N響オーチャード定期

2021-2022 SERIES

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マレク・ヤノフスキ

この3月から4月にかけて、「東京・春・音楽祭」で、NHK交響楽団を相手にワーグナーの「ローエングリン」を指揮するために来日していたマエストロ・ヤノフスキに、5月のN響オーチャード定期について訊きました。マエストロは、1998年の記念すべき第1回N響オーチャード定期(当時のプログラム…ロッシーニ:歌劇「絹のはしご」序曲、サン=サーンス:組曲「動物の謝肉祭」、ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」)で指揮を務めました。

©Felix Broede

約30年にわたって、N響と共演されていますが、N響は変わりましたか? N響はどういう個性のオーケストラだとお考えですか?
後半の質問からお答えしたいと思います。実際のところ私自身、評価することはできないと思います。日本ではN響しか知らないからです。ただ皆が、N響は日本で様式的に最もドイツ的なオーケストラだと言っています。何十年もの間、著名なドイツの指揮者がこのオーケストラの指揮をしてきたからです。首席指揮者ではありませんでしたが、客演指揮者(名誉指揮者)として繰り返し指揮をしていました。まず一番に名前をあげなければならないのは、ヴォルフガング・サヴァリッシュでしょう。その前はヨーゼフ・カイルベルトやホルスト・シュタインなども繰り返し指揮していたと思います。彼らは、自分たちの指揮の仕方によって、ドイツでは当たり前の演奏法の伝統をこのオーケストラに植え付けました。私自身もいつもそれを感じていました。例えば、数年前、NHKホールでベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を指揮しました(注:2017年11月定期公演)。私にとっては、人生の中で最も素晴らしい「英雄」だったとそのときに思いましたし、今でも思っています。本当にそう言いたいです。
前半の質問に関してですが、数年間来日していなかった間に、オーケストラの中で大幅な世代交代があったことが見て取れました。多くは若い奏者で、自分の楽器を素晴らしく演奏できる人たちですが、彼らもN響の演奏様式に馴染んでいかなければならないと思います。これはオーケストラの普通のプロセスで、今は現在進行形ですが、近い将来大きな実を結ぶと思います。
今回のプログラムについてうかがいます。ベートーヴェンの作品のなかでも、今回、どうして「エグモント」序曲、交響曲第1番、交響曲第5番を選ばれたのでしょうか? この3曲の組み合わせにはどのような意味があるのでしょうか?
この提案はN響側から来ました。この組み合わせはとてもいいものです。交響曲第1番はハイドンの様式で交響曲を構成するというベートーヴェンの最初の試みでしたが、それでもとてもベートーヴェン独自のオリジナルな作風があります。そして交響曲第5番は、我々皆のベースとなる文化遺産であり、非常に人気が高い作品ですが、オーケストレーションの様式では第1番と違いがあります。第1番はまだハイドンが考えていた交響曲の構成の仕方の影響のもとに生まれましたが、第5番はハイドン的なオーケストラのコンセプションとはまったく関係のない作品となっています。ですからこのプログラムはとても興味深いと思います。
ベートーヴェンはいつもマエストロのレパートリーの中心にあると思いますが、マエストロはベートーヴェンの特にどのようなところに魅力を感じられますか? ベートーヴェンを指揮するときに大切にされていることは何ですか?
一言で答えられます。私個人にとっては、作曲家ベートーヴェンは音楽史の中のターニングポイントです、以上。
N響とは、2014~2017年の「東京・春・音楽祭」で、4年連続でワーグナーの「ニーベルングの指環」(全四部作)に取り組まれました。そのときのN響の印象をお聞かせください。
はい、先ほどの質問と少し関連がありますね。当時はまだ一部、今とは違う世代の奏者がオーケストラの中にいました。今はすでにその奏者たちはいなくなり、その代わりに若い奏者が入りました。これはオーケストラの中の世代交代の普通のプロセスです。
4年をかけて「指環」の作品を一つずつ演奏していきました。そのことで、私のワーグナー様式の扱い方にN響が徐々に習熟していきました。「ラインの黄金」(注:四部作の最初の作品)は、音楽的には最も難しい作品かもしれませんが、オーケストラとして四部作を演奏するという意味では一番難しい作品では無かったこともあり、このシリーズへの良いスタートになったのかもしません。記憶しているのは、オーケストラはとても見事な「ジークフリート」と非常に素晴らしい「神々の黄昏」を演奏したということです。ワーグナーの様式と私のその指揮法を徐々に熟知していったからだと思います。
この2年間、コロナ禍によって、世界は変わってしまいました。マエストロは、この2年間、どのように過ごされましたか?
私がドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者だということはご存知だと思いますが、私は、ありがたいことに以前、ベルリン放送交響楽団にいたことからドイチュラント・ラジオという放送局と良いつながりがあります。コロナ禍になって、聴衆が客席に入ることができなかったので、我々は繰り返し無観客状態でドイチュラント・ラジオのために演奏しました。大編成ではなく、小さい、または中くらいのオーケストラ編成で、何とかして、一緒に演奏するという習慣を奏者たちの中で保つようにしました。もちろん長い間何もできない期間もありましたし、奏者たちに対する保健省からの条件が繰り返し変更されたりもしましたが、ドレスデン・フィルでは完全な活動停止状態には陥りませんでした。ドレスデン・フィルの客席数は1,800席ですが、聴衆が200人あちこちにバラバラに座れば演奏会をすることができたということもありましたし。500人のときもありました。いつも何らかの形で活動を続け、そうやって何とかして生き延びるように試みました。我々は未だにコロナ禍の真っただ中にいます。この秋や来年の春どうなるのか誰にも分かりません。全てが非常に複雑になると思います。
最後に、この5月のN響オーチャード定期の聴衆に何かメッセージをお願いいたします。
そうですね、私は東京のワーグナー・ファンの間では知られているのではないかと思いますが、その一方で、私が心を込めてベートーヴェンを指揮すると、多くの音楽に興味がある人たちが信頼してくださっているようにも思います。多くの方々が演奏会に来てくださることを期待しています。そして、東京の聴衆のみなさんに素晴らしい演奏会を披露できることを願っています。

インタビュー:山田治生(音楽評論家)