Orchardシリーズ K-BALLET Opto『踊る。遠野物語』 In association with PwC Japanグループ

制作ノート

2025.06.10 UP

プロダクションノート

この作品の着想は、一通の特攻隊員の遺書との出会いから始まった。知覧から出撃した実在の東北出身の特攻隊員が許嫁に宛てた「ただ無性にあなたに会いたい」という言葉。その痛切な想いに触れたとき、私たちは『遠野物語』第99話に描かれる物語との不思議な共鳴を感じた。三陸大津波で亡くなった妻の幽霊と浜辺で再会する男の物語が、特攻隊員の想いと重なり合ったのである。

『遠野物語』は明治43年(1910年)、柳田國男が遠野の佐々木喜善から聞き書きし編纂した119編の怪異譚である。山人、雪女、座敷わらし、山姥など、夢の断片のような逸話集は読み進めるうちに共鳴し合い、遠野という土地の幻想世界を立ち上げる。三島由紀夫が「魔的な文体」と評したように、その直截的な語り口は現代の私たちの心にも鋭く刺さる。柳田はその序文に、「願わくばこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」と記した。それは、神事、結界、異界といった言葉が生活から消え、目にすることができないものの気配を感じ取ろうとする手がかりを失った私たちへの警鐘であった。

柳田のこの言葉は、刊行から100年後におきた東日本大震災によって現実となった。津波にさらわれた家族を求め、被災地では幽霊を探す人々の姿があったという。幽霊でもいいから、最後にもう一度会いたい——その切実な願いは、100年前浜辺で妻をみた男のそれと同じだった。しかし現代の私たちは、そうした喪失と向き合いながら、亡き人がふとそこにいるという感覚を手放してしまっている。

「あなたに会いたい」という特攻隊員の切実な願いと、死者に会いたいと願う震災被災者の姿。柳田國男生誕150年・戦後80年という節目に、明治の三陸大津波と昭和の戦争、そして平成の大震災と時代を超えて響き合う「死者との対話」というテーマを、特攻隊員の魂の彷徨いを通して描き出す。遠野の非理性的で圧倒的な呪力により青年が鎮魂へと向かう物語で、観客の眼前に我々がこの100年でなにを失ったか、その遠い過去に忘却したはずの世界を呼び起こすことをこころみたい……。