時代を記録する鏡──“ジャーナリズム界の最高峰”ピューリッツァー賞
2026年11月に東京・水道橋のIMM THEATERで、デヴィッド・マメットのピューリッツァー賞受賞戯曲の日本版舞台『グレンギャリー・グレンロス』をBunkamura Productionとして上演します。ところで「ピューリッツァー賞」という言葉をいろんな場面で耳にしますが、実際にどんな賞なのか詳しく知らないという方も少なくないのでは? そこで今回は、ピューリッツァー賞が何を表彰し、どうやって受賞作を決めているか、いろんな気になる疑問に迫ります。
ピューリッツァー賞の始まりは?何を表彰しているの?
ピューリッツァー賞とは、アメリカで最も権威があるとされる文化賞。アメリカのジャーナリズムの基礎を築いた新聞王ジョゼフ・ピューリッツァーがコロンビア大学に寄付した遺産によって1912年にジャーナリズム科大学院が創設され、さらに「ジャーナリストの質の向上」を目的として1917年にピューリッツァー賞が創設されたのです。現在はジャーナリズム部門(15部門)と文学・ドラマ・音楽部門(8部門)の合計23賞が設けられ、アメリカの新聞・雑誌・オンラインメディアで発表されたものを対象に、ジャーナリズム・文学・音楽・戯曲など各分野で業績のあった組織や人物に毎年与えられます。
中でも受賞結果が特に注目されるのは、ジャーナリズム部門で最高の栄誉とされる「公益部門」。個人ではなく新聞などの報道機関を対象に、不正や人権侵害の告発など社会に多大な貢献をした報道に贈られます。古くはニクソン大統領を辞任に追い込んだワシントン・ポストのウォーターゲート事件報道、近年ではハリウッドの大物ハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラを告発したニューヨーク・タイムズとニューヨーカーのスクープなどが有名です。
また、現代史の決定的な瞬間をとらえた報道写真を表彰する写真部門もピューリッツァー賞の花形部門です。ベトナム戦争で米軍の爆撃から逃れるため川を渡るベトナム人親子を写した「安全への逃避」、スーダンの大飢饉によってやせ細りうずくまった少女の背後でハゲワシが彼女の死を待つかのようにたたずむ「ハゲワシと少女」など、戦争の悲惨さや災害の猛威など世界の生々しい現実を切り取った作品が歴史に名を残しています。なお、Bunkamuraでは1998年にザ・ミュージアムで『20世紀の証言 ピュリッツァー賞写真展』を開催し、カメラマン100余人の受賞写真約230点を展示しました。
1942年に設けられた写真部門の歴代受賞作品を、20世紀が終わりへと近づく1998年に一堂に集めた『20世紀の証言 ピュリッツァー賞写真展』。これらの写真は第二次世界大戦以降の人類の歩みを記録したもので、まさに20世紀後半の歴史を振り返ることができる展覧会となりました。
なお、ピューリッツァー賞の受賞作は原則として作者もアメリカ人であることが条件ですが、ジャーナリズム部門はアメリカ国内で発表された作品であれば外国人も受賞対象。日本人も「安全への逃避」の沢田教一のほか、長尾靖、酒井淑夫のカメラマン3人が写真部門で過去に受賞しています。

「安全への逃避」を撮影した沢田教一さん。沢田さんはベトナムで全面戦争が勃発した1965年に現地へ渡り、銃弾を避けながら戦争の悲惨な実態を記録しました。なお、1970年にカンボジアへの移動中に銃撃され命を落としました。
ピューリッツァー賞の受賞作はどうやって決まる?
ピューリッツァー賞は社会に発表された作品の中から受賞にふさわしい作品を自ら探し出すのではなく、応募されてきた作品だけを対象に選考しています。では、受賞作は誰がどのように決めているのでしょう?
ピューリッツァー賞はコロンビア大学が運営していて、大手メディア編集長、著名ジャーナリスト、大学関係者ら19名で構成される理事会を半年ごとに召集します。まずは毎年2000点以上届く応募作品を絞り込むため、理事会が極秘に任命した各分野の専門家(ジャーナリスト、作家、学者など)が予備審査を担当。審査員は毎年102人選ばれ、部門ごとに5人前後で選考を行います。
各部門とも最終候補として3作品まで絞り込めたら、理事会に推薦リストを提出。理事たちは慎重に審議した上で投票を行い、過半数の票を獲得した作品が受賞となります(「受賞作なし」への投票も可能)。そして受賞結果は例年4月中旬〜5月上旬にコロンビア大学が世界に向けて発表します。

ジャーナリズムの公益部門受賞者にのみ授与される金メダル。表面にはアメリカジャーナリズムの祖(最初の新聞記者)と言われるベンジャミン・フランクリンの横顔、裏面には古典的な手動印刷機を操作する男性がレリーフ(浮き彫り)で描かれています。
社会や歴史の問題を掘り下げたフィクションも受賞対象
ピューリッツァー賞は“ジャーナリズム界における最高権威”として広く知られていますが、受賞部門の概要で触れたように、実は報道だけでなく小説や戯曲といったフィクション作品も対象となっています。応募条件として「アメリカの作家による卓越したフィクション作品で、アメリカの生活を描いたものが望ましい」という基準が定められていますが、それさえ満たせば純文学に限らずSFやファンタジーなどのエンタメジャンル小説も選考対象となります。
とはいえ、「ジャーナリストの質の向上」を目的とするピューリッツァー賞なので、アメリカの本質を問う社会的・歴史的テーマを背景にした作品が強く支持される傾向にあります。たとえば小説部門では、南北戦争に翻弄されながらたくましく生きる女性スカーレット・オハラの姿を描いた『風と共に去りぬ』や、マーク・トウェインの名作『ハックルベリー・フィンの冒険』を黒人奴隷ジムの視点から語り直した『ジェイムズ』、戯曲部門では1990年代初頭のニューヨークで貧困や病と闘いながら夢を追う若者たちを描いた『レント』や、ブロードウェイミュージカルの過酷なオーディションに挑むダンサーたちに迫る『コーラスライン』などアメリカの歴史や実話をドラマティックに描き出した名作が数多く受賞しています。

1996年にピューリッツァー賞戯曲部門を受賞した『レント』。現代社会の闇と多様性を生々しく描くという、当時のブロードウェイ作品としては異例のアプローチで演劇界に革命を起こした点が高く評価されました。2005年にはクリス・コロンバス監督が映画化し大ヒットを記録しました。

オーディションに挑む名もなきダンサーたちの情熱や挫折をリアルに描き出し、1976年にピューリッツァー賞演劇部門を受賞した『コーラスライン』。ブロードウェイで約15年間ものロングランを続け、Bunkamuraでも2009年と2022年にオーチャードホールで来日公演を上演しました。
このようにピューリッツァー賞受賞作品としてテーマやアプローチを高く評価されたノンフィクションには、映画化や舞台化された作品が少なくありません。Bunkamuraでも過去に、『8月の家族たち』『欲望という名の電車』『夜への長い旅路』を日本人キャストによる舞台としてシアターコクーンで上演し、映画『RENT レント』『ダウト〜あるカトリック学校で〜』をル・シネマで上映しました。また、2026年11月には優れた海外戯曲を今日的な視点で上演する企画「DISCOVER WORLD THEATRE」シリーズ第17弾として、不動産業界でアメリカンドリームを夢見る男たちを描いたデヴィッド・マメット作『グレンギャリー・グレンロス』の日本版舞台をIMM THEATERで上演します。

トニー賞とピューリッツァー賞をダブル受賞したトレーシー・レッツ作『8月の家族たち』。2016年にシアターコクーンで上演した日本版ではケラリーノ・サンドロヴィッチが演出を務め、本作の本質である喜劇の一面に光を当てつつ、家族たちのバトルからあぶり出される「愛情」の物語をドライに表現しました。

現代アメリカ最高の劇作家と言われるテネシー・ウィリアムズの名作戯曲『欲望という名の電車』を、2017年にDISCOVER WORLD THEATREの第3弾としてシアターコクーンで上演。主役のブランチを大竹しのぶ、彼女を追い詰めるスタンリーを北村一輝が演じ、白熱の演技合戦で魅了しました。

“アメリカ近代劇の父”と称される劇作家ユージン・オニールが4度目のピューリッツァー賞を獲得した『夜への長い旅路』。2022年にDISCOVER WORLD THEATRE第10弾としてシアターコクーンで上演し、大竹しのぶら実力派俳優5人が巧みな会話の応酬で家族の愛憎を浮き彫りにしました。

トニー賞とピューリッツァー賞をダブル受賞した舞台劇を劇作家ジョン・パトリック・シャンリィが自ら映画化した『ダウト~あるカトリック学校で~』。2009年3月にル・シネマで上映し、公民権運動が拡大する1960年代アメリカを背景とする心理ドラマを観客は息を呑んで見守りました。
報道、写真、小説、戯曲などさまざまな発表形式を通じて社会が直面する問題を鋭く提起し、世界に大きな議論と変革の波紋を広げていく──。そんなピューリッツァー賞受賞作品の真価を、ぜひ自ら触れることで感じ取ってみてください。

〈公演情報〉
Bunkamura Production 2026
DISCOVER WORLD THEATRE vol.17
『グレンギャリー・グレンロス』
2026/11/6(金)~30(月)
会場:IMM THEATER
