ピエール・アレシンスキー展

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Column学芸員によるコラム

セントラル・パークから

《見本》
1979年
アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙
作家蔵
©Pierre Alechinsky, 2016

 抽象か具象か。アレシンスキーの作品にはどっちつかずのものも多いが、芸術活動の初期には人物像による自由な造形を追求していたのが、前衛グループ・コブラを経て抽象性を増していき、その後また具象的なものが多く表れるようになる。色彩の洪水のような迫力ある画面の中には、画家が特別な思い入れをもつ樹木、火山、波などの形象を垣間見ることができる。そんな中で特に目を引くのは、人とも動物ともつかないモンスターたちの存在だろう。
 モンスターと言ってもいわゆる怪物ばかりではなく、最近の「ゆるキャラ」に近いものも多い。すぐに想像されるのは、アレシンスキーの故郷ベルギーでかつて活躍したボッスやブリューゲルの作品に登場する異形の怪物である。実際彼の作品には、明らかにそれら古のフランドル絵画からの引用が見受けられる。また、仮面の画家として知られる同じくベルギーの画家アンソールからの影響も指摘できる。
 さらに興味深いのは仙厓の影である。仙厓は江戸時代の臨済宗の禅僧で、多くの絵を描き、その洒脱で含蓄のある作品は今も多くの人を引き付けているのだが、アレシンスキーも魅了された一人だった。そして71年の著作『自在の輪』(日本語訳76年)では、仙厓を師と仰ぎ、挿絵には《坐禅蛙画賛》(出光美術館蔵)を入れている。アレシンスキーが仙厓に出会ったのは、63年から64年にかけてコペンハーゲンのルイジアナ美術館で開かれた仙厓の国際巡回展であった。無の境地で引かれたかのような単純な描線による造形。あるいはそれを人は洒脱と呼ぶのだろうが、この禅の画家にアレシンスキーは我が意を得たと感じたのだ。55年に来日し、前衛書道を通じて筆の自在な即興的動きを目の当たりにし、自らがそれまで追究してきたものに確信を得たアレシンスキーにとって、仙厓との出会いは芸術の方向性のさらなる確認となったはずである。
 アレシンスキーの作品に登場するユーモラスなモンスターたち。一見、単純なそれらの背景には日本も含めた様々な源泉があり、観る者を奥深い世界に誘っていくのである。

ザ・ミュージアム上席学芸員 宮澤政男