今回の楽員インタビューは、2015年4月からコンサートマスターの重責を担う伊藤亮太郎(いとう りょうたろう)さん。先ずは、就任から1年が経ちました、今のご様子を伺いました。

「N響は、何と言っても、日本のリーディング・オーケストラですから、毎日緊張した中で、一回一回が勝負と思って一生懸命努めています。演奏会が多く、レパートリーも広いので、次から次へと新しい曲の譜読みをしなくてはいけません。もう、追いつくのが大変です。」

N響の前は、札幌交響楽団(以下、札響)にいらっしゃいました。

「30歳くらいまでフリーで活動していましたが、2005年から10年間、札響のコンサートマスターを努めました。札幌での生活は初めてでしたが、東京と違ってちょっとのんびりした雰囲気の街でした。オーケストラの先輩方は、優しくて、いろいろと教えていただきました。
N響に来ると、札響ではあまり演奏しなかった大編成の楽曲がレパートリーに加わりました。マーラー、ブルックナー、そして、リヒャルト・シュトラウスなど初めて演奏する曲も多く、常に勉強です。」

リヒャルト・シュトラウスは、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィとのシリーズが続いていますね。

「N響には、世界的なマエストロ、名だたる名指揮者がやって来ますが、パーヴォさんの音楽作りには、なるほど、こういう考え方もあるんだといつも感心させられます。他の指揮者とは違った、想像を遥かに超えた世界に、私たちを連れて行ってくれます。オーケストラって、こういう音がするんだ、と言うような不思議な体験を目の当たりにします。
パーヴォさんとN響による相乗効果を、その真ん中で体験しているのです。」

普段の練習の様子を教えてください。

「N響は、伝統あるオーケストラですから、メンバー一人ひとりが沢山の経験と蓄積を持っています。特に、ベートーヴェンやブラームスの様なドイツ音楽のレパートリーは、もう何もしなくても、オーケストラがビシッと合わせることが出来ます。ですから、コンサートマスターの私が、“普段は、どうやっているの?”とメンバーに聞くことで、音の深みやフレーズの歌い方を確認することもあるんですよ。
N響ならではの、ここでしか出来ない音楽作りと言えるでしょう。まだまだ、日々、試行錯誤を重ねています。」

ロンドンに留学されました。

「桐朋学園のソリスト・ディプロマコース在学中に、一年半休学して、プライベートでロンドンに行きました。日本国際音楽コンクールの際に、審査員でいらしていたジョルジュ・パウク先生にいろいろアドバイスをいただいているうちに、思い切って“教えてください”とお願いしました。当時、音楽的なことや技術的なことで悩んでいたのです。
先生は、音楽作りが自然で、フレーズの作り方など、レッスンで目の前で弾いてくださったり、一緒に弾いてくださることで教えてくれました。今でも、そのことが大変役立っていますし、得難い経験だったと思います。」

室内楽も熱心ですね。

「これも、先生の生き方に影響を受けています。先生自身、弦楽四重奏など室内楽の活動が盛んでした。“日本に帰ったら、室内楽をやりなさい”とご指導いただき、実際に、学生時代の仲間で弦楽四重奏団(ストリング・クヮルテットARCO)を結成しました。
今年が、ちょうど20周年で、記念演奏会を開催します。メンバーも、みんな忙しくなってしまい練習のスケジュールを決めるだけでも大変ですが、“できる限り長くやっていこう”と話しています。」

忙しくて、お休みもありませんね。

「家に帰ると、2歳半の娘がいるので、こどもの面倒も見なくてはいけません。最近は、テレビに映る私の姿がようやく分かる様になってきました。音楽が好きな子に育ってくれたら、と願っています。」

“音楽作り”と言う言葉を何度も使われて、コンサートマスターの厳しいお仕事について語ってくださいましたが、可愛いお嬢さんの話になると、優しいパパの表情になりました。ありがとうございました。