第72回のN響オーチャード定期には、名誉音楽監督であったシャルル・デュトワが登場。児玉桃をソロイストに迎えて、サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番を演奏するほか、ラヴェルとリムスキー=コルサコフというふたりの「管弦楽法の名手」の作品を取り上げる。そこでトロンボーン奏者の池上亘さんに、オーケストラの中でのトロンボーンの役割などを中心に伺った。

「コンサートにいらしたお客様の中で、トロンボーンに注目しているという方はあまりいらっしゃらないと思うのですが、実際にはトロンボーンはかなり重要な役割を持っていると自負しているんです」
 と池上さん。そもそもトロンボーンとはどんな楽器なのだろうか?
「金管楽器の中では最も古い起源を持つ楽器だと言えます。すでに15世紀ぐらいから使われていました。組み合わせた管をスライドさせて音を出すという点がとてもユニークなのですが、それだけに微妙な音程の合わせ方が出来るのです。バロック時代には宗教音楽には欠かせない管楽器となりました。そこで、かなり宗教的な意味合いを持つ事にもなりました。交響曲でトロンボーンを初めて使ったのはベートーヴェン(交響曲第5番で)なのですが、ロマン派の交響曲の中でも、トロンボーンが登場すると、そこには宗教的な、あるいは精神的な意味合いがより深く感じられる、そんなこともあります」

 トロンボーンのセクションを見ていると、ほとんどの場合、ひとりで演奏するのではなく3人で演奏しているが、それにはどんな理由はあるのだろう。
「トロンボーンという楽器は和声的に使われることが多いのです。3本でひとつのセットということで、上からアルト、テノール、バスという音域を担当します。さらにテューバが加わって低音部を補強することもあります。トロンボーンは管をスライドさせて音程を取りますので、微妙な音程の変化にも合わせることが出来ます。3本のトロンボーンがお互いに聴きあって、その調整をすることが出来ると言う点が、他の管楽器と違う点ですね」
 その3本セットのトロンボーンが登場すると、オーケストラの音色も変化するように感じるときがある。
「僕がトロンボーンの説明をする時によく使う喩えですが、トロンボーンは映画や舞台で言えば大きな背景のようなもの、大道具のひとつなんです。でも、トロンボーンによって、その背景の色が変化したり、全体の画面の印象が違って見えてきたりする。そういう意味で、トロンボーンはとても重要な役割を持っていると思います」

 今回のN響オーチャード定期では、リムスキー=コルサコフの名作である「シェヘラザード」が演奏される。ここでもトロンボーンは重要なポイントに使われている、と池上さんは語る。
「まずこの作品の冒頭で弦楽器に加え、トロンボーンとクラリネット、ファゴットなどがこの作品の大事な主題をフォルテシモで演奏します。このテーマはこの最初の楽章の中で『海の動機』という航海を表す音楽に変型されて使われ、それが、作品の最後まで印象に残るような仕掛けがなされています。もちろんヴァイオリン独奏(コンサートマスターが演奏)もこの作品の中で大事な役割を果たすのですが、トロンボーンはオーケストラの全部の楽器の後ろで、その背景となりながら、情景を変えて行く、そんな役割を果たして行きます。実は、子供の頃から、そんなトロンボーンの役割が好きで、この楽器の道へ進んだのかもしれません。会場でも、ぜひトロンボーンのセクションに注目して下さい。それだけでなくて、自分が気になる楽器があったら、演奏中にそれだけを注視してみるというのも、オーケストラ鑑賞をより面白くするかもしれませんよ」
 ラヴェルに始まり、「千一夜物語」の世界で終わる、華麗なオーケストラ・サウンドを、オーチャードホールで、ぜひライブで楽しんで頂きたい。