吉開菜央(映画監督)
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、映画監督としても、ダンサーやコレオグラファーとしても活躍する唯一無二のアーティスト、吉開菜央さんをフィーチャーします。
言葉では知っていた脳腸相関を座禅で実感
大学でコンテンポラリーダンスに出会い、振付のイメージを映像化したいと映像も撮り始めた吉開さん。触感の視覚化など身体性にこだわった表現を続けてきて、周囲の期待と注目も高まりました。しかし双極性障害で体調を崩されたところにお母様の死が重なってしまいます。禅寺に修行に行ったことが健康回復の大きな一助となり、新作『まさゆめ』には回復のプロセスが描かれました。腸から脳が発生したという脳腸相関を体感したことが映像美に生きています。
「『子供の「脳」は肌にある』とか三木成夫さんの著作とか脳と腸の関係についての本は十年前ぐらいに結構読んでいて、人間が一本の管っていう言葉はいろんなところで目にしていたと思うんです。ただ、実感したのは、本当に禅寺に行ったときでした。朝の座禅で一番鶏が鳴く前に人の腸がぐるぐる鳴り始めて、誰かのお腹が鳴るとほかの腸も反応して、腸同士で会話して「おはよう」「おはよう」と言っているみたい。私という意識を飛び越えたところで、腸同士が会話できるんだって初めてわかって。禅寺では毎日同じ時間に大体同じ分量を食べるので、それを繰り返していくと大体同じ時間に便が出るようになるんです。そのことからも本当にただの管なんだと、すごい…腑に落ちました。」

「映像作家として影響を受けたのはルシール・アザリロヴィック監督。彼女の映像は本当に“肌”みたいで絵作りとか肌の質感とか触感とか雰囲気とか物語に惹きつけられました。野口三千三先生の野口体操や著書からも大きな影響を受けました。オハッド・ナハリンのガガも野口体操に似ていると感じて、日本でレッスンが受けられる教室を探して柿崎麻莉子さんのレッスンに行きました」
禅に興味を持ったのは『土を喰らう十二ヵ月』から
先鋭的な映像作家の吉開さんが日本の伝統仏教である禅に興味を抱いたのは、水上勉原作、中江裕司監督作の映画『土を喰らう十二ヵ月』からでした。
「初めて私が禅寺に行って下山した日に、身体をテーマに映画を作るプロジェクトに応募してみないかと愛知芸術文化センターからメールが来たんですね。これはなにかのご縁かもしれない、だったら最近自分の身に起きたことを含めつつ、禅で良かったこと、自分の体感を映画にできないかと思いました。躁状態のとき撮りまくった写真を使うアイデアはあったので、写真を入れるならと毎日の朝ごはんを撮っていくとそれが日課になってすごく健康に良かったし、躁状態で撮った写真をデータ化して見返したことで自分に何が起きたのか冷静に受け止められるようになりました。
「母の映像も入れようとVHSテープを実家から引っ張り出して見る作業で母の顔や声を見返すことがようやくできるようになりました。映画に使っているほかにもすごいたくさんの素材が入っていたんです。3日に一度みたいなペースでほぼ母が撮っていて、擦り這いから私が立ち上がるまでのすべての過程が映っていて、人ってこのように立ち上がっていくんだってよくわかる、研究機関に送ろうかと思ったぐらいの細かさで。そういう時間を私は母と過ごしたんだな、母も私とそういう時間を過ごしていたんだと思います。」

「いま興味があるのは動物を屠畜したりすること。内澤旬子さんの『飼い喰い』って本がめちゃくちゃ面白くて映画化できないかなと思ったんですけど、ちょっと難しすぎる。八島良子さんの『メメント・モモ』も読みました。禅寺では肉魚を食べませんが命に価値づけする意識に気づかされたので、どうしてそういう倫理観や食文化になったんだろうと興味が湧いているのかもしれません」
映画の一般公開で期待することは「地球の養生」
どんな人に作品を観てほしいか尋ねると、メンタルヘルスに心当たりがある人、でも元気な人も腸活の一環として観てほしいとのこと。
「これを必要としてる人のところに届いてほしい。私が『土を喰らう十二ヶ月』を見て禅寺に行こうと思うきっかけになったように(『まさゆめ』も)じゃあ禅寺に行ってみようかなっていう人がいたり、味噌汁とご飯を自炊する人が増えたら地球にとってかなりいいなって思っているんです。ゴミも減るし。海外映画祭の監督ステートメントにも書いたんですけど、めぐりめぐって本当に地球の養生になったらいいなって」
「母が亡くなったときにいろんな方から励ましていただいたり私と話す時間を取ってくれるのをすごくありがたいと思う反面「なんでそんな話が出てくるんだろう」「ちょっとそれよくわかんない」と思ってしまうこともありました。でも禅寺に行ったら徹底して無心で何かをする、もう本当に実践、実践、実践の繰り返しで腸が健康になっていく。これを救いと呼ぶことは私にとっては納得できる。物語より、実践に救われる。身体と一緒に、内臓と一緒にってすごく思いました」

毎朝ごはんと味噌汁で朝食を摂るのは禅寺で身についた生活習慣のひとつ。「土井善晴先生の『一汁一菜』もそれこそ五年前ぐらいに熟読していまして。料理を哲学するのポッドキャストは始まってからずっと聞いてます。味噌汁がどれだけ寛容か、料理は日々の自分の状態とか季節とか環境に添って作っていいと脳にも身体にも染みついているので」自由自在に味噌汁をつくるシーンも。
取材・文:遠藤京子

〈プロフィール〉
1987年⼭⼝県⽣まれ。⽇本⼥⼦体育⼤学舞踊学専攻卒業、東京藝術⼤学⼤学院映像研究科修了。東京造形⼤学⾮常勤講師。 監督した主な映画は『まさゆめ』(ベルリン国際映画祭2026フォーラム部⾨正式出品)、『Shari』(ロッテルダム国際映画祭2022公式選出)、『Grand Bouquet』(カンヌ国際映画祭監督週間2019正式招待)、『ほったまるびより』(⽂化庁メディア芸術祭エンターテインメント部⾨新⼈賞受賞)。そのほか、⼩⽥⾹監督『Underground アンダーグラウンド』(2024)出演。サルヴァトーレ・シャリーノ作曲『ローエングリン』演出・美術(2024)。⽶津⽞師MV「Lemon」出演・振付。

〈作品情報〉
『まさゆめ』
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて2026/8/28(金)よりロードショー
