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『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』開幕レポート

8月26日(水)までヒカリエホールにて開催中の『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』。今回は5名のアーティストのコメントとともに開幕レポートをお届けします。

“女性であること”は写真家としてのアイデンティティの一要素

1950年代から現在まで、日本の女性写真家たち30名、約200点の作品を展示する展覧会『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』が東京・渋谷のヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9階)にて開催されています。これは2024年夏、フランスのアルル国際写真祭を皮切りに世界巡回が始まった『I’m So Happy You’re Here』の凱旋企画で、これまで全世界で14万人を動員した話題の写真展です。
日本展担当キュレーターの竹内万里子さん(批評家・作家、キュレーター/京都芸術大学教授)は開催に際し「今回ご参加いただいた写真家のみなさんは本当に独創的でそれぞれが全く異なる世界観や写真へのアプローチを持ちながら活動されています。その中で“女性であること”はその複雑なアイデンティティの一要素に過ぎない。歴史を振り返ると、女性であるというだけでそのアイデンティティが蔑ろにされたり、搾取されたり、あるいは暴力の対象になったりということがあり、今もそうした状況が続いています。今回の展覧会では女性写真家ということで一括りにするのではなく、むしろバラバラであることを見ていただきたい。展覧会としては4つの章でまとめられていますが、複数の章にまたがる幅広いテーマをお持ちの方も多くいらっしゃいます。章立てはまず鑑賞の手掛かりとしていただきながら、お一人おひとりの世界とじっくり向き合っていただけたら嬉しいですね」と話しました。

展覧会は4つの“冒険”を軸にしています。プロローグとなる第1章はまず<「写真」をめぐる冒険—想像力を解き放て!>と題し、今井壽惠さん、岡上淑子さん、オノデラユキさん、小松浩子さん、今道子さん、杉浦邦恵さん、多和田有希さん、蜷川実花さん、山沢栄子さんの作品が並びます。

中でも1960年代にシカゴ美術館附属美術大学に学び、その後ニューヨークで50年以上制作を続けている杉浦邦恵さんはカメラを使わず印画紙に直接感光して画像を生成するフォトグラムという技法など、実験的な制作をしていることでも知られます。

展覧会準備のため来日された杉浦さんは「私が写真で作品制作を始めたころ写真はアートとは見なされませんでした。その後、アンディ・ウォーホルが写真を使ってアートを作り始め、キャンバスにプリントされていれば、写真もアートと見なされる、というので私もキャンバスと写真を組み合わせた作品を作り始めました。ただ、一方で当時はF64とかアンリ・カルティエ・ブレッソンのマグナムといった写真家としてのエリート意識を持つグループも活動していましたね。そんな中でも私は、写真のさらなる可能性を追求しながら制作を続けてきましたし、アートとして写真が絵画や彫刻と比べて劣る、とも思っていません。今回の展覧会では写真家として招聘されましたけれど、自分ではアーティストだという自負もあります」と語りました。

母親が繋げた縁。まだ戦後は終わっていないことを意識して

第2章は<「記録と記憶」をめぐる冒険—目に見えないものに向かって>をテーマに石内都さん、石川真生さん、岩根愛さん、志賀理江子さん、常盤とよ子さん、西村多美子さん、米田知子さん、藤岡亜弥さん、渡辺眸さんの作品が展示されています。

写真界のノーベル賞とも称されるハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、世界的に活躍されている石内都さんは自身の母親の遺品を撮影した《Mother’s》(2000-2005年)、2007年から撮影を続けている被爆者の遺品《ひろしま》、そしてメキシコで撮影したフリーダ・カーロの《Frieda Love and Pain》(2012年)などの作品を並べました。どれも女性の衣服や化粧品などが接写されており、ディティールから醸し出される元・持ち主の気配が迫り来るような作品。

石内さんは展示について「テーマには“記録と記憶”とあるけど私の写真はあくまでも創作。どれも私が美しいと感じたものを撮影しているだけなんです。生前、母とはあまりコミュニケーションが上手くいかなかったんですが、遺品の写真をベネチアビエンナーレで発表したら、なんだか母も写真を通じて嬉しそうにしている気がした。そして、その展示を見た方が広島で被爆者の遺品を撮影しませんか? とお声かけくださって《ひろしま》のシリーズが実現しました。母が繋げてくれたのだと思います」と背景を教えてくださいました。そして被爆者たちの遺品は今もなお、広島の資料館に集まり続けているそうですが、その事実に「まだ戦後は終わっていない、ということをしっかり認識しなければ。私は横須賀のアメリカ軍基地がある街で19歳まで育ったんですが、街の中でも歩いちゃいけない場所があったりして、そこで自分が“女”であることを思い知らされました。そういう意味では、初めての展覧会『絶唱、横須賀ストーリー』(1977年)から《ひろしま》は繋がるべくして繋がっているのかな、とは思いますね」。

写真とは見る人を写す鏡、自分自身と向き合うことでもある

第3章は<「女性」をめぐる冒険—ジェンダー、身体、セクシュアリティ>で岡部桃さん、片山真理さん、澤田知子さん、長島有里枝さん、野村佐紀子さん、やなぎみわさんが展示されています。

1990年代に席巻した若手女性写真家たちによるムーブメントの当事者として当時を振り返る著作『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』(2020年・大福書林発行)でも知られる長島有里枝さんは今回の展覧会について「それぞれ個展ができるレベルの写真家を“女性”という括りでひとまとめにする展覧会が、参加作家のジェンダーを不要に規定しているのではないか、という懸念はある。でもやらないよりは、やってその議論を表に出していくことのほうが重要な気がする」とのご意見。

展示は《about home》と《縫うこと、着ること、語ること》(どちらも2016年)から、家族の古着や布類を使ったテントと、思い出の服を着用した人たちのポートレートを組み合わせた布のインスタレーションで「ずっと専業主婦をしていた母(長島ひろみさん)が70歳になった時、自分の夢はパリでお針子になることだった、と急に言い出したんです。その頃、女性たちによる無報酬の家事について考えていたので、専門技術を持つ母を雇用してテントを作る、というアイデアを思いつきました。同じ頃、私のパートナーのお母さん(渡邊津喜美さん)も母と同じ夢を持ってたことがわかり、彼女に神戸での滞在制作への協力を依頼しました。神戸では、思い出があるけれど捨てられない服を持っている女性を募り、その服を着たポートレートを私が撮影する代わりに服を提供してもらいました。天井のパッチワークはそれで集まった服や布で津喜美さんに作ってもらったものです」。テントの表面にはバージニア・ウルフの著書『自分だけの部屋』から抜き出された一節が長島さん自身の手で刺繍されてもいます。

野村佐紀子さんは2008年に撮影した《黒闇》のシリーズを出展。タイトルについて「当時、師匠(荒木経惟)が付けてくれました。写真にタイトルを付けてしまうとなんだか説明になるようで、タイトルをつけるのは得意ではなかったです。でも20年くらい経過してタイトルと写真がちょっと近くなってきたかな、と今は不思議な感じがしています」。

モノクロームの景色の中、ぼんやりと儚げに浮かび上がる情景や人物など一連の写真の見かたについて野村さんは「ぜひゆっくり見て下さい。見えてくるまでに時間がかかる不器用な写真かもしれない。私は写真に何かメッセージを乗せたり、訴えたりしたいわけではないんです。ちょっと語弊があるしれませんが、何かを表現したいわけでもない。写っているものの場所も時間もあまり関係なくて、写真を見る人が決めてくれていい。作家の意図は関係なく、見る人が生きた時間や記憶とその写真がどこかで出逢えればいいな、と思っています」と。写真とは見る人を写す鏡、写真を見ることは自分自身と向き合うメディテーション的な行為、でもあるのかもしれません。

潜在意識や普遍性とリンクする日常にある美への気づき

第4章<「日常」をめぐる冒険—見過ごされた風景の中で>では潮田登久子さん、川内倫子さん、楢橋朝子さん、野口里佳さん、原美樹子さん、ヒロミックスさんの展示が続きますが、本展全体のフィナーレとして展示されているのは川内倫子さんが四半世紀にわたり撮影を続けてきた映像作品《Illuminance》です。

2つのスクリーンがまるで写真集の見開きのように繋がり、2つのイメージが次々に入れ替わっていく展示。対になった映像は一見無関係なようにも、そして対になることで新たな意味を生じさせているようにも見えてきます。

全体では1時間以上となる作品ですが、川内さんは「長くて全部見るには時間がかかるので、とりあえず数分見てもらえたら。そうするとだんだん違うフェーズになってきて、いつの間にか結構見たな、という感覚が湧いてくると思います。あまり意味を考えず、眺めていてもらえたら、脳のリフレッシュにもなるかも」と。

同タイトルの写真集も2011年に出版されていますが「内容は全然違うものもありながら、被写体としては日常的なものも多いので、近い部分もあるかなと思います。最近はカメラも優秀なので、スチルとビデオ、どちらも撮影できるので便利ですが、このシリーズを撮り始めた時は動画用の大きなカメラを担いでやっていました。撮影していると、これは動画の方が感じていることを伝えやすいな、という場面が多くあって。そういう瞬間を撮り溜めて繋げた作品です」。

川内さんの作品に表れる生の瑞々しさと、どこか懐かしさを感じる日常的なモチーフについては「私が見た風景ではあるけれど、みなさんが持っている潜在意識や普遍的な部分にタッチできるといいのかな、と思っています」。

展覧会の終わりには日本の女性写真家たちが歩んできた100年の歴史が、社会や政治、国際情勢、そして文化背景とともにまとめられた年表が掲示されるとともに、本展に参加した作家たち自身の言葉が綺羅星のごとく散りばめられています。写真というひとつのメディアの多様性と可能性に日本人の女性たちが真摯に取り組んできた“まなざし”の軌跡。それは時間や場所を超越できる果敢な“冒険”でもありました。この夏、その“奇跡”的ともいえる冒険に皆さんもぜひ鑑賞者のひとりとして参加していただけましたら。

取材・文:市川暁子


〈展覧会情報〉

『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』

開催期間:2026/7/4(土)~8/26(水)
会場:ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)

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