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団塚唯我映画監督

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、長編デビュー作『見はらし世代』が第78回カンヌ国際映画祭の監督週間に日本人史上最年少で選出された、団塚唯我監督にお話を伺いました。

高校野球から映画の世界へ。共通するのは協働の喜び

めまぐるしく変化していく東京・渋谷の街と、永遠に同じままではいられない家族の関係。様々な視線が交差する繊細なテーマを大胆かつ爽やかに、そして真摯に描いた日本映画『見はらし世代』が今年、世界の映画祭で賞賛を浴びました。メガホンをとったのは、本作がオリジナル脚本での初長編作品となる新鋭・団塚唯我(だんづか ゆいが)監督。これまでの経歴を伺うと、意外にも、映画にのめり込んだのは最近のことだと言います。

「高校までは12年間野球をやっていたので、映画漬けの日々を送っていたわけではなくて。当時の映画体験といえば、大ヒットしていた『君の名は。』(2016)を2回観に行ったくらいなんです。
大学1年生の春休みに、僕の家に居候していた2つ上の先輩から音楽や本など、色々な文化を教えてもらった流れで、映画を観始めるようになりました。TSUTAYAでDVDを借りるようになったのも、その春休みで。デヴィッド・フィンチャー(*1)の映画を観たことをよく覚えています」

*1:アメリカの映画監督。主な作品に『ファイト・クラブ』(1999)、『ゴーン・ガール』(2014)など

母と姉の影響でドラマもよく観ていたという団塚監督

スポンジのように様々な文化を吸収した団塚さんは、その年の秋には大学に通うのを辞め、映画を学ぶ教育機関「映画美学校」に入学していたといいます。

「新しい世界が急に始まって。あらゆるものに影響されていましたね。それまでは自分が一人で何か作るとか、あまりイメージしたことがなかったんですけど。もともと野球をやっていたこともあり、団体で何かを作ることはできるかもしれないと思い、映画をやってみたいな、とぼんやり考え始めました」

美学校では短編映画をいくつも制作し、修了制作『愛をたむけるよ』では国内の映画祭で入選、受賞をするまでに

人との共同作業に抵抗がなかったという団塚さんは『見はらし世代』完成までのプロセスの中でも、周囲の人たちとのコミュニケーションを楽しんでいたようです。

「楽しさという意味では、撮影現場が最も印象に残っています。集中する場面では淡々と作業しながらも、昼休憩にはみんなでアップルパイを買いに行ったりして(笑)。
編集の過程でも、プロデューサーに「とにかく人をたくさん集めてほしい」とお願いして、会議を開きました。ざっくりと繋いだ映像をみんなで観て、最初は全員からダメ出しをされるんです(笑)。みんなが言いたいことを言うのでストレスフルな作業ではあるんですけど、それが終わると、次の日からめちゃくちゃ作業が進む感触を、途中から掴み始めて。分からないなりに様々な意見を取り入れてみる工程が、この映画を成長させてくれたのかな、と思っています」

いまの渋谷をどう映すか。作品を支えた「ただ撮る」の考え方

多様な意見や物の見方を柔軟に取り入れる団塚監督の姿勢は、映画『見はらし世代』の画面からも伝わってきます。再開発の進む渋谷の街を映す上では、どんなことを考えていたのでしょう。

©2025 シグロ/レプロエンタテインメント

『見はらし世代』あらすじ:再開発が進む東京・渋谷で胡蝶蘭の配送運転手として働く青年・蓮。ある日、蓮は配達中に父と数年ぶりに再会する。姉・恵美にそのことを話すが、恵美は一見すると我関せずといった様子で黙々と自分の結婚の準備を進めている。母を失って以来、姉弟と父は疎遠になっていたのだ。悶々と日々を過ごしていた蓮だったが、彼はもう一度家族の距離を測り直そうとする。変わりゆく街並みを見つめながら、家族にとって、最後の一夜が始まる――

「今回の映画は都市開発についての話でもあるので、居場所を失った路上生活者の方を描くことは必至だろうと思いながらつくっていました。ただ一方で、新しく建った公園にリサーチに行ってみると、僕よりも下の世代、下手したら中学生ぐらいの人たちがびっくりするぐらい楽しそうに過ごしていて。「背景を知らない」という理由だけで彼らを断罪するのも難しいかもしれないと感じて、複雑な感覚になりました。
今回の作品ではその複雑な感覚を無理にこねくり回さずに現場に挑もうと、撮影中は「ただ撮る」という四文字を常に頭に浮かべていましたね。この考え方は劇中、家族の描き方にも通じていると思います」

簡単には割り切れないようなテーマに対し『見はらし世代』は映画という表現ならではのアプローチを探ります。

「記憶や歴史をインストールすることはできるかもしれない、と考えていました。僕がどんなに力を発揮しても目の前のビルは壊れないけれど、場所の記憶や歴史を映画に映すことはできる。都市開発という物語を我々人間が始める前からそこにあった目線も捉えておくべきだと感じて、葉っぱや木枯らし、木のヨリなどの映像も、時おり画面の中に存在させています」

©2025 シグロ/レプロエンタテインメント

「渋谷を正確に記録する」上では、地域との関係性を意識しながら段階的に開発されてきた代官山ヒルサイドテラスを映すことも重視していたそう

大切なのは「自分の仕事を全うしているか」

取材中「自分たちよりも上の世代が作った地面でどう生きていくかを考えなくてはいけない」と話してくれた団塚監督。作家としても、先人たちの仕事を多くインプットされてきたようです。

「たくさんの人から影響を受けています。万田邦敏さんなど、美学校で映画を教わった先生たちはもちろん、黒沢清さん、是枝裕和さん、西川美和さんなどの作品も大好きです。海外でいうとデヴィット・フィンチャー監督や、レオス・カラックス監督、エドワード・ヤン監督などでしょうか。2000年代初期ぐらいの映画をよく観ていました」

『見はらし世代』劇中のテロップについては、佐藤真監督の作品から影響を受けた部分もあるそう

一方『見はらし世代』では、もともと監督のご友人であったという黒崎煌代(くろさき こうだい)さんが初主演を務め、映画監督・蘇鈺淳(スー ユチュン)さんが役者として出演されているなど、同世代の仕事も光っています。

「音響の岩﨑敢志くん、音楽の寺西涼くん、スチールの高羽快くんは映画美学校の友人で。今回の作品が長編初編集の真島宇一くんも、美学校の一期上の先輩、兼友人です。『さよなら ほやマン』(2023)という作品の現場で出会ったスタイリストの小坂茉由さんも、当時は衣装助手をやっていたのですが、今回の作品で衣装デビューしてくれました。
ただ、それは「同世代」みたいなことを意識していたわけではなくて。単純に僕の中で、この人たちがいま一番、いい仕事ができるスタッフだと思っていたんです。才気があって、自分の仕事を全うできて。主演の黒崎(煌代)も含めて、初めて商業長編をやる人たちが偶然集まった、ということなのだと思います」

映画を観終えた後の時間に込めた想い

偶然と選択の積み重ねが見事に結実した今回の作品。『見はらし世代』の舞台である渋谷での公開を、監督も心待ちにしていたようです。

「コンタクトを取る前から、勝手にBunkamura(ル・シネマ 渋谷宮下)で上映してもらえるものだと思って映画をつくっていました(笑)。作中で使われているいくつかのロケ地は、ル・シネマさんから徒歩30秒で着いてしまうような場所なので。劇中に出てくる大谷翔平の広告も、まだ流れていますし。
映画を観終わった後って、1分後には携帯を開いて作品の評価を調べたりして、2分後ぐらいには映画のことを忘れていたりすると思うんです。でも『見はらし世代』を観終わった後に、実際の渋谷の街を見て、その様子をただ受け取ってみて欲しい気持ちもあって。ただ歩くだけでも、たくさんの発見があると思うんです。作品のラストシーンは「映画の外側に出ていける体験があればいいな」という想いで撮りました。映画を観終わった人たちの5分後までを映画に閉じ込めるようなイメージです」

本編の最後に一体どんな場面が映し出されているのか。そして映画を観終えた後の街がどのように映るのか。監督は様々な意見が育っていくことを期待しているそうです。最後に、今回が長編デビューとなる団塚監督の「これから」についてお話を伺いました。

「僕自身、こんなスピード感でデビューすると思っていなかったのでびっくりしているんですけど。次もみなさんの期待に応えられるように頑張りたいと思っています。
自分は映画以外からの影響も多分に受けてきたので、ドラマやミュージックビデオなど、色々な表現に挑戦しながら、次の映画に向かっていければなと。ジャンルやフォーマットにはあまり拘りすぎずに「誰とつくるか」や、集団作業であることを大事にしながら作品をつくっていきたいです」

取材・文:井戸沼紀美


〈プロフィール〉

1998年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学環境情報学部中退。映画美学校修了。在学中は万田邦敏や脚本家の宇治田隆史より教えを受ける。同校修了作品として制作した短編、『愛をたむけるよ』が、なら国際映画祭、札幌国際短編映画祭、TAMA NEW WAVE 等の映画祭で入選、受賞。2022年、〈ndjc:若手映画作家育成事業〉にて、短編『遠くへいきたいわ』を脚本・監督(制作:シグロ)、第36回高崎映画祭等に招待。『見はらし世代』が初長編映画となる。

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〈作品情報〉

見はらし世代

Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて2025/10/10(金)よりロードショー

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