N響オーチャード定期

2020-2021 SERIES

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下野竜也

コロナ禍において日本中のオーケストラから引っ張りだこの下野竜也さんに、2月3日にリモートでインタビューしました。

まずは、ブラームスの交響曲第4番の魅力についてお話ししていただけますか?
シソミドと始まって、後の音列(セリー)の先駆けともいわれています。緻密に書かれていますが、憂いを感じさせるようなところもある。知と情のバランスが素晴らしいですね。中学生か高校生のときに初めて聴いて、感情の起伏が激しく感じられましたが、今、思うのは、儚さ、何かをつかもうとしても逃げていく寂しさです。第1、第2、第4楽章では、諦めや諦念を感じます。第3楽章は無理してはしゃいでいるような感じ(笑)
ブラームスは何を諦めていたのでしょうか?
例えば、恋愛でしょうか。ブラームスに対しては、『好きなら好きとはっきり言えばいいのに』といつも思います、ワーグナーのように(笑)。交響曲第1番、第2番の方がストレートな表現を聴くことができます。第4番は言いたいことを秘めていますね。
ブラームスの第4番を指揮する上での難しさはどういうところにありますか?
指揮していて難しいと感じるのは、パッサカリアという変奏曲の形式で書かれた第4楽章ですね。一つひとつの変奏が魅力的なのですが、そのパーツに拘泥すると全体のバランスがうまくいきません。全体を通してドラマティックに構造していくことが大切で、それをどう構築するか、毎回、演奏するたびに思い悩みます。コース料理と同じだと思います。一つの料理のおいしさだけでなく、料理のつながりやコース全体のバランスを考えます。具体的にいうと、有名なフルート・ソロの変奏の前の音楽をどう収束させるか、フルート・ソロからトロンボーンのコラールに至る直前の塩梅がいつも難しいですね。それからコーダに入っていくところでのオーケストラとの呼吸感も難しいと思います。 今、自分もブラームスがこの曲を書いた50代になりましたが、あとブラームスの交響曲を何回指揮できるのかとか、若い頃には考えなかったことも考えるようになりました。
前半にはブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏されますね。
協奏曲ですが交響曲のようなところもあります。健康的で開放的だと思います。こんなに美しく、伸びやかな旋律ですが、第2楽章冒頭のオーボエのソロは和音の構成音を並べただけ。第1楽章の冒頭も同様です。ブラームスの技術に感心します。
三浦文彰さんとは何度も共演されているのですね。
彼は技巧を誇示するのではなく、作品がどう書かれているのかをとらえ、ときにオーケストラの中に入って演奏するのも厭わない人です。なので、ブラームスの協奏曲では、大きな室内楽、あるいは、オーケストラ作品のような演奏を聴いていただきたいですね。特に第2楽章では繊細な情感の得も言われない美しさを感じていただけると思います。 三浦さんとの初共演は、彼がハノーファー国際コンクールで優勝したすぐ、彼が16、17歳のときでしょうか。群馬交響楽団とサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を共演しましたが、そのときの衝撃は今も忘れられません。以来、機会あるごとにご一緒させていただいています。彼とは、シューマンの協奏曲は何度も共演しているのですが、ブラームスは今回が初めてです。
三浦さんが下野さんに指揮を教わっていると聞きました。
彼がベートーヴェンやモーツァルトの弾き振りを始めて、『ここはどう振るのか』を質問されて、指揮の話をするようになりました。彼は素晴らしい音楽家で、作品全体を重視して、指揮者の視点で作品をとらえていますし、運動神経抜群ですから、指揮者に向いていると思います。しかもカッコいいし(笑)。彼が指揮するブラームスの交響曲を聴いてみたいですね。
最初のベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲についてお話ししてください。
出だしから、“ザ・ベートーヴェン”という音楽です。いきなり、ドミソの和音に低音のシ♭が入っていて緊張感があります。速い部分に入ると、音楽は朗らかでウキウキします。チャレンジ精神とサービス精神というベートーヴェンの2つの魅力が凝縮されています。
何度も共演されているN響についてお話ししてください。
N響とは2005年にベートーヴェンの交響曲第7番で初めて共演しましたが、ものすごい熱量、重量感に、指揮台で圧倒されました。その後、何度も共演させていただきましたが、その重量感は変わらず、今も良い伝統として脈々と受け継がれています。いつもN響で感じるのは、それぞれのメンバーが、ここまで聴き合うのかと思うほど、お互いを聴いていること。そして、距離的に離れた楽器でも網の目のようにつながっていくのがN響の凄みだと思います。自分も行くたびに、もっともっと聴いて、いろいろなアイデアを投げかけて、彼らのいろいろなアイデアを聴き逃さないようにすることを目標とします。特にブラームスなどのドイツ語圏の音楽では、N響のパート譜には、大大大マエストロたちの書き込みがありまして、こういう弓遣いだからこういう音がするのかという、オーケストラの伝統をダイレクトに感じることがあります。一方、最近はメンバーが随分お若くなられて、いろいろ柔軟に新しいものにチャレンジしようとされているのも感じます。
オーチャードホールについてはどのような思い出がありますか?
オーチャードホールで初めて指揮したのは、2005年11月の新日本フィルとの演奏会でした。学生の頃、東京フィルの定期演奏会や師匠である堤俊作先生の指揮するバレエ公演など、よく聴きに来ていました。指揮台の上での響きが教会の中にいるようで、好きなホールの一つです。
今回の演奏会では特に何を楽しみにされていますか?
N響が大切にしてられる、人気のシリーズ、オーチャード定期に初めて出演させていただくのがとても楽しみです。N響とは、これまでに台湾公演や北陸東海演奏旅行で、ブラームスの交響曲第2番を共演していますが、第4番は初めてです。ブラームスの王道プログラムでご一緒できるのが、緊張感も大きいですが、すごく楽しみです
最後にメッセージをお願いいたします。
コロナ禍にあっても、N響が長年培ってきた伝統の響きは色褪せることなく続いています。そのN響の素晴らしい響きを、みなさんに、是非、生で楽しんでいただければと思いますし、自分も指揮台で楽しめたらと思います。会場でお待ちしております。

インタビュー:山田治生(音楽評論家)