが、N響にはどういう印象をお持ちですか?
NHK交響楽団の素晴らしい演奏録音を聴いたことがありますし、国際的な評価が格別に高い楽団であることも知っています。今回は彼らの生演奏に初めて接する機会となりますので、公演が待ち遠しいです!
今回の演奏会への抱負をお聞かせください。
私にとってブリテンのピアノ協奏曲は、世界中に会心の演奏をお届けできる作品の一つ、そして、英国出身のピアニストとして“大使”のような役を務めることができる作品の一つであると自負しています。どういうわけか知名度が低い作品ではありますが、完成度の高い音楽なのでオーケストラから好まれる作品だと思いますし、聴き手にも心から堪能していただける作品だと思います。もしも今回、私の演奏を通してブリテンのピアノ協奏曲を初めて聴く方が日本の聴衆の中にいらして、この素晴らしい曲を楽しんでくださったら、とても嬉しいです。
昨年、来日した際、特に印象に残ったことや興味を持ったことは何でしょうか?
日本は、音楽にとっても音楽家にとっても楽園だと思います! 素晴らしいコンサートホールが実に沢山あり、ピアノの質が極めて高く、ピアノへの手入れも行き届いています。聴衆は信じられないほど鋭敏な耳をもち、音楽に造詣が深く、敬意に満ちています。前回は幸運なことに京都でも演奏する機会があり、幾つかの寺院を訪れることができました。それは私にとって、とてもスピリチュアルで有意義な体験でした。もう一つ申し上げておかなければ……私は大の日本食好きで、特に寿司には目がないので、いつも訪日の折には食事を楽しみにしています。
これから取り組んでいきたいレパートリーにはどのようなものがあるのでしょうか?
実は今回の日本公演の後すぐに新しいレパートリーを開拓することになっています。米国で幾つかのオーケストラと共に、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番を弾くのです。彼の他のピアノ協奏曲はすべて私のレパートリーに入っているのですが、なぜか第5番だけ外れていました! 来年は、とりわけR.シュトラウスの《ブルレスケ》の勉強に力を入れる予定です。ピアニストは恵まれ過ぎていますよね……演奏しなければならない素晴らしいレパートリーが山ほどあって、おまけに現在も新曲がますます増えています。ですから、今後私が足を踏み入れるべき“開拓地”はまだまだ沢山あります。最近はブゾーニのピアノ協奏曲に新たに挑戦しています。終楽章で男声合唱が加わる、演奏時間70分の長大な傑作です。思いがけずこのような曲の演奏依頼をいただき、文字通り人生が一変するような体験となりました。この曲を弾く機会が増えていくことを願っています。
音楽以外に特に関心を持っていることは何ですか?
ちょうど今、このインタビューの回答を春分の日の直後に書いており、この週末を田園で散歩をしながら過ごしました。音楽以外ですと、料理と読書に加えて、この田園散策が私の趣味だと言えると思います。自然の中で、心も体も浄化され、活気づきます。私は、ロンドンの街の外れに住んでいます。美しい田園で知られるケントから程近い場所です。さまざまな史跡に足を運ぶ機会も多く、知的好奇心をかきたてられています。

インタビュー:山田治生(音楽評論家)