はじめてのチャイコフスキー
文化芸術への興味が芽生え、まずは耳にしたことがあるアーティストたちの作品に触れてみたいけど、何からどう体験すればいいか分からない──。そんなふうに迷っている方たちが“はじめの一歩”を踏み出すための案内役となる「はじめてシリーズ」。第5回は、19世紀ロシアを代表するロマン派の作曲家で、「N響オーチャード定期2026/2027東横シリーズ in 横浜 <傑作ピアノ協奏曲と三大バレエ音楽>」でも演奏されるピョートル・イリイチ・チャイコフスキーです。クラシック音楽で希代のメロディーメーカーとして人気が高いチャイコフスキーの魅力に、彼のキャリアや作品を通じて迫ります。
公務員から音楽の道に転身してロマン派を代表する作曲家に
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーは1840年5月7日にロシアの僻地カムスコ・ヴォトキンスクで鉱山所長を務めていた人物の次男として誕生。楽器をたしなむ両親の元で幼い頃から音楽の才能を示しましたが、両親は息子を音楽家にする意志はなく、チャイコフスキーは法律学校に進学します。しかし、14歳の時に母を病気で亡くしたショックからその救いを音楽に求め、ピアノと音楽理論を学んで作曲にも取り組むようになりました。19歳で法律学校を卒業すると法務省に就職しますが、音楽の道をあきらめられず1861年にロシア音楽協会が開設した音楽クラスに入学。そして同協会がサンクトペテルブルク音楽院に改組されると、仕事を辞めて正式に学生となったのです。
音楽院でドイツ式の音楽教育を受けて作曲について学んだチャイコフスキーは、卒業後の1866年からモスクワ音楽院で教師を勤めるかたわら、本格的に創作に打ち込む生活をスタート。同年には早くも交響曲第1番を作曲し、1875年にピアノ協奏曲第1番の初演で成功を収めて作曲家としての名声を獲得。その後、作曲活動に専念するため教師を辞職。彼の才能に惚れ込んだ大富豪メック夫人の経済的な援助に支えられ、交響曲、協奏曲、バレエ音楽、管弦楽曲、室内楽曲などさまざまなジャンルで傑作を生み出したのです。
高度な技術に裏打ちされたチャイコフスキーの感情豊かな音楽はロシアにとどまらず西欧でも高く評価され、晩年には自らの指揮による欧米演奏旅行を通じて名声をさらに広めました。その一方、繊細かつ感受性が強いあまり精神的に不安定でうつ病に苦しんでいましたが、兄妹仲が良かったチャイコフスキーは彼らの理解と支えを得て乗り越えようとしました。6人の兄妹のうち特に弟モデストとは深い信頼関係で結ばれ、もともと標題がなかった交響曲第6番にモデストが提案した《悲愴》を採用したという逸話も。しかし、1893年に《悲愴》の初演からわずか9日後、謎の急死を遂げました。死因については自殺説や毒殺説など諸説ありますが、当時流行していたコレラが一般的な見解です。チャイコフスキーの音楽を愛していた皇帝アレクサンドル3世はその死を惜しんで国葬を執り行い、8000人以上の人々が参列しました。
当時は酷評された!西欧のロマン派とロシアの民俗音楽を融合した美しいメロディ
チャイコフスキーの作品は、絵画のように音の風景が思い浮かぶ色彩豊かな管弦楽法、複雑な感情を表現する和音の組み合わせ、そしてドラマティックな展開などが特徴的。そのメロディは思わず口ずさみたくなるほど親しみやすい一方、叙情的でもの悲しく響き、聴く人の感情を強く揺さぶります。
チャイコフスキーが活躍した時代の19世紀ロシアは、ムソルグスキー、バラキレフ、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、キュイら「5人組」と呼ばれるロシア国民楽派の作曲家たちが、自国の民族意識や野趣あふれる民謡の響きを音楽に色濃く反映していました。それに対してチャイコフスキーは、ロシアの民俗音楽の要素を取り入れつつも同時代のドイツ・ロマン派からも多くを学び、ロシアの伝統と西欧音楽の技法を融合させるという独自のスタイルを構築。そして自ら「抒情的楽想」と呼ぶ感情豊かで洗練されたメロディを次々と生み出したのです。
しかし意外にも、チャイコフスキーの叙情的な音楽は同時代の批評家から「大衆に迎合しすぎ」「感傷的すぎる」「民族的でない」とたびたび批判を受けました。また、ピアノ協奏曲第1番とヴァイオリン協奏曲はソリストに初演を依頼しようとしたところ、演奏技法の難しさや音楽表現の拙さを理由に「演奏不能」と酷評されてしまいました。しかし幾多の酷評にも臆することなくチャイコフスキーは自らの音楽を貫き、作品の真価を認められるようになったのです。
踊りの引き立て役を“聴く物語”へと昇華させた三大バレエ音楽
チャイコフスキーの作品の中でもとりわけ名曲として人気が高いのが、劇的かつ緻密に設計された第4番・第5番・第6番の後期三大交響曲と、ピアノ協奏曲第1番、三大バレエ音楽『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』です。特にチャイコフスキーのバレエ音楽は、バレエが総合芸術として発展する上で大きな貢献も果たしました。
19世紀のヨーロッパではロマンティック・バレエと呼ばれる物語性・演劇性の高いバレエが人気を博し、その中において音楽は踊りの引き立て役として作曲されるものがほとんどでした。そんな中、19世紀半ばにフランスからロシアに招かれた振付師マリウス・プティパが、物語性よりも踊りのテクニックを重視したクラシック・バレエを確立。そしてその音楽の作曲を、すでにクラシック音楽家として成功を収めていたチャイコフスキーに依頼したのです。
チャイコフスキーは自ら確立した作曲技法に基づいた創意工夫を惜しみなく注ぎ、登場人物の心情や物語の情景を豊かに表現したバレエ音楽を創造。メロディ単独でも“聴く物語”として鑑賞に値する完成度の高さから、2時間以上の演奏時間の中から名曲を選りすぐった組曲も作られ、現在はクラシックコンサートの人気レパートリーとして広く定着しています(N響オーチャード定期第138・139・140回でそれぞれ演奏)。
喜び、哀しみ、怒り、苦悩といった感情の色をそのまま音に表現し、言葉を介さず聴く人の心に訴えかける──。美しいだけでなく普遍的な魅力を宿すチャイコフスキーの音楽に、ぜひ触れてみてください。
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<チャイコフスキーの楽曲が聴けるおすすめ公演>
N響オーチャード定期2026/2027
東横シリーズ in 横浜
<傑作ピアノ協奏曲&三大バレエ音楽>
Supported by 株式会社 日立製作所
第138回 2026/11/23(月・祝)15:30開演
第139回 2027/4/29(木・祝)15:30開演
第140回 2027/7/4(日)15:30開演
横浜みなとみらいホール 大ホール
