N響オーチャード定期

2018-2019 SERIES

102

反田恭平

今回の演奏会でピアノ独奏を務める反田恭平さんにインタビューしました。(1月22日・日本コロムビアにて)

現在、ワルシャワに留学しているのですね。
「ロシアに3年半留学したあと、2017年10月からワルシャワにいます。デビュー・アルバムはリストでしたが、実はショパンのレパートリーも多いのです。子供の頃は趣味でピアノをやっていたので、母がショパンが好きで、ショパンを弾くとよく褒めてくれました。そんな昔のことを思い出し、ある時ふと、ショパンって本当はどうやって弾くのだろう?と思って、ワルシャワに留学することにしました。ショパンをもっと知りたかったし、パデレフスキについても知りたかった。パデレフスキのオーケストラとの『ポーランド幻想曲』は、全然演奏されないけど、本当に良い曲なのです。日本では、アンコール・ピースのメヌエットやショパンの楽譜のパデレフスキ版くらいしか知られておらず、彼が首相だったこともあまり知られていません。
ピオトル・パレチニ先生は、指導者として有名で、演奏を聴いたことはありましたが、お会いしたことはなかったです。でも、今は文明の利器で、フェイスブックのメッセンジャーで直接連絡を取り、プロフィールと自分の録音を全部渡し、門下にしていただけますか?とたずねたところ、全部調べた上で『おいで』と返答があったので、ワルシャワに行くことにしました。
ワルシャワ音楽院では研究科にいて、ピアノのレッスンを受けるだけなので、演奏活動をしながら勉強ができます。モスクワ音楽院のときのように出席日数を気にすることもありません。
ロシア語は、留学2年目でしゃべれるようになり、3年目で不自由しなくなりました。ポーランド語はロシア語と似ているので、聞いていて3~4割はわかります。ゆくゆくはドイツやフランスでも学びたいと思っています」
ワルシャワでの暮らしを教えてください。
「音楽院の隣がショパン博物館で、そこにはショパンの自筆譜がたくさんあるので、1、2か月に1度、見にいったりしています。初期のアイデアとして書き留められていた自筆譜をプロジェクターで見たり、それを演奏している音源を聴たりすることができます。また、ショパンの生い立ちもそこですべてわかります。それから、10月17日のショパンの命日には、彼の心臓が置かれいている聖十字架教会に行くことにしています」
ところで、今回のN響オーチャード定期では、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を演奏されます。ラフマニノフについてはどうですか。
「僕がラフマニノフを人生で初めて弾いたのは、2012年10月(高校3年生時)、日本音楽コンクールの本選でのピアノ協奏曲第3番でした。そのときは彼のプレリュードもソナタも弾いたことがありませんでした。高校3年間は、バッハからベートーヴェンまでの古典派、がんばってもシューベルトまでしか弾かせてもらえませんでした。ラフマニノフは本当に知らなかった」
なのにどうして日本音楽コンクールの本選でラフマニノフの3番を選んだのですか?
「中学2年生のときにホロヴィッツのラフマニノフの3番を聴いたときはよくわからなかったけど、高校生になり少しずつわかるようになり、カッコいいから弾きたいと先生に言ったのですが、却下され、先生にはショパンの1番を弾きなさいと言われました。でも、ほぼ内緒同然で『ラフマニノフの3番』と書いて、コンクールに提出しました。それで本選に残ったので、ニューヨークに行って、ラフマニノフの3番を60回以上弾いたことがあるという、ジュリアード音楽院のチュンモ・カン先生に見ていただくことになりました。ものすごく良い先生でした。弾くことだけでなく、オーケストラとのタイミングなどを、約10日間、レッスンしていただきました。出場が決まってから本選までに1か月ほどしかなく、2週間で暗譜しました」
「パガニーニの主題による狂詩曲」はバッティストーニ&東京フィルとのCDを残していますね。
「日本音楽コンクールの翌年(2013年)、調布音楽祭で弾いていたときに、たまたま、東京フィルの事務局の方が聴いていて、彼女のすすめでバッティストーニとの定期演奏会(2015年9月)に出ることになり、『パガニーニの主題による狂詩曲』を弾いて、録音もすることになりました。『パガニーニの主題による狂詩曲』を弾くのは、そのときが初めてでした。 その2か月後、マリインスキー劇場で、マリインスキーのオーケストラと『パガニーニの主題による狂詩曲』を弾きました。初めてのロシアのオーケストラとの共演で、これがロシア人のオーケストラの弾くロシア音楽かと、感動したのを覚えています」
「パガニーニの主題による狂詩曲」はどういう曲ですか?
「とにかく難しいですね。弾いている方とすれば、気が気じゃない曲です。たとえば2番のコンチェルトは自分から始められる。第3番もゆっくりと入れる。この曲は、頭からガツンガツンきます。基本的にはバリエーションなので、同じモチーフを約20分間、拡大したり、逆転したり・・・。第15変奏はいつ弾いても怖いですね。ピアノが16分音符でソロを弾いた後、オーケストラが入ってくるとこるが必ず合わない。ソリストのテンポとオーケストラのテンポが合致しない。でも第18変奏になったときは、『聴いてくれ!』という思いになります。本当は(テンポを)溜めて弾きたいのですが、ロシア人からすると、それはよくないらしい。東京フィルとの録音では好きなように弾きましたが(笑)」
ロシアで勉強して、ラフマニノフの理解は深まりましたか?
「ロシア語を理解したのは大きな武器ですね。コンチェルトの第2番も第3番も、最後はタンタラタンのリズムで終わりますが、あれはラフマニノフという名前のロシア語でのリズムなのです。つまり、曲の最後に署名をしているわけです」
NHK交響楽団とは、2017年6月のターネイジのピアノ協奏曲の日本初演で初共演しましたね。
「死ぬほど緊張したのを覚えています(笑)。初日のリハーサルで真っ青になっていたのか、『顔色が悪い』と言われました。日本初演は人生で初めてで、すごく緊張しました。でも、半年前にN響のメンバーの方々と食事をする機会があって、がんばれと励まされたりしました。そして、本番、学校の先輩が3,4人、舞台に乗っていましたので、最初は緊張したけど、最後は楽しかったですよ」
そのときのN響の印象は?
「N響の本番で入るスイッチがすごかったですね。シーンとしていて、タクトが降りた瞬間に音楽が始まる。メリハリのあるオーケストラだと思いました」
オーチャードホールでの思い出を教えてください。
「2016年の『爆クラ!presents ジェフ・ミルズ×東京フィルハーモニー交響楽団』で、ラヴェルの『水の戯れ』、武満徹の『遮られない休息』をソロで弾いて、ジョン・ケージの『4分33秒』(注:無音の音楽)をオーケストラの中で弾いた、というより経験しました(笑)。笑いをこらえるのがたいへんでした。そういう思い出のあるホール。響きが素晴らしく、音が通る印象が強いですね。
タカギクラヴィアやミュージアムに行くこともあり、あの道(文化村通り)は通るのです。この定期公演のポスターが貼ってあって、僕の写真を見かけたりしましたが、今こうやってオーチャードホールの舞台に立つのは感慨深いですね」
最後にメッセージをお願いします。
「指揮者も熱くオーケストラをリードする方と聞いています。面白いラフマニノフができそうです。ホール一体、一番奥まで届くように音を鳴らして、みんなが楽しかったと思ってくれたらいいなと思っています」

インタビュー:山田治生(音楽評論家)

写真:K.Miura