vol.35 2016年
「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、実力と美を兼ね備えた芸術家5人が競演した『Stars in the Moonlight 月夜に煌めくエトワール』日本公演や、他界したシアターコクーン芸術監督・蜷川幸雄の追悼公演『ビニールの城』など、2016年に各施設で行った公演や展覧会を紹介します。
■オーチャードホール①:カーネギーホールの熱狂が蘇える!バレエと音楽の夕べ『Stars in the Moonlight 月夜に煌めくエトワール』日本公演を開催
2014年にパリ・オペラ座バレエの人気エトワールであるエルヴェ・モローとメキシコ人若手ピアニストのジョルジュ・ヴィラドムスが組み、ニューヨークのカーネギーホールでバレエと音楽の夕べを開催。音楽の殿堂を歓喜の渦に包んだこの企画がさらにパワーアップし、2016年1月に『Stars in the Moonlight 月夜に煌めくエトワール』と題してオーチャードホールに登場しました。
日本公演には、座長のモローとヴィラドムスに加え、オペラ座エトワールのマチュー・ガニオとドロテ・ジルベール、そしてヴァイオリニストの三浦文彰が出演。“月” “夜” “旅人”をキーワードにバレエ付き6演目と独奏4演目を披露する構成で、そのうちアルヴォ・ペルト作曲&パトリック・ド・バナ振付による「鏡の中の鏡」をはじめバレエ4演目が世界または日本初演という豪華なラインナップ。普段共演する機会のないモローとガニオのデュオや、ヴィラドムスと三浦による演奏など、5人の芸術家たちが交じり合って織りなす究極の美の世界に観客は酔いしれました。

パリ・オペラ座エトワール3人と気鋭のピアニスト&ヴァイオリニストが一堂に集結するという夢のような企画がオーチャードホールで実現。三浦文彰とジョルジュ・ヴィラドムスがサン=サーンスの『序奏とロンド・カプリチオーソ』を演奏するほか、2人の伴奏でエトワールたちがバレエを華麗に舞うなど、観客の記憶に残るゴージャスな一夜となりました。
■オーチャードホール②:カリスマ指導者と若きプロ吹奏楽団が競演!『オーチャードブラス!』第1回公演を開催
吹奏楽は全国の中学校や高校の多くで部活動が行われていて、“聴く音楽”であると同時に“弾く音楽”として日本でおなじみの存在と言えます。そうした数多い吹奏楽愛好家たちに向けて贈る新シリーズ『オーチャードブラス!』の第1回公演を、2016年12月にオーチャードホールで開催しました。
記念すべき第1回に登場したのは、福岡県の精華女子高等学校吹奏楽部を長年吹奏楽シーンの頂点に導いたカリスマ指導者・藤重佳久と、2011年に東京藝術大学出身者を中心に結成された「ぱんだウインドオーケストラ」です。C.T.スミスの3部作と言われる『華麗なる舞曲』『ルイ・ブルジョアの讃美歌による変奏曲』『フェスティバル・バリエーション』をはじめ、吹奏楽の醍醐味が詰まった人気曲を演奏。吹奏楽を熟知した藤重と、若き精鋭が集うフレッシュな吹奏楽団との化学反応に、観客は熱狂の渦へと巻き込まれたのです。

新シリーズ『オーチャードブラス!』の記念すべき第1回では、「吹奏楽のカリスマ」と呼ばれる藤重佳久と、若手ナンバーワンの実力を誇るサックス奏者・上野耕平をコンサートマスターに擁する気鋭のぱんだウインドオーケストラが初共演。吹奏楽の巨匠C.T.スミスの人気曲をはじめ吹奏楽ファン垂涎の曲目をずらりとラインナップし、熱狂的なパフォーマンスで聴衆を魅了しました。
●シアターコクーン:31年ぶりに蘇った伝説のアンダーグラウンド演劇『ビニールの城』を蜷川幸雄の追悼公演として上演
シアターコクーンの芸術監督を務めた演出家・蜷川幸雄が、2016年5月に永眠しました。蜷川は同年8月に、唐十郎の傑作戯曲『ビニールの城』の31年ぶりとなる上演を予定していて、病床にも台本を持ち込み上演への意欲を燃やしていましたが、叶わぬこととなりました。蜷川から演出を引き継いだのは、唐と蜷川の2人を師とし、アンダーグラウンド演劇に真正面から取り組み続けている金守珍。生前の蜷川が信頼を置き、また蜷川を敬愛するキャスト・スタッフとともに、追悼の意を込めて“蜷川幸雄監修作品”として予定通り8月にシアターコクーンで上演しました。
主人公の青年・朝顔役は『血は立ったまま眠っている』で蜷川と組んだ森田剛。そしてヒロインのモモ役は晩年の蜷川作品のミューズだった宮沢りえ。蜷川の魂を近くで感じてきた気鋭の演出家と俳優2人が、唐流ラブストーリーに息吹を吹き込んだのです。蜷川への熱い想いを持つキャスト・スタッフと一丸となった、哀惜と演劇への情熱があふれる舞台に、集まった観客は心を揺さぶられました。

唐十郎と蜷川幸雄を師とする金守珍が、敬愛する唐の傑作戯曲を舞台化しようと意欲を燃やした蜷川の遺志を受け継いで上演を実現。唐作品のエッセンスである荒くれた芝居と、舞台上に水を張ったりビニール装置を用いたりという蜷川作品のスペクタクル志向を踏襲した演出を融合し、主人公・朝顔役の森田剛やヒロインのモモ役・宮沢りえら実力派キャストが哀切で美しい愛の物語を体現しました。
▼ザ・ミュージアム:浮世絵の二大巨頭の対照的な世界を追体験!『ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞』を開催
江戸時代に一世を風靡した浮世絵は独特の芸術性が海外でも高く評価され、世界各地でコレクションされています。その中でも屈指の浮世絵コレクションで知られるボストン美術館から、2人の天才浮世絵師、歌川国芳と歌川国貞の作品を集めた展覧会『ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞』を2016年3月からザ・ミュージアムで開催しました。
本展は、ボストン美術館が所蔵する国芳・国貞の浮世絵1万4000点の中から厳選した名作を多数展示。同館の規約では、一度貸し出されると5年間は公開されなくなるため、とても貴重な展覧会だったのです。勇猛な武者絵や奇抜な戯画で“俺たち(男性)”の憧れを集めた国芳と、キラキラと輝く役者絵や艶やかな美人画で“わたし(女性)”を夢中にさせた国貞──それぞれが追求した対照的な浮世絵の世界を、訪れた人々は江戸時代の国芳・国貞ファンの思いに重ねながら追体験しました。

日本美術のコレクションにおいて国外では世界一というボストン美術館の浮世絵コレクションから、歌川国芳と歌川国貞の名品を厳選して大規模な展覧会を実現。豪快な武者絵と大胆な構図で江戸の大衆を虜にした国芳。粋な美人画や緻密な表現で一世を風靡した国貞。兄弟弟子でありながら対照的な作風を持つ2人の作品が時空を超えて渋谷に並び、訪れた人々に江戸の世界を存分に堪能させました。
◆ル・シネマ①:名女優の“一人の人間”としての生き方に迫る『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』を上映
スウェーデンが誇る国際派女優としてハリウッド黄金期の名作映画を彩り、アカデミー賞に3度輝いたイングリッド・バーグマン。そんな伝説的女優の一人の女性としての生きざまに迫ったドキュメンタリー『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』を、2016年8月からル・シネマで上映しました。
本作は、イングリッドとロベルト・ロッセリーニ監督との間に生まれた娘である女優イザベラ・ロッセリーニの「ママの映画を作ってほしい」という願いに応えて誕生したもの。早くに両親を亡くしていたイングリッドは、人生の思い出を逃さぬように膨大な日記・手紙・写真・フィルムなどを残していて、本作ではこうした幼い日々から始まる大量のプライベート資料を引用。さらにイングリッドの子ども4人が母について語るインタビューも交え、人間イングリッド・バーグマンとしての実像を浮き彫りに。ひたすら自分の感情に正直に従った伝説的女優の生き方は、時代を越えて現在の観客からも共感を集めました。

アカデミー賞を3度も受賞した名優である一方、プライベートでは不倫騒動や3度の結婚などスキャンダルも多かったイングリッド・バーグマン。その波乱万丈の生涯を、バーグマンが肌身離さず持ち歩いていたカメラで撮影した写真のほか、貴重な映像・日記・手紙などを交えてドキュメンタリー化。ナレーションはバーグマンと同じスウェーデン出身の俳優アリシア・ヴィキャンデルが務めました。
◆ル・シネマ②:イーサン・ホークが伝説のジャズミュージシャンを熱演!『ブルーに生まれついて』を上映
ル・シネマではこれまでフィクション・ノンフィクションを問わず、文化芸術をテーマにした映画を数多く上映してきました。その中には、素晴らしい功績やパフォーマンスを残したアーティストの伝記映画も含まれています。その1つとして、1950年代のジャズ界で活躍したジャズトランペット奏者&シンガーであるチェット・ベイカーの半生を描いた『ブルーに生まれついて』を、2016年11月からル・シネマで上映しました。
本作でチェットに扮したのは、個性豊かな演技派俳優として名高いイーサン・ホーク。“ジャズ界のジェームズ・ディーン”と称される甘いマスクと卓越した演奏力を備えながら、麻薬に溺れて身を滅ぼしたチェットの絶望と再起を、入魂の演技で体現しました。なかでも圧巻だったのはイーサン自ら演奏するシーンであり、徐々に輝きを取り戻していくチェットが「アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォー」を歌う場面は心が震えるほど。その熱演を通じて、観客をチェットの“魂”へと触れさせたのです。

演技派俳優イーサン・ホークがチェット・ベイカーに扮し、“ジャズ界のジェームズ・ディーン”と呼ばれた1950年代の栄光の時代から、ドラッグに溺れた失意の日々を経て奇跡的なカムバックを遂げるまでを熱演。楽器未経験だったホークは役作りのため6ヵ月間にわたってトランペットを猛練習し、さらに「マイ・ファニー・バレンタイン」などのボーカル曲も自ら歌い上げ、哀愁漂うチェットの世界観をリアルに表現しました。
