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vol.33 2015年

「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。今回は、オーチャードホールの新シリーズ『山田和樹 マーラー・ツィクルス』や、蜷川幸雄初のオーチャードホールでの演出作に亀梨和也が主演した音楽劇『靑い種子は太陽のなかにある』など、2015年に各施設で行った公演や展覧会を紹介します。

■オーチャードホール①:若きマエストロの3年間に渡る音楽の冒険がスタート!『山田和樹 マーラー・ツィクルス』

2009年にフランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、“若きマエストロ”として世界から高く評価された山田和樹。そんな彼が、2012年から正指揮者を務める日本フィルハーモニー交響楽団と共にマーラーの交響曲全9曲を3年間にわたってオーチャードホールで演奏する『マーラー・ツィクルス』を2015年からスタートしました。
山田にとってマーラーは、交響曲第4番を除いてプロのオーケストラと取り組むのは初のこと。そうしたチャレンジにあたって、1988年の若杉弘&東京都交響楽団によるマーラー・ツィクルスにならって全9曲を1年に3曲ずつ演奏し、番号順に「創生」「深化」「昇華」と分類することでマーラーの人生そのものを辿ろうと試みました。それに加えて、日本を代表する現代音楽家・武満徹の作品をすべての交響曲の前に組み合わせて演奏し、先人が築いた礎を次世代につなぐというチャレンジも実践。また、「日本から世界へ」をメッセージとして込め、オーケストラ、ソリスト、合唱団に至るまで日本人による演奏に主眼を置いたのも特徴的。日本の才能を結集してクラシック界に新たな時代を切り開こうとする山田のツィクルスは、日本の観客に熱狂的に迎えられました。

1つの企画を定期的かつ定位置で、時間をかけて表現できるオーチャードホールの強みを生かした企画として実現した『山田和樹マーラー・ツィクルス』。山田は正指揮者を務める日本フィルハーモニー交響楽団を率い、ソリストとして林正子や清水華澄らを、コーラスには自ら音楽監督を務める東京混声合唱団などを招き、日本人による演奏で「日本から世界へ」というメッセージを体現しました。

■オーチャードホール②:寺山修司×蜷川幸雄に亀梨和也が挑む!音楽劇『靑い種子は太陽のなかにある』を上演

劇作家から映画監督までマルチクリエイターの先駆けとして短い生涯を駆け抜けた寺山修司の生誕80年と、演劇界の最前線を疾走し続ける蜷川幸雄の80歳という、2つのアニバーサリーが重なった2015年にふさわしい一大プロジェクトが実現。寺山が1963年に書いたものの、その後一度も再演されることのなかった幻の音楽劇『靑い種子は太陽のなかにある』を、蜷川初のオーチャードホールでの演出作として同年8月に上演しました。
高度成長期の1960年代日本を舞台に、体制批判の眼差しやスラム街に生きる人々の生命力などが交錯する原色のエネルギーとロマンティシズムにあふれた過激な作品を、蜷川がアバンギャルドかつ荒々しく演出。そして壮大な音楽劇の要となる楽曲を音楽プロデューサーの松任谷正隆が手がけ、今までにない肌触りの寺山ワールドを織りなしました。さらに蜷川作品に初出演となるKAT-TUN(当時)の亀梨和也と歌唱力に定評のある高畑充希が、若者たちの恋を切なく演じるという、作・演出・音楽・キャストにおいて最高のピースが揃う音楽劇に観客は酔いしれました。

寺山戯曲の美しい台詞と蜷川演出の扇情的な群衆芝居が、高度経済成長の光と影に揺れる日本のスラム街を舞台にした物語で融合。工事現場での転落事故目撃者となった工員を軸に、さまざまな思惑が渦巻く人間模様が実に圧巻。亀梨和也など歌唱力に定評のあるキャストが壮大な音楽劇を織りなし、クラシックの殿堂・オーチャードホールをアバンギャルドに染め上げました。

●シアターコクーン:DISCOVER WORLD THEATREの前身となった、演劇で国境を越える試み!『地獄のオルフェウス』を上演

シアターコクーンでは「海外の才能と出会い、新たな視点で挑む演劇シリーズ」というコンセプトの下、日本と海外のクリエイターの共同作業によって優れた海外戯曲を今日的な視点で上演する「DISCOVER WORLD THEATRE」を2016年からスタートしました。そのきっかけとなったのが、イギリスの若き俊英演出家フィリップ・ブリーンを招いて2015年5月に上演した『地獄のオルフェウス』でした。
本作は、劇作家テネシー・ウィリアムズが旧作『天使のたたかい』を17年もかけて練り直し、自由な心が暴力的な抑圧に踏みにじられていく過程を濃密な感情の行き交いの中に描いたもの。「蜷川幸雄の演出に強く惹きつけられた」と語るブリーンの鮮烈な演出の下、『欲望という名の電車』のブランチ役の名演でウィリアムズ作品との相性を証明した大竹しのぶと、ストレートプレイ初経験の三浦春馬のフレッシュさが化学反応を起こし、ウィリアムズ作品の魅力を余すところなく体現。青春の痛みと情熱を呼び起こすステージは観客の心を大いに揺さぶりました。

因習や偏見に満ちた米国南部の閉鎖的な街を舞台に、一人の青年が現れたことによって人々の欲望が触発されていく様を、俊英フィリップ・ブリーンが映画のワンカットを積み重ねていくように細やかな演出で構築。これが初共演となった大竹しのぶと三浦春馬の相性も抜群で、自由な魂の叫びを情感たっぷりに訴えかけました。

▼ザ・ミュージアム①:「キャプテン・クック探検航海と『バンクス花譜集』展」を開催

18世紀当時、西欧世界にとって未知の領域だった太平洋は、ジェームズ・クックが3回行った大航海によって明らかとなりました。この航海には動植物などの自然科学的調査を目的としたスタッフが含まれていて、ロンドン王立協会の会員ジョゼフ・バンクス率いる科学班が、膨大な数の未知の植物の採集と記録に臨んだのです。そのスタッフの一人である画家シドニー・パーキンソンのドローイングをもとに製作された、植物学的探求の芸術的成果と呼ぶべき『バンクス花譜集』を、2014年12月から2015年3月にかけてザ・ミュージアムで企画展を開催し紹介しました。
本展では、『バンクス花譜集』に掲載された743点もの絵画の中から、オーストラリアや太平洋の島々で採集された植物を中心に120点の銅版画を厳選して展示。それらの絵画を滞在地に分けて紹介することで、クックたちの太平洋における探検航海を追体験できるよう構成しました。ほかにも当時の民族資料や航海道具なども展示し、訪れた人々をクックやバンクスたちの発見と驚きに満ちた航海のドラマへと誘ったのです。

ジェームズ・クックの大航海で採集・記録した未知の植物を紹介する『バンクス花譜集』の掲載画を、タヒチ島を中心としたソシエテ諸島、ニュージーランド、オーストラリア、ジャワの4つの滞在地に分けて展示。花譜集の芸術的な魅力はもちろん、当時ヨーロッパでは知られていなかった新種と出会う驚きに満ちた探検航海を追体験できる展覧会となりました。

▼ザ・ミュージアム②:ルネサンスの開花を“富”から読み解く『ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美』を開催

14世紀にイタリアから始まった芸術運動ルネサンスは、15世紀にフィレンツェきっての富豪メディチ家の支援を受けた芸術家たちが数々の傑作を生み出すことによって大きく開花。なかでも厚い寵愛を受けたのが《ヴィーナスの誕生》などで知られる画家ボッティチェリでした。こうしたルネサンス期の芸術誕生の全貌に迫る企画展『ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美』を、2015年3月からザ・ミュージアムで開催しました。
本展は序章を含む全7章構成で展示を分類。ヨーロッパ全土の貿易とビジネスを支配してルネサンスの原動力となった金融業の繁栄と、近代に通じるメセナ活動の誕生を、フィレンツェと運命を共にしたボッティチェリの作品10数点を含む絵画・彫刻・工芸・資料など約80点によって浮き彫りにしました。その中には、当時イタリア政府の門外不出リストに含まれていた絵画《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》も。このように、ルネサンスの原動力の1つであったフィレンツェの富にスポットを当てることによって“芸術の春”を読み解くという、従来の展覧会と一線を画した画期的な試みは大きな話題を集めました。

本展にはイタリア・フランス・アメリカからボッティチェリの作品が17点も集まり、そのうち14点は日本初公開。その中には、ピアチェンツァ市の協力によって特別出品された傑作《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》や、ウフィツィ美術館所蔵の至宝として名高い横幅5mのフレスコ画《受胎告知》も含まれ、またとない貴重な機会を求めて多くの美術愛好家が訪れました。

◆ル・シネマ①:世界最高峰メゾンのアトリエに潜入したドキュメンタリー『ディオールと私』を上映

ファッションメゾンが世に送り出すオートクチュールは、各社が専門に構えるアトリエで作られています。アトリエでの工程について「デザイナーが描いたスケッチに従ってお針子が黙々と縫う」というシンプルなものを想像する方もいるかもしれませんが、そうしたイメージを覆すドキュメンタリーが『ディオールと私』。ル・シネマではこの作品を2015年3月から上映しました。
本作は、オートクチュール・コレクション発表を8週間後に控えるディオールのアトリエの裏側にカメラが潜入。当時、空席になっていたアーティスティックディレクターの座に就任したラフ・シモンズを中心に、デザイナーや職人たちがコレクションを成功させるため奮闘する姿に密着しました。オートクチュールの経験が皆無だったシモンズとアトリエのスタッフが、時に反発し合いながら理想を実現するために一致団結する姿は、何かを生み出す現場に関わっている人であれば誰もが共感できるもの。ディオールが世界最高峰のメゾンたるゆえんをまざまざと見せつけるドキュメンタリーに、観客は釘づけとなりました。

本作はクリスチャン・ディオールの全面協力を受け、パリ・モンテーニュ通りのアトリエに初めてカメラの立ち入りを許されました。そこに映し出されるのは、お針子など各部門のスタッフがディレクターであるシモンズの斬新なアイデアを形にしていく驚異の創作プロセス。8週間後に迫るシモンズのデビューコレクションを支えるスタッフのプロ意識と献身ぶりは観る者の心を揺さぶりました。

◆ル・シネマ②:映画好きとイタリア好きを満足させるロードムービー『イタリアは呼んでいる』を上映

なかなか気軽に足を運ぶことができない異国の地に映像を通じて旅することができるのも、映画鑑賞の大きな醍醐味の1つ。そうした楽しみを存分に堪能できる映画として、ドキュメンタリータッチのリアルな作風に定評のあるマイケル・ウィンターボトム監督がイタリアを舞台に織りなすロードムービー『イタリアは呼んでいる』を2015年5月からル・シネマで上映しました。
本作は、イギリスの人気コメディアンであるスティーブ・クーガンとロブ・ブライドン(本人役で出演)が、イタリアの北から南まで素晴らしい眺望のホテルと美食を巡る旅という“おいしい”仕事を依頼されることからスタート。2人が巡るレストランやホテルはすべて実在するもので、見ているだけでイタリア旅行気分に! さらに、2人が得意とする映画スターのモノマネ合戦あり、役者論あり、人生の曲がり角に直面した中年の哀愁ありという、映画好きも演劇好きも満足できる楽しい作品に観客の笑いが絶えませんでした。

マイケル・ウィンターボトム監督は難民問題を扱った『イン・ディス・ワールド』でベルリン国際映画祭金熊賞に輝いた英国の鬼才。本作では中年コメディアン2人組が本人役で演じるイタリア珍道中をユーモアたっぷりに描写。名優2人の芸達者ぶりだけでなく、道中で出会う極上の料理や美しい景色まで楽しむことができるという、映画好きとイタリア好きを満足させる作品となりました。

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