N響オーチャード定期

2019-2020 SERIES

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トン・コープマン

世界を舞台に活躍するマエストロ・コープマンにメールでインタビューをしました。

©Jaap van de Klomp

2017年にオール・モーツァルト・プログラムで初めてNHK交響楽団を指揮されましたが、N響にはどのような印象を持たれましたか?
「N響は日本の最高峰のオーケストラであると同時に、欧米の楽団と比較しても素晴らしいオーケストラです。N響はとてもオープンで柔軟で、彼らが音楽を作ることにとても愛情を注いでいると感じましたし、N響のように素晴らしいオーケストラと共演することは、非常に嬉しく光栄なことだと思っています。普段私はもっと小さめの編成のオーケストラを指揮することが多く、これまで共演してきたオーケストラの中でもN響は一番大きなものの一つといえるでしょうが、初共演はとても上手くいったと思っています」
今回もオール・モーツァルト・プログラムを指揮されます。どうしてモーツァルトを選ばれたのですか?
「初共演のあと、すぐに次回のプログラムについてオーケストラのマネージャと話しました。ハイドンやメンデルスゾーンのアイデアも話しましたが、相談を重ねた結果、次回も初共演で上手くいったモーツァルトをまたご一緒したいと言ってもらい、決めました。『レクイエム』(注:NHK音楽祭の公演)でイツァベルに来てもらうので、せっかくならば彼女のソロも皆さんに聴いていただきたいと思い、彼女と相談を重ね選曲をしました。また『セレナータ・ノットゥルナ』は私の大好きな作品のひとつです。これまでもいろいろな都市のオーケストラで取り上げ、モーツァルトの素晴らしいユーモアのセンスを共に楽しんでいます」
前回の交響曲第41番「ジュピター」に引き続き、今回は交響曲第40番を取り上げられますね。
「モーツァルトはこの第39番、第40番、第41番という3つの素晴らしい交響曲を晩年に作曲したと推測されています。今日に至るまで、専門家の間ではこれら3つの交響曲が違った年に作曲されたかどうかが議論されていますが、私は3つが一気に作曲されたと確信しています。これら3つの交響曲はまさに傑作です! 『ジュピター交響曲』にはバッハの影響を聴くことができるでしょうし、交響曲第40番には凄まじい悲劇を感じることができるでしょう。モーツァルトのアイデアに従ってこれらの交響曲を演奏することは、非常に優秀なオーケストラにとってさえ、チャレンジなのです」
モーツァルトを指揮するときに最も重要なことは何ですか?
「(亡くなったときでも)モーツァルトがまだ若かったことを忘れてはいけません。 澄んだ音の軽快な演奏をするために、偉大で劇的なブラームスの様式ではなく、構造をはっきりとさせるフレージングを使って、モーツァルトに向かわなければなりません」
今回共演するイツァベル・アリアス・フェルナンデスさんを紹介していただけますか?
「彼女とは2013年に初めて出会いました。曲目は今回の東京での2公演と同じ『レクイエム』と『踊れ、喜べ、幸いなる魂よ』でした。それ以来、ライプツィヒのバッハ音楽祭での『ロ短調ミサ』、ヴェローナでの『第九』、アムステルダム・バロック管弦楽団との『クリスマス・オラトリオ』でのヨーロッパツアー、さらに『マタイ受難曲』、数々のカンタータと共演を重ねています。素晴らしいソプラノ歌手で、今回日本でも紹介、そして共演できることとても嬉しく思っています」
バロック・オーケストラとN響のようなモダン・オーケストラとでは、指揮するときに違いはありますか?
「バロック・オーケストラとモダン・オーケストラとでは、まず演奏している楽器自体が異なります。しかし、私はその違いに注目するのではなく、両者に共通していることに目を向けています。バロックであろうとモダンであろうと、心から楽しんで音楽を作り上げていることに変わりはありません。悲しみに包まれている音楽、心の奥底から湧き上がる感情、軽快で楽しく幸福感溢れる音楽、それらが同じ様に伝わります。楽器自体の違いを除けば、共通していることのほうが多いと感じています。バロックとモダン楽器の違いは進化によるもので、弦楽器も管楽器も時を経て改良され、演奏しやすく安定した音色が出るようなったのです。つまりバロック・オーケストラは徐々にモダン・オーケストラへと進化していったのです。異なる楽器・音、異なるオーケストラではありますが、それぞれが同じモーツァルト作品に取り組み、それぞれの解釈を持ち寄ることに意義があると思っています。バロック・オーケストラにおける経験やアイデアをモダン・オーケストラに活用すると、目が覚めるような成果が生まれる瞬間があることを私はよく知っていますから」
長年モーツァルトを演奏されてきて、マエストロの解釈に変化はありましたか?
「モーツァルトを弾いたり、指揮したり、すればするほど、音楽に深く入り込むことができます。モーツァルトの音楽は軽快に聴こえますが、実は18世紀的な物凄い悲劇があります。18世紀の様式に忠実に演奏し続けると、何年もかかってゆっくりとそのことがわかるのです」
最後にメッセージをよろしくお願いします。
「前回の初共演でN響の皆さんと共に素晴らしい時間を過ごしました。今回もオール・モーツァルトのプログラム、N響との再共演を心から楽しみにしています。そして日本の音楽ファンの皆様にまたお目にかかれること、待ち遠しく思っています」

インタビュー:山田治生(音楽評論家)