N響オーチャード定期

2021-2022 SERIES

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沖澤のどか

現在、ベルリン・フィルで芸術監督キリル・ペトレンコのアシスタントを務め、ベルリンに在住の沖澤のどかさんにメールでインタビューしました。

©Felix Broede

まずはN響についてきかせてください。2020年8月に初共演したときのN響の印象はいかがでしたか?
共演するまでは、ドイツ音楽を中心としたロマン派の重厚な演奏を得意とするイメージを持っていました。実際に共演してみると、高い技術はもちろん、その柔軟さと音色の豊さに驚かされました。
ベルリンで勉強されて、今もベルリンに暮らしておられますが、フランス音楽はお好きなのですか?
もともとフランス音楽が好きで、子供の頃からフォーレやドビュッシーのピアノ曲に特に魅了されました。
今回の演奏会のプログラミングについてお話しください。
今回のプログラムは、個性的で美しいフランスのバレエ音楽を集めました(注:『牝鹿』と『ボレロ』はもともと舞踊音楽として書かれ、『マ・メール・ロワ』はバレエ版も存在する)。『牝鹿』の魅力はバレエが目に浮かぶような軽妙さと、都会的なバランス感覚の絶妙さです。
エマニュエル・パユさんとは共演したことがありますか?
2020年からベルリン・フィルでペトレンコさんのアシスタントをしているので、(ベルリン・フィルの首席奏者である)パユさんとは面識があります。ベルリン・フィルがアイヴスの「The Unanswered Question」を演奏した時に、パユさんが率いるフルートセクションを指揮しました。パユさんの音色の美しさと息づかいの巧みさ、フレージングやアンサンブルの妙は唯一無二で、今でも驚かされます。穏やかで優しいお人柄も魅力です。
「マ・メール・ロワ」は、ベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーでも指揮されましたが、特別にお好きなのでしょうか?
「マ・メール・ロワ」はとりわけ好きな作品で、学生の頃に仲間を集めてバレエ全曲を演奏したこともあります。お伽噺が目の前に消えては浮かび、子供の頃に夢見ていたような空想の世界に連れて行ってくれるような特別な魅力がこの曲にはあります。
「ボレロ」のようなテンポが一定の作品での指揮者の役割を教えていただけますか?
「ボレロ」での指揮者の役割は、340小節を一つの長い絵巻のように見せることだと思います。作品の最後まで続く長いクレッシェンドの誘導と、楽器間の最善のバランスと音色を引き出せたら幸いです。
現在、ベルリン・フィルで芸術監督であるキリル・ペトレンコ氏のアシスタントを務めておられますが、具体的にはどのようなことをしているのですか?ペトレンコ氏はどのような人ですか?
ペトレンコ氏のアシスタントとして、全てのリハーサルに立ち合い、特に客席で聴こえるバランスについてよく話し合います。また事前準備として、ペトレンコ氏から送られてくるリストをライブラリアンの方々と一緒にパート譜に反映させる作業も手伝います。オペラのアシスタントではバンダの指揮はもちろん、歌手や演出チーム、舞台チーム、運営陣との連携も大事な役割でした。 ペトレンコ氏は普段はとても優しくチャーミングな方で、リハーサル期間中は恐ろしい程の集中力で気迫を感じます。音楽に確固たるイメージを持っていて、それを確実にオーケストラから引き出す手腕はじつに鮮やかです。
ベルリンでの暮らしについて話していただけますか?
ベルリンは肩の力を抜いて自然体で過ごせる街です。公園やカフェ、図書館など気持ちよく楽譜を読める場所もたくさんあります。東京と比べると大きな田舎のような雰囲気がありますが、それでいて最上の音楽や舞台を味わえるのが最大の魅力です。休みの日に家族と長いお散歩をするのが私の好きな時間です。
オーチャードホールでの思い出について話していただけますか?
2019年から2020年にかけての「東急ジルベスターコンサート」が、オーチャードホールで演奏した唯一の経験です。また、2019年にN響がパーヴォ・ヤルヴィ氏と「フィデリオ」を演奏された際に、アシスタントをつとめました。渋谷の真ん中から別世界に瞬間移動できるような素敵なホールだと思います。
今回の演奏会のお客さまへのメッセージをお願いいたします。
視覚から得るインスタントな情報に偏りがちな今の時代にこそ、スマートフォンを閉じて音楽に耳を傾けるコンサートは、素晴らしく贅沢な時間だと感じます。コロナ禍で無観客の演奏会を余儀なくされ、音楽会はお客さんがいて初めて成り立つものだと思い知らされました。音楽と同じくらい、時にはそれ以上、1,000人以上の人間が生み出す静寂というのは特別なものです。
この瞬間だけ湿度が下がり、夏のフランスの心地よい風が吹くような時間を、音楽を通して共有できたら嬉しいです。

インタビュー:山田治生(音楽評論家)