オーケストラの配置の中で、指揮者からいちばん遠い位置にセッティングされるのが打楽器。その打楽器の中でティンパニは最も活躍する楽器である。場所も中央に位置していることが多い。オーケストラの中でのティンパニの役割、そして今回の第76回のN響オーチャード定期には、N響とベートーヴェン・ツィクルスを行って来たロジャー・ノリントンがタクトをとる。しかも全部がモーツァルトの作品。そこでのティンパニの役割はどうなるのか? そんなことを中心に伺った。

オーケストラの演奏会では打楽器が欠かせない役割を持っていますが、その中でティンパニの役割とは?

「演奏会では様々な打楽器を使う訳ですが、実際にはその6割ぐらいをティンパニが占めています。例えばモーツァルトのオーケストラ作品で、シンバルやトライアングルなどの打楽器が出て来るのは歌劇の『後宮からの誘拐』ぐらい。それは当時の最先端と言われていたオスマン・トルコの軍楽隊の編成を真似して取り入れたからですね。
 ベートーヴェンでも、有名な交響曲第9番『合唱付き』の第4楽章に、トライアングル、シンバル、バスドラムが登場しますが、他の交響曲(戦争交響曲「ウェリントンの勝利」は除く)ではティンパニだけです。打楽器が活躍する作品は、やはり近代〜現代の作品が多いですね。ベートーヴェンの時代と前後する作曲家の作品で、ティンパニで特殊な使い方をするのは、ベルリオーズの『幻想交響曲』です。第3楽章では雷鳴を表現するのに4人で4台のティンパニを演奏しますが、こういうのはその作曲された時代では例外的と言ってよいでしょうね。
 ちなみにティンパニ(timpani)というのはイタリア語の複数形で、単数ではティンパノ(timpano)なのですが、イタリアの指揮者の方、例えばネッロ・サンティさんが何か指示を出される時は、『ティンパノ』とおっしゃいます」

ベートーヴェンの話が出たので、ついでに伺いますが、ベートーヴェンの第9交響曲では、各楽章によってティンパニの調律を変えるように指示されているのですか?

「そうです。これはティンパニという楽器の進化を前提にしていると思います。それまでのティンパニは調律が大変で、作品の途中で調律を変えることはとても難しかった。しかし、ちょうどベートーヴェンの生きていた時代に、ひとつのハンドルを回すことによって音程を変えられるティンパニが開発されていて、それをベートーヴェンが知って、『第9』の時に使ったのではないかと思います」

なるほど。ピアノも次々に新しい楽器が開発されていて、それらに関心を持っていたベートーヴェンらしい話ですね。

「ティンパニも現在までに楽器としては大きな変化をしています。調律のシステムだけでなく、その大きさ(サイズ)も変わりました。モーツァルト、ベートーヴェンの時代と較べると、現在のティンパニはかなり大きいですよ」

ところで、今回のオーチャード定期ではロジャー・ノリントンさんが指揮をされます。作曲家の生きていた時代の楽器、奏法などに詳しく、こだわりを持つ指揮者だと思いますが。

「N響とはいまベートーヴェン・ツィクルスを行っていますが、それをお聴き頂いた方はご存知のように、常に自分の欲しい音の世界を追求して行く指揮者です。ティンパニに関して言えば、最初にノリントンさんがN響を振りにいらした頃は、まだ古典派時代にふさわしいティンパニがN響になく、現代のティンパニを使っていました。その後、私たちもいろいろと検討し、現在は古典派時代の作品に向いたティンパニを用意しています。それを叩くマレットも木製のものを使っています」

ノリントンさんの指揮でモーツァルト、というのはとても楽しみですね。

「N響としても、実はモーツァルトを意外に演奏しなくなっていました。以前はスウィトナ−さん、サヴァリッシュさんなどがモーツァルトを指揮していたのですが、それ以後は少なかったと思います。今回のようにオール・モーツァルトというのはかなり久しぶりの感じがします。ティンパニの役割として、音色の変化による音楽のキャラクターの変化、という要素をノリントンさんは重要視しています。そのあたりを実際の演奏で感じて頂けると思います」

交響曲「パリ」と「プラハ」はどちらもティンパニが加わっていますね。

「モーツァルトのティンパニの使い方は、本当に天才的だと思います。一音として無駄が無いんです。古典派時代のティンパニは2台で、主音と属音に調律されていますが、その制限の中で、本当に必要な音を的確にティンパニに演奏させています。演奏しながらも、その天才ぶりに驚くことがあります」

演奏会がとても楽しみになってきました。ありがとうございました。

インタビュアー:片桐卓也