理工系の芸術家の仕事のすばらしさを満喫しよう!
エッシャーと聞いてまず思い浮かぶのは、トロンプ・ルイユ(だまし絵)ではないでしょうか。 鳥が連続的な変化の中で魚に形を変えたり、メビウスの帯のように入り組んだ空間ゆえに二階に昇ってもいつの間にか一階に戻ってきてしまう家・・・。その興奮は、作品評価額が一気に100倍になる現象が生じるほどのブームを巻き起こしました。しかし、彼がトロンプ・ルイユに到達するまでには、様々な表現への挑戦が存在しました。それは、"変容、循環、無限、二次元と三次元の相克"といった「見えない世界の構造」に関わる問題でした。
オランダに生まれたエッシャーは、建築家を志して建築装飾美術学校に学びましたが、恩師にグラフィック・アートの才能を見出され、卓越した版画技術を習得します。その後、イタリアやスペインの旅先で出会った風景や建物などに強いインスピレーションを受け、独特の幾何学模様、建築物を使っただまし絵の世界を版画に表現するようになります。エッシャーが「平面の正則分割」に取り組むようになったのは、スペインのアルハンブラ宮殿で幾何学的な装飾模様に魅了されたのがきっかけであったといいます。
エッシャーは、その特異な画風のために長い間異端視されてきましたが、1968年のハーグ市立美術館での回顧展が再評価のきっかけとなり、今ではオランダを代表する作家の一人として位置づけられています。彼は一般に知られているような「派」に属するわけでもなければ、油絵で多くを制作しているわけでない「グラフィック・アート」の芸術家です。CGアートが幅を利かす今日、エッシャーの作品は多くの若者をとりこにしているのです。
彼の不思議な作品から人柄を想像すると、クールで知的な人間嫌いではないかと思われるかもしれません。しかし、たとえ幾何学的パターンの版画を制作するときでも、彼がモチーフとしたのは、風景、動植物といった自然の形態でした。今までエッシャーは、トリッキーなだまし絵の作家という印象だけが強調されがちでしたが、これを機会に、彼自身の五感や体感を元に自然のものから出発した豊かな洞察力、想像力、そして幅広い人間性も感じていただけると思います。
本展は自然をモチーフにした写実的な初期の作品から変遷し、この作家が究めた職人的な、そして遊び心あふれるだまし絵の世界までを俯瞰する、非常に興味深い展覧会といえるでしょう。
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