
vol.27 NHK交響楽団とオーチャードホールが歩んできた歴史
「Bunkamura History」では、1989年にBunkamuraが誕生してから現在までの歴史を通じて、Bunkamuraが文化芸術の発展にどんな役割を果たしたか、また様々な公演によってどのような文化を発信したのか振り返ります。27回目となる今回は7/6(日)に『N響オーチャード定期2024/2025東横シリーズ 第133回』の開催が迫るNHK交響楽団とBunkamuraオーチャードホールが共に紡いできた歴史を、音楽評論家の山田治生さんに紐解いてもらいました。
1989年9月3日、バイロイト音楽祭のワーグナー「タンホイザー」でオープンしたBunkamuraオーチャードホールにNHK交響楽団が初めて出演したのは、『オーチャードホールと日本のオーケストラシリーズⅠ』のなかの1989年9月25日の演奏会でした。N響は、ベートーヴェン・チクルスの一公演を担い、正指揮者・岩城宏之と交響曲第9番を演奏。またこのチクルスでは日本の作曲家の作品も合わせて取り上げられ、N響は武満徹の「トゥリー・ライン」(発表当初は「並木」というタイトル)を日本初演しました。翌年開催された『オーチャードホールと日本のオーケストラシリーズⅡ』では、正指揮者・外山雄三の指揮で、武満徹の「テクスチュアズ」とマーラーの交響曲第1番「巨人」などを演奏しました。
そして1992年からは、『N響オーチャード・スペシャル』の名称で、N響が定期的にオーチャードホールで演奏するようになります。1992年、1993年、1994年は、1年に1度の開催でしたが、1995、1996、1997年は1年に2度開催され、1998年まで続けられました。高関健、沼尻竜典、大友直人、若杉弘、尾高忠明、梅田俊明ら、日本人指揮者が中心となり、いわゆる名曲プログラムが演奏されました。
1998年、N響オーチャード定期始まる
『N響オーチャード定期』が始まったのは1998年でした。N響は同じ渋谷地区のNHKホールを本拠地としていますが、聴衆層は若干異なり、「オーチャード定期」には「オーチャード定期」の聴衆が集まることになります。当時は1年に5公演が組まれ、多彩なプログラムが披露されました。名曲中心のプログラミングですが、初年度では、シューマンの「4つのホルンのためのコンツェルトシュテュック」やアンドレ・プレヴィンの声楽入りの作品など、滅多に演奏されない曲目も含まれていました。初年度は、マレク・ヤノフスキ、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、プレヴィンら、今から思えば、まさに巨匠と呼べる名指揮者たちが登場しました。2シーズン目以降は若手指揮者も起用。若き日のアラン・ギルバート(1994年オーチャードホール・アワード(現「未来の巨匠」)受賞)や広上淳一も指揮台に立ちました。
四半世紀以上の歴史のなかで、もちろん、かつてのN響を担った(今も担う)マエストロたちも登場しています。シャルル・デュトワ、ヘルベルト・ブロムシュテット、ウラディーミル・アシュケナージ、ハインツ・ワルベルク、ネッロ・サンティ、ロジャー・ノリントンらです。クシシュトフ・ペンデレツキ、ラドミル・エリシュカ、ネヴィル・マリナーら今は亡き巨匠もオーチャード定期の指揮台に立ちました。また、今や現在の音楽界を担う名指揮者となっている、ファビオ・ルイージ、パーヴォ・ヤルヴィ、ジョナサン・ノット、山田和樹、ギルバート、サッシャ・ゲッツェルらは若手・中堅指揮者として早くからN響オーチャード定期に出演していました。若手ソリストでは、ユジャ・ワンからHIMARIまで若い才能をいち早く紹介。そのほか、近年は、「コンサートホールで世界旅行!」、「ブラームス・チクルス」、「Dance Dance!」など、シーズンごとにテーマを設定しています。
画期的だった、オペラ・コンチェルタンテシリーズ
『N響オーチャード定期』とは別枠ですが、N響首席指揮者となったパーヴォ・ヤルヴィとN響との『オペラ・コンチェルタンテシリーズ』でのバーンスタイン「ウエスト・サイド・ストーリー」(2018年)とベートーヴェン「フィデリオ」(2019年)の上演は特筆されます。どちらも国際的な歌手を招聘して演奏会形式で行われました。「ウエスト・サイド・ストーリー」はバーンスタインの生誕100年を祝し、「フィデリオ」はベートーヴェンの生誕250年を前祝いするものでした。2020年にはビゼーの「カルメン」が予定されていましたが、コロナ禍のために中止となってしまいました。これが実現していたら、どうなっていたか。想像しただけでも悔しく思います。
そう、コロナ禍は『N響オーチャード定期』も直撃しました。第108回(2020年3月)、第109回(2020年4月)、第110回(2020年7月)が中止となり、第111回(2020年11月)に漸く再開したものの、2021年4月に再び緊急事態宣言が出され、第114回が中止となりました。
第100回までは、東日本大震災などを経験しながらも1度も演奏会が中止になることはありませんでしたが、2019年10月には第106回が台風の影響で中止となりました。音楽界でも自然災害の影響が以前に増して増えています。
現在、『N響オーチャード定期』は、東急百貨店本店跡地の開発工事に伴うBunkamura休館を受けて、「東横シリーズ」として日曜・祝日を中心に限定営業を続けているオーチャードホールと横浜みなとみらいホールの2つの会場で年間計4公演開催されています。
思い出の名演と今後への期待
最後に筆者が特に印象に残っている公演をあげておきましょう。1999年のプレヴィンの自作自演とベートーヴェンの交響曲第7番、2007年の若きユジャ・ワンが弾いたベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番、2009年と2012年のエリシュカのドヴォルザークの交響曲第8番と第9番、2012年の山田和樹が振ったベートーヴェンの交響曲第5番「運命」、2018年のブロムシュテットによるベートーヴェンの交響曲第7番と第8番、2018年のパーヴォ・ヤルヴィが指揮したバーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」(全曲)、2019年の反田恭平が弾いたラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」、2019年のパーヴォ・ヤルヴィが振ったメシアンの「トゥランガリラ交響曲」、2022年の原田慶太楼と小曽根真によるガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」などなど。
秋から始まる2025/2026シリーズでは「魅惑の映画」をテーマに、映画で使われたクラシック音楽が取り上げられます。トゥガン・ソヒエフやファビオ・ルイージら世界的な名指揮者のほか、映画音楽にも熱心に取り組む広上淳一や原田慶太楼らの登場が非常に楽しみです。
文・山田治生、公演写真・K.Miura

〈公演情報〉
N響オーチャード定期2024/2025
東横シリーズ 渋谷⇔横浜
<Dance Dance!>
第133回 2025/7/6(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール

N響オーチャード定期2025/2026
東横シリーズ 渋谷⇔横浜
<魅惑の映画音楽>
第134回 2025/11/2(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第135回 2026/1/11(日)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール・大ホール
第136回 2026/4/19(日)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール・大ホール
第137回 2026/6/28(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール