耳をつんざくような雄々しく逞しい咆哮から、とろけるような甘いメロディまで、実に幅広く表現力を持つ楽器ホルン。角笛をルーツに、狩や郵便御者の合図用を経て発達してきたこの楽器は、オーケストラの中でも最も歴史あるもののひとつだ。オーケストラや演奏作品によっては、2列になったり1列で横並びになったり、あるいは右側に座ったり、左側にいたり……と、配置にも個性の出る楽器である。N響ではもっぱらセンター下手(ステージに向かって左手)側に1列で並ぶ。その姿はいつも壮観だ。
今回の楽員インタビューでは、このセクションの第2奏者を務め、"不動の2番"と高く評価されている勝俣泰さんにお話を伺った。

まずはオーケストラにおけるホルン・パートの特徴・役割・魅力という素朴なところから。

「ホルンの特徴は、一般的に申し上げて、音域がとても広いところです。4オクターヴを網羅していて、作曲家もフルにその音域を使っているというのは、単一の楽器としてはなかなか珍しいと思います。また、ホルン・セクションは上吹き(=高音奏者:第1、3奏者)、下吹き(低音奏者:第2、4奏者)と役割別にセットになっています。ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの初期の時代では通常2本で、第1=高音、第2=低音という担当でしたが、次第にオーケストラの編成が大きくなってゆくにつれて、もうひとセット同じ組み合わせが必要になっていきました。ブラームスの交響曲などでは、4本というのがスタンダードですね。
ホルンの魅力は、やはり音色です。ラッパのベルが後の方を向いているということで、客席に届く音はすべて直接的ではなくて、間接音、反響音になります。また、空間を満たしてゆくふくよかさだけでなく、地響きのような感じや雷が落ちたような音も出せますので、その音色の多様さが魅力だと思います。さらにピアニッシモからフォルテッシモまでのダイナミクスの差や、4本で作るハーモニーの味わいなど。シューマンは、"ホルンはオーケストラの魂である"という言葉を遺してくれているんですよ」

そもそも上吹き・下吹きというのは、どうして分かれるのでしょう。性格ですか? それとも何かまた別の……。

「高音、低音の好みや得手不得手もなくはないでしょう。パフォーマンスとして、どちらが自分にとってよりアピールできるものを持っているかというところでの棲み分けはあるとは思います。ですが、上吹きでも下吹きでも、実際はすべての音域を出すことを要求されますから、結局はやはり性格ですね。下吹きはサポートにまわって人を支えるのが好きなタイプ。第2奏者の場合は、第3音を司って和声の色をコントロールしたり、その他色々なことに気が付いて、それらをうまく調整してゆく楽しみもあります」

さて、3月のオーチャード定期は、まるでホルンのためのプログラムのようですね。中でも現役のベルリン・フィルの首席であるシュテファン・ドールが登場するのは注目です。

「今、世界で最も影響力のあるホルン奏者のひとりでしょう。彼が吹いている姿、使用しているマウスピース、楽器、その他……ファンの間では、常に動向に注目されていると思います。オーケストラの中でももの凄い存在感ですし、首席になって今年で20年目で、もうミスター・ベルリン・フィルみたいなイメージですよね。音色も素晴らしく美しいですし、スケールの大きさ、ダイナミックさなど、すべてを持っていると思います。"人間ってここまでスゴくなれるのか"的な(笑)。憧れのホルン奏者ですよね。中でもラトルがベルリン・フィル就任記念コンサートでやったマーラーの交響曲第5番はまさに金字塔で、これぞシュテファン!というべきものだと思います。あれは圧巻ですよ。僕はDVDもCDも全部持っているくらいです。あれを視聴してからいらしたら、今度のコンチェルトも何倍も楽しめるんじゃないかなと思います」

シュトラウスのホルン協奏曲第2番は、今年2013年がちょうど初演70周年です。この作品の魅力は?

「シュトラウスはホルンの名手だった父親の影響もあってか、この楽器を知り尽くしていて、効果的に用いるだけでなく、楽器奏法の可能性を拡げてさえいると思います。何より音色の幅広さをこれほどまでに使えた作曲家はいないのではないでしょうか。彼は2つ---1883年と1942年にホルン協奏曲を書いていますが、若者らしい爽やかで活気溢れる第1番に比べ、第2番の方はもっと陰と陽の移ろいなど晩年の成熟を感じます。グラデイションのように変わっていく和声の進行なども、とても楽しいですね。パッセイジは、もう1番と比べられないほど技術的に難しいんです。でも、シュテファンはそういう難しさなど何食わぬ顔でクリアして、シュトラウスの音楽を歌い上げるでしょう」

後半は有名なチャイコフスキーの交響曲第5番です。こちらにも第2楽章に有名なホルンのソロが登場します。

「第1楽章の最初に出てくる暗く静かなクラリネットのメロディ---まるでロシアの寒さを感じさせるような---が、最後の最後で、ほぼ同じ形のまま長調になって、高らかに勝利を宣言するかのようにオーケストラ全部で鳴らされるところなど、本当に見事ですよね。また、第2楽章も夢のように美しいのに、色々な葛藤もにじませている。真の名曲だと思います」
「こちらでは福川君による甘く切ないソロを楽しんでいただけます。彼はとても音楽的に演奏しますし、アプローチもとても素晴らしいと思います。色々なことを考えて、お客さんに喜んでいただけるようにという点と、自分の求める表現を統一しようと常に努めています」

今回は日本人指揮者での演奏です。

「珍しいですよね。僕は飯森さんとはN響では初めてご一緒します」
註:飯森氏は2010年3月22日、文京シビックホールの開館10周年記念コンサーでN響と共演。モーツァルトのオペラ抜粋と《展覧会の絵》を共演している。

「飯森さんとは別のオーケストラで現代曲をご一緒したことがあって、そこで感じたのですが、音を聴き分けるのが素晴らしいと思いました。スコアに書かれている内容のイメージができあがっているだけでなく、実際にリハーサルで出ている音に対してとても的確に指示を出してくださる。ですからこの演奏会も、細部にわたって緻密に仕上げていただけるだろうととても期待しています」

勝俣さんは個人的にオーチャードホールに格別の思い出があるそうですね。

「まだ高校生だった1989年10月に、ユーリ・テミルカーノフ指揮のレニングラード・フィルを聴きました。オーチャードホールの杮落し公演のひとつだったと思います。あの弩級の金管は、ホールの天井の高さへの驚きなどと一緒に今でも鮮明に覚えています。その時は、海外のオーケストラを聴いたこと、アルバイトのお金を貯めた自分のお金でチケットを買ったことなど初めて尽くしでした。しかもホールまで真新しかった。ですので、最初に憧れたステージだったんです。こういうところで演奏できたらホントに幸せだろうなと思いながら聴いたのは忘れられません」
註:レニングラード・フィルのオーチャードホール公演は10月10、11、25、26日。勝俣さんが聴いたプログラムは11日のもの。

NHK交響楽団のメンバーとして、このオーケストラ独自のよさ、魅力というのを聞かせて下さい。

「最も恵まれていると思うのは、よい指揮者、よいソリストなどの環境ですね。それに、ちょっと口幅ったいですが、選りすぐりのとても優秀なプレイヤーたちが、ひとつに向かってやってゆくところ。そのために、色々山あり谷ありというか、色々なディスカッションも生じるわけですが。でも、それらは皆の中でこうしたいという思いが強いからこそ起きるわけで、それは大事な過程だと思うんです。たとえ100人のオーケストラであっても、個々が絶対に自発的な意識を持っていなければいけません。N響には―――N響だけではありませんが―――そういった意識を持つメンバーが集まっています。ですから、本当に端から端まで皆がちゃんと音楽を作ろうとしている積極性を見ていただけたらと思うんです。ステージに立ったら一番お客さんが喜んでいただけるように、自分たちが最大限のパフォーマンスを発揮することが最も大切だと考えています。今まで先人たちも素晴らしい演奏を遺してきましたし、伝統というところを大切にしながら、ルーティンに陥らず、新たなところを拡げながら歴史を刻んでゆきたいと思いますね」

最後に公演を楽しみにしているファンに一言お願いします。

「音楽はその時その時でしか生まれないライヴならではの時間芸術です。生み出されてすぐに空気の中に消えてゆきます。これは一期一会の精神と同じで、ここでしか聴けないチャイコフスキー、ヴェーバー、シュトラウスを是非お楽しみいただきたいと思います」

生の音が聴けるのは、同じ時代に生きる者だけの特権。3月3日の公演当日には、その幸せをかみしめたくなるほどの演奏を届けてくださることでしょう。
勝俣さん、貴重なお話をありがとうございました!

インタビュアー:松本學