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2025.09.11 UP
死者の世界、万物と共振するシシ踊り。
本作制作にあたり、遠野でのフィールドワークをコーディネートして下さっている富川岳さんに、『踊る。遠野物語』でも登場する遠野地方の郷土芸能「シシ踊り」についてご紹介いただきました。
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『遠野物語』を生んだ、民話の里・岩手県遠野市。ここには「シシ」がいる。夏になると、シシになる人々がいる。
「シシ踊り(鹿踊・獅子踊)」は、岩手県と宮城県を中心に継承されている郷土芸能である。狩猟で獲った鹿や猪、カモシカなどの供養から始まったとされる説や、鹿の動きを模倣する中で生まれたとされる説がある。遠野には400年前に伝わったとされ、中断中も含めると現在17の団体がある。
そもそも遠野には60を超える郷土芸能団体が存在していて、人口23,000人のうち半数が芸能に関わっているといわれる超・芸能のまちである。ブラジルでいうサッカーのように芸能が深く生活に結びついており、一般的にイメージされる“『遠野物語』のまち”という見方だけでは片手落ちなのである(ちなみに遠野は、ホップの里でもある。ビールの原料であるホップの栽培面積は日本一であり、ブルワリーも3つある)。
それではなぜ遠野は芸能が盛んなのだろうか。諸説あるが、その一つに生き抜くのが大変な環境であることが挙げられる。冬はマイナス20℃近くまで冷え込み、山に囲まれた小さな盆地であるため、昔から稲作にも向かず食べていくことが本当に大変な場所だったのだ。そんな貧しい土地だったからこそ、人々はあらゆるものに祈りを捧げた。五穀豊穣、子孫繁栄。神道や仏教はもちろん、人々の間で密かに大切にされた「オシラサマ」に代表される民間信仰も盛んだ。

オシラサマ Ⓒ渡邉肇
そして芸能こそ、その祈りを神様に捧げる具体的なアクションだったのである。今でも僕たちはシシ踊りを神社へ“奉納”することを欠かさない。観光客に「披露」することが第一の目的ではなく、自分たちが、自分たちのために踊るものなのである。
一方で、「信仰」だけでは400年間も続いてこなかっただろうな、とも思う。僕は遠野移住後にひょんなことから「張山しし踊り」という団体に所属して踊り手になり、今年で8年目になった。僕はなぜ踊り続けて来たのかと言えば、それは純粋に面白かったからである。観客が多ければ多いほど燃える。練習中は地元の先輩たちから“特別扱いせずに”指導してもらえるのも嬉しい。移住者であっても、有名人であっても何も変わらない。練習にはもちろん飲み会もセットだ。「信仰」と「娯楽」。その両輪があってこそ、人々は今でも踊り続けているのである。僕が自らの身体で体感してきたシシ踊りの世界については、6月に発売した新刊『シシになる。──遠野異界探訪記』(亜紀書房)に詳細に記している。興味のある方はぜひ読んでもらえると嬉しい。

シシになる。ー遠野異界探訪記ー
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さて、今回の『踊る。遠野物語』の準備期間に、遠野のシシ踊り団体の一つ「板澤しし踊り」と森山開次さんを繋がせてもらった。板澤しし踊りは遠野を代表する団体であり、中でも奥義「四つがかり」は圧巻だ。柱を取り囲む4頭のシシが太鼓に囃し立てられながら、地を這い、高らかと幕を上下させて躍動する。同団体の佐々木国允会長は、四つがかりを「中央の柱に角を擦り付けて魔力を得ようとするシシを種ふくべ(踊り手のリーダー)が邪魔したり、弄んだりしながら地盤を振動・反転させて、地獄に堕ちている衆生、すべての生き物たちを地底から救い上げる踊り」だと語る。“人と自然の争いと調和”を表現しているとされる遠野のシシ踊りは、こうして死者の世界とも繋がっている。
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板澤しし踊りの「四つがかり」 ライブイベント「遠野巡灯篭木」より ⒸRyo Mitamura

板澤しし踊りのメンバー。25年7月、森山さん(前方中央)にシシ踊りを伝授。
そもそも遠野のシシは、牛の角、鹿の目、龍の鼻、馬の尻尾を用いた髭、そして山鳥の羽を装着している。また、背中には「カンナガラ」という木を薄く削ったものを髪の毛のように大量につけている。植物や動物など様々なものが組み合わさった霊獣であり、そのキメラ性があるからこそ、万物と融合して共振できるのである。

試しにシシになる森山さん

踊った直後の富川さん
森山さんやキャストの方々が、シシ踊りを、そして遠野の異界性をどのように感じたるままに表現されるのか。僕は今から楽しみで仕方ない。柳田國男が100年前に遠野に戦慄して『遠野物語』を書いたように、今度は遠野人が、そして遠野のシシたちが森山さんの舞台に戦慄させられる番なのだ。
富川岳(とみかわ がく)プロフィール

作家・プロデューサー/張山しし踊り
1987年、新潟県長岡市生まれ。岩手県遠野市在住。張山しし踊り(遠野郷早池峰しし踊り張山保存会)所属。
都内の広告会社にプロデューサーとして勤務した後、2016年に岩手県遠野市へ移住。民俗学をベースとした様々な創作活動やプロデュースを行いながら、踊り手として"シシ"になる日々を送る。
『本当にはじめての遠野物語』(遠野出版)は自費出版ながら実売4,900部の異例のヒット作となり、2025年6月『シシになる。──遠野異界探訪記』(亜紀書房)で商業出版デビュー。
株式会社富川屋代表、遠野市観光協会理事。遠野文化友の会副会長。宮城大学非常勤講師。
https://www.instagram.com/gaku.tomikawa/ (外部サイトにリンクします)