今回の楽員インタヴューに登場する猶井悠樹さんは、昨年2012年10月に、それまでの1年間のプロベイション(試用期間)を無事終え、晴れて正団員となった正真正銘のフレッシュマン。1986年生まれの彼は、N響での最も新しい正式メンバーであると同時に、同じ第1ヴァイオリンの横溝耕一さんと共に現在最年少団員でもある。

まずは、どのようにして音楽、それもヴァイオリンの道に進まれたのかを尋ねてみた。

「父[猶井正幸氏]がホルン、母がピアノをやっており、家でずっと音楽が鳴っているような環境だったので、自然に自分もやることになったという感じです。父がドイツのオーケストラに入っていたためにボンで生まれ、3歳までそこにいたのですが、その後日本に帰ってきてから、5歳の時に誕生日プレゼントにヴァイオリンを買ってほしいと自分から言ったらしいんです。それからですね」

桐朋の高校からは、加藤知子さんに師事。彼女のもとで7年間学んだ。

「加藤先生は本当にとても厳しく、またとても優しい先生でした。僕がクライスラーにはまって、バッハをクライスラー風に弾いたりすると、レッスンの時にすぐに怒られましたね。加藤先生の教え子の中で最も怒られた弟子だと思います。先生のレッスンというのは、フレーズの歌い方とか流れだったり、音楽的な内容が本当に多かったですね。テクニックももちろん教えて下さるんですが、技巧というのは後から付いてくるもの、自分がそれを欲すれば、練習の段階で探せるものだというお考えでした。当時わからなかったことでも、こういうことを仰っていたのかと今になって気付くこともあります」

その後、ブランディスの講習会に参加したり、小澤征爾音楽塾の第1回オーケストラ・コンサート(2009年4月)では、日本公演すべてでのコンサートマスターを担当。そんな中でN響を志したのは?

「タイミングもありますが、まずオーケストラが好きなんです。運よくオーディションの話があったため、留学とN響のオーディションでとても悩みましたが、色々と考えて、この貴重なチャンスを逃すべきではないと決めました」

入ってからのN響の印象は……。

「N響の印象は、ミスが少ないとか、そういう表面的な優秀さもありますが、何よりもアンテナがみなそれぞれスゴいという点ですね。音楽家が周りを聴くのは当然ですが、N響はその度合いがもうきわめて高い。そして、何か起こった時には全員がそれをすぐに理解し、瞬時にベストな対応をとる。これって驚異的です。ただこれは職人技のようなもので、前面に見せるものではないので、リスナーにはわかりにくいかも知れませんが」

今回のオーチャード定期の指揮を担うのは、1980年生まれとこれまた若いアンドリス・ポーガ。2度目の来日だが、N響にはこれがデビューとなる。

「彼はラトヴィア出身ですね。ここのところラトヴィアからは、ヤンソンスやネルソンスをはじめすぐれた人材が出てきています。その流れにいる人だと思うと、とても楽しみです。また、N響の次期音楽監督のパーヴォ・ヤルヴィのパリ管でのアシスタントをやってもいるので、何かパーヴォから得たものをN響で発揮してくれることにも期待しています」

今回のプログラムについて。

「ブラームスの《悲劇的序曲》は初めて弾くのですが、もともと室内楽や歌曲、それに最後のピアノの小品といったブラームス作品は大好きなのでとても楽しみです。チャイコフスキーの交響曲第4番は、この作曲家のシンフォニーで《マンフレッド》と並んで、マイ・ベストです。第1楽章が特に好きで、半音階は多用されるし、エネルギー自体が凄まじく、チャイコフスキーが何か極限状態にいるように感じます。一体どんな心理で書いているんだろうと思いますね。リズムもワルツを用いたりと凝っています。
第2楽章も大好きです。冒頭にはオーボエの素晴らしいメロディもありますし、ヴァイオリン奏者としては、第2楽章の中間部のクライマックスでヴァイオリンが歌うところがたまりません。ここをたっぷり歌わせてくれる指揮者は大好きですね!」

ブルッフの協奏曲第1番について。

「素晴らしい作品ですよね。技術的にはとても難しい曲ですが、第3楽章の第2主題などはとても美しくて、涙が出そうなくらいです。 まず第1楽章冒頭の、ヴァイオリンの最低音から一気に上へ駆け上がる部分は、ヴァイオリンてこんなに音の幅があるんだ!と思うほどヴァイオリンの魅力を一気に味わえるところです。ここの部分が僕には、"昔の伝説を語り始める"様なイメージがあります。静かに始まるので、耳を澄まして聴いてみて下さい。全体としては、第1楽章で語りを、第2楽章で歌を、そして第3楽章で重音をはじめとするテクニックを聴く、といった感じでしょうか」

ソリストは南紫音。2005年のロン=ティボー国際コンクール入賞以降、既によく知られる存在だが、意外にもN響との共演はこれが初となる。

「彼女は同じ学校の偉大な後輩なんですけれども、パワフルで歌心もあるし、技術も本当にしっかりしていて、すごいなぁといつも思っています」

では最後に、もう何度もご出演されているオーチャードホールとオーチャード定期について、お聞かせ下さい。

「実は偶然ではあるのですが、僕がオーチャードホールで初めて聴いたのはN響なんです。高校生の頃、父の用事に付いて行って、そこで本番前の総練習を聴かせてもらいました。2002年9月です。おまけにその時のプログラムはチャイコフスキーの交響曲第4番がメインでした。その他にはクニャーゼフの独奏で《ロココ風》もありました。
オーチャードホールは、空間が割と広いので、弦の響きなどが特にまろやかに融けるといった、ここならではの音があると思います。そして何よりもN響の場合、定期公演でTVやラジオが入っていないのはオーチャード定期だけなので、このホールでしか聴けない演奏という意味で貴重だと思います。
オーチャード定期の時は終わった後、お客様がいつも笑顔という印象があります。喜んで下さっている顔がよく見えるのは、こちらとしてもとても嬉しいんですよ」

6月の演奏会も会場が笑顔で溢れることに期待です。猶井さん、楽しいお話をありがとうございました。

インタビュアー:松本學