「オーケストラの要の存在」
コンサートマスターの役割とは?
オーケストラの演奏を統率するのは指揮者の役割ですが、100人近い奏者全員の息を指揮者一人だけでぴったり合わせるのは至難の業。そこで指揮者と奏者の間に入って演奏の完成度を高める役割を担っているのが「コンサートマスター」です。今年で創立100年を迎えるNHK交響楽団で第1コンサートマスターを務めるヴァイオリニストの郷古廉さんにお話を伺いながら、コンサートマスターの役割や資質について詳しく見ていきましょう。
コンサートマスターは“第2の指揮者”でありオーケストラのまとめ役
コンサートマスター(女性の場合はコンサートミストレス)は、オーケストラで指揮者から最も近い位置で演奏する首席第1ヴァイオリン奏者(客席から見て指揮者の左隣で最も客席側にいる奏者)が務めます。その大きな役割は、練習やコンサートにおいて指揮者が出す演奏の指示(テンポやニュアンスなど)を的確に理解し、自ら具体的に演奏で示しながら他の奏者に分かりやすく伝えること。いわば“第2の指揮者”です。
そうした役割を果たす上で大切なのは、指揮者との綿密なコミュニケーション。そのポイントについて郷古さんは「たとえばリハーサル中に指揮者が言葉や身体表現で指示を伝えきれていない場合、休憩時間に『この楽章はこんな情景が思い浮かびますよね』といった何気ない会話を交わして、指揮者の言葉の端々から曲に対する思いやビジョンを確認しています」と自らの工夫を教えてくれました。ただし、指揮者の指示を何でもそのまま受け入れるのではなく、「双方のやりたいことをすり合わせてより良いものを作り、お互いに音楽的に高め合っていける関係性が重要」という考えの下、演奏を通じてオーケストラ側の理想を指揮者にフィードバックすることもあるそうです。
指揮者に対してだけでなく、楽団員とのコミュニケーションも大切な役割です。コンサートマスターが属する第1ヴァイオリンパート内で「ボウイング(弦楽器を奏でる弓の上げ下げ)をどう統一するか?」など演奏についての意見をすり合わせたり、他パートの首席奏者と演奏中にアイコンタクトを取ったり、全員が同じ方向性を共有できるようオーケストラのまとめ役も担っています。
さらに本番では“空気感”を作ることもコンサートマスターの大切な役割。その重要性について郷古さんは「楽団員は本番ならではの緊張を感じながら、いろんな思いを抱えて舞台に立っています。彼らが緊張せず、変にストレスを感じないような空気感を作るのも大事な役割です」と教えてくれました。この空気感の作り方は人によって違いが出るため、コンサートマスターが変わるとオーケストラの音も変わるのだそうです。
本番で指揮者のテンションが高まってテンポが速くなったりするなど、演奏が崩れそうになった時に全体を締めるのもコンサートマスターの役割。「指揮者とはお互いに『どう出るか』と先読みし合い、その読みに対してこう動くみたいに精神的なやり取りを行っています」(郷古さん)
ソリストとコンサートマスターは役割も求められる資質も違う
コンサートマスターはそのオーケストラに所属している楽団員から選ぶこともあれば、外部からスカウトしてくる場合もあります。郷古さんは後者で、ソリストとして活動する傍らN響のゲスト・コンサートマスターとして何度か出演した後、2024年に第1コンサートマスターに就任しました。
「オーケストラとコンチェルトを共演する一方で、『クラシック音楽にはコンチェルト以外にもたくさんいい曲があるのに、ヴァイオリニストとしてそれを弾かないでいいんだろうか』という思いがありました。また、ゲスト・コンサートマスターとして招かれるうちに、N響とちゃんと長く仕事をしていきたいという気持ちが自然と高まっていきました。ちょうどそのタイミングでコンサートマスターを打診されたんです」
自分にとって自然な流れでコンサートマスターを引き受けた郷古さんですが、ソリストに求められるものとの違いに最初は苦労したそうです。
「ソリストは自分の音を追求することが必要ですが、オーケストラの中での演奏はいかにみんなと調和するかが大事。タイミングの合わせ方は特に苦労しました。コンサートマスターとしても最初のうちはいろいろ迷惑を掛けましたが、先輩たちのやり方を見ながら自分なりに工夫を加えて経験を重ねていきました」
そうした経験を通じて郷古さんはコンサートマスターにとって大事なことを学んでいきました。それは「人が好きであること。いざとなった時に正しい判断を素早く下せること。そして、あらゆることに対してオープンであること」です。特に3つ目の「オープンであること」は、いろんなタイプの奏者が集まるオーケストラにおいて重要な資質だそうです。
「楽器の弾き方も、フレーズの取り方も、楽譜の読み方も、どこで学んだかによって全然変わります。しかし、違いがあってこそのオーケストラなんです。一人ひとりの違いを許容して包み込み、音楽にうまく昇華できるような包容力はコンサートマスターとして大切な資質だと思います」

ソリストとコンサートマスターとしての演奏ではどちらが緊張するか郷古さんに尋ねたところ、「コンサートマスターかな。ソリストは多少失敗しても自分だけの責任だけど、オーケストラの場合はコンサートマスターの準備不足や体調不良が全体の演奏として如実に出るから」と教えてくれました。
そしてもう1つ、100人近い奏者がアンサンブルを奏でるオーケストラを統率するにあたって大事なことが“聞く力”。たとえばヴァイオリンセクションの中だけでも、プルト(弦楽器奏者が譜面台を共有する2人1組のこと)の場所が前列か後列かによって役割が違いますが、コンサートマスターはオーケストラ全体の音を聴き分けながら調和を生み出す必要があるのです。
こうした多様な資質が求められるコンサートマスターの経験は、郷古さんにとってかけがえのないもの。「ソリストとしてコンチェルトを弾く時も『コンサートマスターを経験していなかったら、こんなふうに弾けなかっただろうな』と感じることが多々あります。ソリストだけやっていた時よりも今の方が成長していると思います」と自らの演奏にもプラスに影響していると認めています。
リハーサルを超える演奏がコンサートマスターとしての喜び
郷古さんがコンサートマスターとして最も充実を感じられる瞬間。それは「リハーサルで起きなかったことが本番で起きること」だそうです。
「リハーサルで練習したことがうまくいくのは、もちろん嬉しいことです。それに加えて、リハーサルでは予想もしていなかった音色が出たり、みんなが同じ方向を向いて演奏している時ならではの一体感が生まれると、本当に感動しますね」
数ある公演の中からそうした充実感を体験できたものを尋ねると、郷古さんは2025年にアムステルダムで行われたマーラー・フェスティバルでの交響曲第3番・第4番の演奏を挙げました。本公演でのN響のマーラー演奏は現地でも高く評価され、「世界各国から超一流オーケストラが集まるという特別な雰囲気の中、楽団員みんなが一丸となって音楽に向き合うことができました」と強く印象に残っているそうです。
最後にコンサートマスターとしての目標を尋ねたところ、郷古さんは「N響をもっとお客様に愛される良いオーケストラにしたいので、そのためにすべての力を注ぎたいと思っています。そして、100年間の歴史を通じてN響で受け継がれてきたものや、私自身が先輩方からいろいろ受け取ったものを、自分の中で咀嚼した上で次の世代に伝え、これからの音楽界が盛り上がっていけば嬉しいですね」と語ってくれました。

今度コンサートを鑑賞する際は、ぜひコンサートマスターの演奏や仕草にも注目してみてください。指揮者と100人近い奏者をつなぐ音楽的なコミュニケーションに触れたら、オーケストラが織りなすアンサンブルがきっとこれまで以上に豊かに感じられることでしょう。
取材・文:上村真徹

〈プロフィール〉
1993年生まれ。2006年にユーディ・メニューイン青少年国際コンクールジュニア部門で史上最年少優勝、2013年にはティボール・ヴァルガ・シオン国際ヴァイオリン・コンクールで優勝するなど国内外のコンクールで実績を積み、2007年のデビュー以来多くのオーケストラや著名な指揮者と共演している。2024年4月からNHK交響楽団の第1コンサートマスターに就任。 X

〈公演情報〉
N響オーチャード定期2025/2026 東横シリーズ 渋谷⇔横浜 <魅惑の映画音楽>
第136回
2026/4/19(日)
横浜みなとみらいホール 大ホール
