
映画音楽はクラシック音楽なのか?(響き合う映画とクラシック②)
オーチャードホールと横浜みなとみらいホールの2拠点からの“東横シリーズ”として、2025年11月にスタートする『N響オーチャード定期2025/2026』。新シリーズは<魅惑の映画音楽>をテーマに、名画を彩るクラシック音楽の数々をおおくりします。「Bunka Essay」ではこの新シリーズをより楽しむためのポイントを、全3回に分けて掘り下げているのですが、第2回ではオーケストラによる映画音楽とクラシック音楽の作曲家の違いはあるのか、考えてみたいと思います。
映画音楽の作曲家? それともクラシック音楽の作曲家?
N響オーチャード定期2025/2026の第137回(2026年6月28日)では、『スター・ウォーズ』や『ハリー・ポッター』などの作曲家として有名なジョン・ウィリアムズ(1932~)の楽曲だけが演奏されます。ウィリアムズといえば映画音楽の作曲家というイメージが強いかもしれませんが、実は映画とは関係のない“協奏曲”を10曲以上も手掛けていることをご存知でしょうか? 実際にここ数年、日本でもテューバ協奏曲やヴァイオリン協奏曲第1番が演奏されています。映画音楽の作曲家として世界的に有名になる前からそうした作品をいくつも書いていたジョン・ウィリアムズは、クラシック音楽の作曲家としての顔も持っているのです。
実際に映画音楽の歴史を振り返ってみると、映画音楽とクラシック音楽のどちらも手掛けている作曲家が非常に多いことが分かります。著名な作曲家が映画音楽を書いた最初の例として知られるカミーユ・サン=サーンス(1835~1921)、ロシアの名匠セルゲイ・エイゼンシュテインと組んだセルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)、長らく映画音楽が代表作とみなされてきましたが現在ではそれ以外の作品の再評価が進むエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897~1957)、フランス六人組のひとりとして西洋音楽史に名を残すもキャリアの中心は映画音楽だったジョルジュ・オーリック(1899~1983)など、名前を挙げだせばキリがありません。
ジョン・ウィリアムズのように映画音楽のイメージが強い作曲家も同様です。映画『風と共に去りぬ』や『キングコング』などの音楽で知られるマックス・スタイナー(1888~1971)は“映画音楽の父”と称されることもありますが、彼はグスタフ・マーラーやフェリックス・ワインガルトナー(指揮者としてのイメージが強いかもしれませんが実は沢山の作品を遺しています)の弟子だったので、完全にクラシック畑の出身。映画『ベン・ハー』で知られるハンガリー出身のミクロス・ローザ(1907~1995)は、バルトークとコダーイの系譜を継ぐ作曲家という顔も持っていて、かのヤッシャ・ハイフェッツが初演したヴァイオリン協奏曲はもっと演奏されるべき名曲です。
ジョン・ウィリアムズ/コンダクター~ソニー・クラシカル録音集(20CD)
SICC-2248 ~ 2267
ソニー・ミュージックレーベルズ
映画音楽もまたクラシック音楽である!
ところが映画音楽に対して(演奏会用に大きく再構成された作品を除いて)オーケストラの定期演奏会で取り上げるような音楽だとみなさない時代が長らく続きました。かつてはイージーリスニングの楽団やポップスオーケストラで取り上げるライトな演目だと思われていたのです。しかし1980年代、ボストン・ポップス・オーケストラの指揮者に就任したジョン・ウィリアムズが、自作を含む映画音楽を原曲のイメージを崩さぬように演奏しはじめたりしたことで、少しずつ状況が変わっていくのです。
ウィーン・フィルの例を挙げましょう。この保守的なオーケストラがジョン・ウィリアムズをはじめて演奏したのは2010年の「シェーンブルン宮殿コンサート」(指揮:フランツ・ウェルザー=メスト)での『スター・ウォーズ』でした。その後、2017年にも「シェーンブルン宮殿コンサート」(指揮:クリストフ・エッシェンバッハ)で『ハリー・ポッター』が演奏されました。2018年にジョン・ウィリアムズを指揮者として招聘するコンサートが組まれましたが、ウィリアムズの体調不良で中止に。この公演は2020年にようやく実現し、CDやDVDとしてリリースされて世界的な大ヒットとなりました。
1980年代以降に映画音楽が再評価されていった理由は、もうひとつ考えられます。それは第二次世界大戦後に興隆した前衛音楽と比較され、映画音楽は芸術性が低いとみなされていたからです。その煽りをまともにくらったのが伊福部昭で、日本でも前衛音楽が潮流になると、伊福部の音楽は時代遅れとみなされるようになったといいます。ところが前衛の勢いが落ち着きはじめた1970年代の終わり頃から伊福部の音楽が再評価されるようになり、その一環として伊福部の映画音楽をコンサートで演奏しようという動きが出てきます。それに応えて伊福部自身が編曲したのが『SF交響ファンタジー第1~3番』でした。こうして第1番の冒頭で鳴り響く『ゴジラ』の映画音楽がクラシック音楽として蘇り、伊福部昭の映画音楽以外の作品も取り上げられる機会が少しずつ増えていったのです。
左:Blu-ray「伊福部昭90歳記念コンサート」価格:¥6,600(税込) 販売元: キングレコード
文:小室敬幸

〈公演情報〉
N響オーチャード定期2025/2026
東横シリーズ 渋谷⇔横浜
<魅惑の映画音楽>
第134回 2025/11/2(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第135回 2026/1/11(日)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール・大ホール
第136回 2026/4/19(日)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール・大ホール
第137回 2026/6/28(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール