N響オーチャード定期

2020-2021 SERIES

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広上淳一

入国制限で来日できなかった首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィの代役でN響9月公演を指揮した広上淳一さんを、練習所に訪ね、リハーサルの合間に話をうかがいました。(9月15日・N響高輪練習所にて)

新型コロナウイルス感染症拡大防止のために中止になっていたコンサートが再開され、9月だけでも、京都市交響楽団、NHK交響楽団、札幌交響楽団を指揮されるなど、大活躍ですね。
外国からの指揮者の渡航が許されない現状で、存続の危機にある日本のオーケストラを一つもなくしてはならないと、日本人指揮者全員でオーケストラの力になりたいという思いでやっています。オーケストラは「心のレストラン」ですから。みんなの生活のなかにある大事なものですから。
コロナ禍ですべての演奏会が中止になっている間、どのように過ごされましたか?
今は家族と山梨県の清里に住んでいます。大学1年生の娘は入学以来ずっとオンラインで授業を受けていますよ。自粛生活の間は、音楽以外の本をたくさん読みました。歴史、経済、哲学の本など、乱読です。遅まきながら、哲学を勉強し、人とは?なぜこのようにことになったのか?なども考えました。
演奏会が再開されて、7月25日にミューザ川崎シンフォニーホールでの「フェスタサマーミューザKAWASAKI」でN響のコンサート(ベートーヴェンの交響曲第8番ほか)を指揮されましたね。N響にとっては、再開後、初めての聴衆を入れてのコンサートでした。
感動的でした。奏者間の距離(ソーシャル・ディスタンス)などの悪条件でしたが、みんなで合わせようと良い演奏会になりました。距離は演奏者にとってはきついですよ。でも普段以上に何とかしようという意欲があり、乗り越えたものが演奏に出てきました。練習では、合う、合わないは言いませんでした。逆境のときこそ、協力心が出てきます。オーケストラの全員が音を出すことにあらためて感謝しました。音楽に謙虚になりましたね。
広上さんは1985年にN響と初共演(コンクールでアシュケナージに認められて、「ウラディーミル・アシュケナージ ピアノ協奏曲の夕べ」の指揮者に抜擢された)して以来、現在に至るまで、N響と共演を続けています。広上さんにとってN響はどのようなオーケストラですか?
間違いなく我が国のオーケストラのリーダーですね。世界のトップ・オーケストラに仲間入りして、誰もが認めるところまで来ました。優れた団員がいることはいうに及ばず、精神的にも、技術的にも大人のオーケストラです。N響は、リハーサルで、つまらないことを言う必要がない。こちらさえ心をこめて指揮すれば、彼らは、一つ言うと十わかってくれる。でも大事なことは演奏を止めて、伝える。すると集団となって返ってくる。より高いものを作ってくれます。ミューズの神や作曲家に対して敬意を練習の段階から持っている、音楽に対して真摯なオーケストラですよ。
N響には、26歳でアシュケナージ先生とデビューしました。共演させてもらえて、幸せでした。N響と日本フィルは、私の20歳代、30歳代から、ずっと呼んでくれて、私を育ててくれたオーケストラです。それに対して(常任指揮者を務めている)京響はお互い一緒に育ったオーケストラですね。
広上さんは、N響オーチャード定期には、5回目(2001年、2004年、2015年、2018年、2020年)の登場となります。一番何が思い出に残っていますか?
2001年9月、娘が生まれた日にN響オーチャード定期を指揮していたのが、とても思い出深いですね。メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」の音楽やモーツァルトのオーボエ協奏曲などでした。 オーチャードホールはオーチャードホールならではの歴史を作ってきました。オープンから32年とは、立派な成人だよね。素晴らしい文化を発信し続けてきたことに敬意を表したいですね。
今回はチャイコフスキーの交響曲第5番です。この作品についてはいかがですか?
(2008年)ちょうど父親が亡くなったとき、(音楽監督を務めていた)コロンバス交響楽団と唯一録音したCDがチャイコフスキーの第5番でした。この曲は深淵な気持ちで臨むようになりました。 第1楽章は、陰影なメロディも出てきますが、物凄く強い幹、芯のある大木の姿に例えられる気がします。そういう骨太な演奏ができればと思います。第2楽章はチャイコフスキーにしか出せないドラマティックなロマンティシズム。第3楽章は、ワルツを交響曲に採り入れています。バル(大舞踏会)のような世界。第4楽章はまさに荒野でしょう。大平原。しかも雪景色だな。ソリが出てくる。
演奏会の前半は、木嶋真優さんとのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」ですね。
木嶋真優さんとは初めての共演なので楽しみにしています。僕はモーツァルトが大好きなのです。
最後にメッセージをお願いいたします。
今回の演奏会は、コンサートを再開できる喜び、N響と演奏できる喜び、楽しみにしてくださっているお客さまへの感謝でいっぱいです。医学で「寛解」という考え方がありますよね。癌でも、切らないで、身体のなかに残して、悪化させないように、共存していく。今回の演奏は寛解のヒントになるような気がします。何とかみんなで折り合いをつけ、知恵を出し合って、コロナ感染をできるだけ防ぎながら、演奏会もひらくということです。自粛警察や誹謗中傷は日本人の精神的な脆弱さです。それに対して強靭な精神力を養えというメッセージだと思って、私はステージで指揮をしたいと思います。

インタビュー:山田治生(音楽評論家)