クラシック音楽と共に進化したピアノの歴史
ピアノはその音域の広さや音色の豊かさから、クラシック音楽において「楽器の王様」と称されるほど大きな存在感を誇っています。ではピアノはどのようにして誕生し、「楽器の王様」へと君臨したのでしょう? 楽器としての成り立ちや進化に注目しながら掘り下げていきます。
―ピアノ発展の流れ―

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“弦で音を奏でる鍵盤楽器”ピアノのルーツと誕生
一般的にピアノは鍵盤楽器に分類されます。ピアノよりも昔の時代から存在した鍵盤楽器としてオルガンがありますが、実は両者は似て非なる楽器であることをご存じでしょうか? オルガンが送風装置で加圧した空気をパイプに送り振動させることによって発音する仕組みであるのに対し、ピアノは鍵盤と連動したハンマーが弦を叩くことで発音する仕組みになっているのです。
こうした音を鳴らす構造の共通性からピアノのルーツをたどっていくと、13~14世紀ごろに誕生したとされる「クラヴィコード」と、14~15世紀ごろに誕生したとされる「チェンバロ(ハープシコード)」という2つの鍵盤楽器に行き当たります。クラヴィコードは鍵盤を押すとタンジェントという真鍮製の棒が弦を打って音を出す仕組みで、繊細な音色が特長ですが音量が極めて小さく、楽器のそばにいないと聞こえづらいほどでした。一方、チェンバロは鍵盤を押すとジャックという細長い棒に取り付けられた爪が弦を弾いて音を出す仕組みで、音が華麗で音量もクラヴィコードより大きいものの、音の強弱や音色の変化をあまり得られないという短所がありました。これらの鍵盤楽器の短所を解消するとともに、より良い音を奏でるために開発されたのがピアノなのです。

左)ヨハン・ハインリヒ・ティッシュバイン《クラヴィコードでの最初の妻との自画像》 1756頃 油彩・キャンヴァス ベルリン国立美術館所蔵
右)クラヴィコード(1763年) クリスティアン・キンツィング製 メトロポリタン美術館蔵
クラヴィコードは鍵盤の端に付いた真鍮片で弦を叩いて音を出す仕組み。そのため鍵盤のタッチの強さと速さが直接弦に伝わり、微妙な音色の変化を付けることができます。J・S・バッハやベートーヴェンなどバロックから古典派の作曲家のみならず、ロマン派の音楽家たちも愛奏したそうです。

左)コルネリス・トゥルースト《ハープシコードのそばにいる家族》 1739年 油彩・キャンヴァス, アムステルダム国立美術館蔵
右)ハープシコード(1742年) ルイ・ベロ製 メトロポリタン美術館蔵
プレクトラムと呼ばれる爪で弦を弾いて音を出すチェンバロは、その軽やかで華やかな音色が大きな特長。鍵盤楽器の花形としてバロック時代に隆盛を極めましたが、18世紀末にフォルテピアノが登場するとその地位を取って代わられました。ちなみにチェンバロはドイツ語、ハープシコードは英語。
現代のピアノの原型を作ったのは、イタリアの楽器製作者クリストフォリでした。チェンバロの音が強弱の変化に乏しいことを不満に思った彼は、爪で弦を弾く代わりにハンマーで弦を打ち鳴らすというメカニズムを1700年ごろに発明し、鍵盤のタッチで音の強弱を表現できるようにしました。このメカニズムを備えた楽器をクリストフォリは「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」(ピアノ(弱音)もフォルテ(強音)も出せるチェンバロ)と命名。この名称を短縮して「ピアノ」と呼ばれるようになったのです。なお、18世紀~19世紀前半までの様式のピアノは、現代のモダンピアノと区別する際に「フォルテピアノ」と呼びます。

左)バルトロメオ・クリストフォリ
右)グランドピアノ(1720年) バルトロメオ・クリストフォリ製 メトロポリタン美術館蔵
フィレンツェのメディチ家のお抱え楽器製造家だったクリストフォリは、チェンバロの製作と改良を重ねた末にピアノを発明。弦を打つ構造は後に誕生するイギリス式アクションの基礎となり、現代のピアノにも受け継がれています。
ベートーヴェンの助言によってピアノが劇的に進化
クリストフォリが発明したピアノはドイツやオーストリアなど各国で改良が加えられ、鍵盤と連結したハンマーをテコの原理で跳ね上げて弦を打つウィーン式と、鍵盤に備え付けられたレバーがハンマーを直接突き上げて弦を打つイギリス式という2つの様式で発展。誕生当初のピアノは鍵盤数がわずか49~54鍵(現代の標準的なピアノは88鍵)でしたが、改良が進んだ18世紀後半には61鍵まで増え、古典派を代表する作曲家モーツァルトはピアノならではの感情豊かな表現を用いた独奏曲や協奏曲を数多く作りました。
しかし、ピアノの音域が狭いと作曲家が書く楽曲の音域も限られ、音楽による感情表現に限界が生じてしまいます。そんなピアノの進化を切実に求めたのが、演奏家としても作曲家としてもピアノの可能性を探究したベートーヴェンです。生涯を通じてピアノソナタを作曲し続けていたベートーヴェンは、より表現の世界を広げられるようピアノ製作者に「こんな音を出したい」と要望したり「ここを改良したらどうか」と提案したこともありました。
そうして鍵盤数やアクション機構などの改良を重ねたピアノが完成するたびに、ベートーヴェンはその豊かな響きに触発されて名曲を次々と創作。68鍵まで音域を用いるピアノソナタ第21番《ワルトシュタイン》や第23番《熱情》、78鍵まで音域を用いる第29番《ハンマークラヴィア》など、その時々の最新鋭ピアノの音域の広さや音色の特徴を作品に反映し、交響曲に比肩しうるほどダイナミックかつ芸術的な深みのあるピアノソナタを残しました。さらにベートーヴェンは、高音域を最大限に活用したピアノ協奏曲第5番《皇帝》を生み出し、華麗にして壮大なピアノ技巧で聴衆を魅了したのです。

左)アンリ・ファンタン=ラトゥール《ピアノの周りで》 1885年 油彩・キャンヴァス, オルセー美術館蔵
右)グランドピアノ(1893年頃) カール・ベヒシュタイン製 メトロポリタン美術館蔵
19世紀に入るとピアノの音域が広がって性能が向上。その日進月歩の中にいたベートーヴェンはピアノ製作者に積極的に助言を与え、ピアノの進化に影響を与えるとともに自らも数多くの名曲を生み出しました。
ロマン派の時代にピアノは完成の域へ到達
もう1つピアノの進化に大きな影響を与えたのが、音楽鑑賞や演奏のスタイルの変化です。古典派後期からロマン派の時代にかけて、ピアノ音楽は貴族向けの小さなサロンだけでなく市民が集まる大きなホールでも楽しまれるようになり、ホールで聴くに堪えうる音量や音の伸びが要求されるようになりました。またこの時代には、ヴィルトゥオーゾと呼ばれる高度な演奏技術を持つ演奏家が次々と台頭したことも忘れてはいけません。彼らが卓越したピアノ奏法で持ち味を存分に発揮できるよう、素早い連打や装飾音などの表現が作品に盛り込まれ、それらを演奏可能とする進化がピアノに要求されるようになったのです。
こうした要求に応える形でピアノはさらに改良を遂げ、ピアノの鍵盤数が82鍵まで増えたほか、ミュージックワイヤーと呼ばれる特殊なピアノ線によって音量を増大したり、より精密なアクション機構によって素早い連打などを可能にしました。これらの恩恵を大きく受けたのが、ロマン派を代表する作曲家であるショパンとリストです。ショパンは繊細かつ表現力豊かなピアノ楽曲を多く残し、リストは作曲家としてだけでなくヴィルトゥオーゾとしても劇的な超絶技法で絶大な人気を獲得。それ以降も音楽家たちを満足させるために改良が加えられ、繊細な表現と力強い音響を両立した現在のピアノが出来上がったのです。

ヨーゼフ・ダンハウザー《ピアノを弾くリスト》 1840年, 油彩 アルテ・ナショナルギャラリー
当代屈指のヴィルトゥオーゾとして鳴らしたリストは、素早く連打しやすい高性能なアクションを誇るエラール製ピアノを愛用。《ラ・カンパネラ》などの楽曲を手がけてピアノ技巧の可能性を追求しました。
2026年4月には世界的ピアノ・デュオの来日公演『ルーカス&アルトゥール・ユッセン ピアノ・デュオ・リサイタル』、9月には『務川慧悟×久末航 Pianos' Conversation 2026』など今年は注目のピアノ公演が目白押し。さらに2026年11月に始まる『N響オーチャード定期2026/2027』シリーズでは<傑作ピアノ協奏曲&三大バレエ音楽>というテーマで、チャイコフスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフによるクラシック音楽の金字塔と言うべきピアノ協奏曲を演奏します。現代の名手たちが響かせるピアノの魅力をぜひご堪能ください。
文:上村真徹

〈公演情報〉
Bunkamura Produce 2026
ルーカス&アルトゥール・ユッセン
ピアノ・デュオ・リサイタル
公演日:2026/4/7(火)、4/8(水)
会場:浜離宮朝日ホール

〈公演情報〉
務川慧悟×久末航 Pianos' Conversation 2026
公演日:2026/9/6(日)
会場:Bunkamuraオーチャードホール

〈公演情報〉
N響オーチャード定期2026/2027 東横シリーズ in 横浜
<傑作ピアノ協奏曲&三大バレエ音楽>
Supported by 株式会社 日立製作所
公演日:2026/11/23(月・祝)、2027/4/29(木・祝)、2027/7/4(日)
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
