ルネサンス期に流行したショームから、17世紀半ばに派生、独立したオーボエ。その歴史の長さと楽器本来の持つ音色の魅力で、オーケストラでは早くから重要な役割を担っている。また、この楽器が広く愛されてきたのは、高音域を司るパストラル・オーボエ(≒ミュゼット)から、オーボエ・ダモーレ(愛のオーボエ)、オーボエ・ダ・カッチャ(狩のオーボエ)、バス・オーボエ、もしくはヘッケルフォン、さらには今日ではほぼ聴くことのできないコントラバス・オーボエまで、各音域を幅広くカヴァーする様々な兄弟楽器が存在するところからも一目瞭然だ。その中でも中心となるのが、オーボエとイングリッシュ・ホルン(別名コーラングレ)である。 今回の楽員インタビューのゲストは、N響でこの2つの楽器を担当されている和久井仁(わくい ひとし)さん。現在各地で活躍する数多くの若手オーボエ奏者の師としても名高い和久井さんに、まずはN響オーボエの伝統を受け継いだ、その背景からお伺いしてみた。

そもそもいつオーボエを始められたのですか?

「中学2年です。小学校の時は野球少年で、中学1年の時に学校の吹奏楽部に入ったのですが、その時点ではまだ部にオーボエ・パートがなかったんです。最初の1年はクラリネットでした」

レッスンにはいつから?

「中学3年から。半年くらい自衛隊の方に習った後、家が近かったこともあって当時N響だった似鳥健彦先生に師事しました。大学の4年間は小島葉子先生です。なので、正式な先生はN響の方だけなんですよ。それもあってとにかくN響は憧れで、いつか入りたいという気持ちをずっと持ち続けていました」

卒業後は、まず東京佼成ウインドオーケストラに誘われ、アシスタント・コンサートマスターを担当。またその間に、一時東京フィルハーモニー交響楽団に在籍も。その後、愛知県立芸術大学で教師も務めた。

「佼成ウインドを3年間ほど勤めた後、東京フィルに半年行き、その後再び佼成ウインドに戻って4年間くらいいました。その後に愛知県立芸大へ移り、3年間教えました」

N響には2004年に入団。

「オーケストラから大学の教師に転ずることはあっても、その逆はまずいませんよね。けれども、まだ若かったこともあり、チャレンジしてみました。大学の上司に、受けたいと打診をしたところ、絶対に受かるんだったらよいけれども、落ちたら大学の先生としてちょっとみっともないよね、それわかって受けるの?と厳しい言葉を言われたのがよいプレッシャーになったのかも知れません。それと同時に、オーディションを受けるとはどういうことか、その姿勢を生徒にも見てほしいというのもありました」

入ってみて、N響はどのようなオーケストラだとお感じですか?

「素晴らしい。それしか言いようがないですね。各自が上手なのはもちろんなのですけれども、向上心がとてもあると思うんです。たとえば室内楽をやってみても、どのメンバーとやっても同じようにうまくいく。何も喋らなくてもです。驚くべきことですよ」

ラテンな曲目で構成された今回のオーチャード定期では、和久井さんはイングリッシュ・ホルンをご担当。《アランフエス》、《三角帽子》ともに大きなソロが登場する。

「両者は丸っきり違うキャラクターです。まず《三角帽子》では、有名な〈粉屋の踊り〉のソロ*で、とても汚い音、野性味溢れる音が要求されます。数あるイングリッシュ・ホルンのソロの中でも最も汚く、ダイナミックに吹かなくてはいけません」
* 第2幕の〈粉屋の踊り〉Danza del Molinero (farruca)の部分

音色とキャラクターを、その他の部分とどう吹き分けられるのか、まさに聴きどころですね。

「そうですね。あと、オーチャードホールでの《三角帽子》というのは、僕にはちょっと特別なエピソードがあって思い出深いんです。というのは、東京フィルに在籍していた1995年にオーチャードでの定期で、スペインの巨匠指揮者のガルシア・ナバロ(1941~2001)で全曲版をやったことがあるのですが、その際に、このソロを指揮者室でレッスンしていただいたんです。その際に教わった、スペインの血のようなものや、いかに自由に音楽を拡げるかというエッセンスを、今回出せたらよいなと思っています」

《アランフエス協奏曲》にも、第2楽章に有名なソロがあります。

「こちらはイングリッシュ・ホルンらしい、とても柔らかなトーンのソロです。《アランフエス》といえば、僕は道義先生とは2000年前後に倉敷音楽祭でご一緒させていただいたことがあります。道義先生というのは意表をつくことをよくされますが、その時は僕は弦の2プルト目くらいの真ん中に配置されて、照明も落として、スポットをギタリストと僕にだけ当てられて……。とても印象深い本番でしたね」

《三角帽子》の第1、第2組曲でビゼーとロドリーゴを挟んでいるという構成もユニークです。

「そのアイディアも道義先生らしいでしょ。彼は色々なことにもの凄くこだわるタイプですから。アイディアが豊富過ぎるくらい豊富なんですね」

スペイン作品とスペインを舞台にした作品を並べた今回のオーチャード定期、とても楽しみですね。

「今回のプログラムは、気分よく夏を過ごせる感じの演奏会ではないでしょうか。スペインの雰囲気を是非楽しんでいただきたいと思います。僕はスペインものをやっている時に、熱い音楽が大半を占めている中で、スーッと熱さが抜けて、あっ、今"風"が吹いた!って感じることが必ずあります。作曲家のマジックだと思うのですけれども、とてもゾクっとくる瞬間なんです。スペインのからっとした空気、陽の光は眩しく暑いけれども日陰では涼しかったりするじゃないですか。そういうところが音楽にもきちんと表れているのかも知れませんね。その風をお客さんにも一緒に感じていただければ嬉しいです」

インタビュアー:松本學