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2025.11.06 UP
天真爛漫な尾上眞秀―13歳が挑む新たな世界
歌舞伎座初お目見得から歌舞伎俳優・尾上眞秀に注目してきたと語る演劇評論家の田中綾乃さんにコラムをご寄稿いただきました!

『踊る。遠野物語』リハーサルより 写真:渡邉肇
まんまるな目をキラキラさせて、酒屋の丁稚姿の幼き少年が歌舞伎座の花道を堂々と歩いてきた!―これは、眞秀が4歳の時、初お目見得をした『魚屋宗五郎』での舞台のこと。あどけない丁稚が「酒が好きだから酒屋に奉公しているんだ!」と言う台詞がなんとも可笑しくて、劇場中が優しい笑いに包まれた。
その翌年の『弁天娘女男白浪』でも店の丁稚役。祖父の七代目尾上菊五郎が、当たり役の弁天小僧菊之助を演じているのを、同じ舞台の隅からにこにこしながら魅入っている眞秀の姿が見えた。その姿に根からの芝居好きなのだと思った。初お目見得からまだ八年ほどの眞秀だが、これまでの歌舞伎の舞台数は22公演。澄んだ声がよく通り、どんな役でも素直に演じる。何より舞台に立つ喜びが全身から溢れていて、観客席も朗らかな気持ちになる。

母は俳優・寺島しのぶ、父はクリエイティブディレクターのローラン・グナシア
眞秀を観ていると、舞台では決して物怖じしないように見える。本人に尋ねたところ、舞台に上がれば緊張は一切せず、楽しさの方が勝るとのこと。さすが脈々と続く役者の家の子だ。
曽祖父は人間国宝の七代目尾上梅幸、祖父も同じく人間国宝の七代目尾上菊五郎で、江戸歌舞伎の名門「音羽屋」である。祖母は女優の富司純子、そして母も女優の寺島しのぶ。日本を代表する役者一家の家系に、フランス人父のクリエイティブディレクターのセンスも入っている。
このように書くと由緒あるプリンスぶりを感じるが、本人は人懐こく、明るい性格。物怖じしないのは、人に対してもそうで、その場にいる人たちと分け隔てなくすぐに打ち解けるのは、国際色豊かなコミュニケーションの環境で育ったからであろう。好奇心旺盛な眞秀は、どんなことにも関心を持つ。歌舞伎が一番だが、スポーツでは野球やサッカー、バレーボールが好き。共通するのはチームプレー。個人プレーのみならず、みんなで力を合わせて何かをやり遂げるのが楽しいというのは、まさしく舞台向き。

研の會『連獅子』(2024年) より 写真:田口真佐美
今年から中学生になった眞秀は、身長も伸びて、今時の若者らしく手足も長い。現代人から見れば理想的なプロポーションだが、腰を落として踊る歌舞伎舞踊においては不利であるように思われる。だが、昨年の歌舞伎舞踊『連獅子』では、仔獅子の精をダイナミックに生き生きと勤め、今年の『春興鏡獅子』では、可憐な胡蝶の精を品よく踊った。どちらも眞秀は腰をしっかり落として、背中をよく反り、舞踊の基本の心得をわきまえて踊っていたのが印象的だった。

研の會『連獅子』(2024年) より 写真:田口真佐美
眞秀の目標は、大好きな祖父のように立役も女方も兼ねる役者になること。幼少時以来、魅了されている祖父の弁天小僧菊之助に憧れている。さすが「音羽屋」の血筋だとも思うが、それ以上に、日本とフランスというルーツを兼ねる眞秀にとっては、最初は娘姿の弁天小僧が男性へと自在に変化する姿に共感するのではないだろうか。歌舞伎には、たとえば男と女、善と悪、生と死といった二項対立の枠を乗り越えていくエネルギーがある。二つの文化をルーツとして持つ眞秀にとって、それが歌舞伎の面白みであり、ゆくゆくは眞秀自身も日本と海外との架け橋となる歌舞伎俳優となるのだろう。

『踊る。遠野物語』リハーサルより。麿赤兒と対峙する少年Kを演じる 写真:渡邉肇

Kバレエや大駱駝艦の出演者たちとの息もぴったり 写真:渡邉肇
その眞秀が歌舞伎以外の舞台で初挑戦する『踊る。遠野物語』は、バレエダンサーや舞踏のダンサーといった、いわば出自が異なる人たちとともに創り上げるダンス作品である。この異ジャンルとの新たな創作現場で、感性豊かな眞秀は多くのことを吸収して、さらなる成長を遂げるだろう。その成長を楽しみに劇場へ足を運びたい。
田中綾乃(たなか あやの)プロフィール

三重大学人文学部准教授、演劇評論家。
東京女子大学文理学部哲学科卒業。同大学院博士課程修了(人間文化科学博士)。
専門は哲学、美学、演劇批評。ドイツの哲学者カントの哲学研究を行う一方、長年の観劇歴から舞台芸術の批評にも携わる。新聞や雑誌などでの劇評執筆多数。2009年より松竹株式会社の歌舞伎興業の筋書(公演パンフレット)の解説とあらすじを担当。歌舞伎や文楽のレクチャー講座なども全国各地で開催している。