N響オーチャード定期

2023/2024 SERIES

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アレクサンダー・ガジェヴ

今回、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番で独奏を務めるアレクサンダー・ガジェヴさんにメール・インタビューをしました。

©Andrej Grilc

今回、NHK交響楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を演奏しますが、作品の魅力を教えてください。
第3番はベートーヴェンの協奏曲の中でも逸品だと思います。私をこの上なく魅了する要素がすべて詰まった曲です。第1楽章一特にカデンツァーのドラマは壮大で、この楽章だけ取っても傑作ですよね。リズム的な活力に満ちたピアニスティックな装飾音を演奏するたびに、感動で言葉を失います。第2楽章は崇高なるものを体現しています。私にとっては、自然が抱かせる深い感動に通ずる音楽です。ぬくもりのある森の中で、遠くから射す太陽の光で身体をあたためながら、木陰で休んでいる美しいひととき……そのとき、深遠な問題が解明されていきます……。第3楽章は、かなり突飛な音楽ですが、そこには確かな流動性があり、最後は華麗な大団円を迎えます!
秋山和慶さんとは、2023年10月京都で、大阪フィルとスクリャービンのピアノ協奏曲を演奏されましたが、そのときのマエストロの印象はいかがでしたか?
秋山先生とは本当に素晴らしい時間を過ごしました。初めてお会いしたときから先生の温かさが大好きでした。指揮者からこんな温かさを感じることは稀なのですよ。心の中で歌うことは心の外へ向けて歌うのと同じだと教えていただき、それを実践できるよう努めました。
N響についてはどのような印象を持っていますか?
N響は世界最高峰のオーケストラの一つです。彼らの奏でる豊かな音を聴いたり、彼らのエネルギーや快活さからインスピレーションを受け取ったりするのが楽しみです。
横浜での思い出は何かありますか?
横浜みなとみらいの小ホール(注:2019年11月4日、第38回横浜市招待国際ピアノ演奏会)で演奏したことがあります。敬愛する海老彰子さん(注:その演奏会の企画委員長であり、自身は1980年のショパン・コンクールで5位に入賞し、ショパン・コンタールの審査委員も務めた)のおかげで素晴らしい思い出を作ることができました。彼女は私の音楽的キャリアのなかでも最も象徴的な人物の一人です。海老さんはいつも私をとても励まし、私に対して常に正直で心を開いてくださいます。私は彼女のサポートにとても感謝しなくてはなりません。
2015年の浜松国際コンクール優勝以来、何度も来日していますが、日本でのお気に入りは何ですか?
私から見た日本は、さまざまに異なる場所がある国というよりは、全てが一つの大きなまとまりをなし調和している国です。他を尊重することだけでなく、国土や人々をありがたく思うこと、そしてともに生きることを、日本は世界に教えています。日本では、私の好きな山や川や街が美しいのですが、何よりも、行く先々で、あらゆるものに対する心遣いの存在を深く感じます。この心遣いこそ、私が大好きな日本の習慣です。だからこそ日本では、大小を問わず、どんな場所も美しいのでしょう。日本ではすべてが深いオーラをまとっていて、その感謝のオーラとでも呼べるものが、あらゆるささやかな“生”を輝かせています。日本で、みなさんのために演奏することができていつも幸せです。
故郷のゴリツィア(イタリア北東部、スロヴェニアとの国境の街)の文化大使をされていますが、どういう街ですか?
ゴリツィアは過去数百年にわたり、多くの異なる「歴史」を抱えてきました。さまざまな人種が、この特殊な地で暮らしてきたからです。多様性が豊かです。地理的にも文化的にも、東西ヨーロッパの、北と南の、境界であり、ラテンとスラヴとゲルマン文化の境界なのです。これらの文化において、人々はそれぞれ異なることをし、違っているものに対して価値を与えてきました。それゆえに特別な場所なのです。お越しになることをおすすめする素晴らしい場所です。

インタビュー:山田治生(音楽評論家)