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伊東 蒼俳優

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術にかける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。弱冠19歳にして10年以上のキャリアを持ち、映像、舞台と幅広く活躍する俳優の伊東 蒼さんにお話を伺いました。儚さと同時に意志の強さも感じさせるその魅力に迫ります。

負けず嫌いをバネに
オーディションに挑戦
「芝居の楽しさ」を知る

朝の連続テレビ小説や大河ドラマのみならず、数々の骨太な映画やドラマでも深い印象を残す伊東 蒼さん。昨年は初めて翻訳劇にも挑戦、この8月末からは唐 十郎作、金 守珍脚色・演出による舞台『アリババ』『愛の乞食』への出演も決定しています(*伊東さんの出演は『愛の乞食』のみ)。幼少期からキャリアを重ねる伊東さんですが、当初はオーディションに落ちることの方が多かったのだとか。

「もともと本を読むことや空想することが好きで、ドラマや映画もよく見ていました。小学4、5年生頃からは近所の映画館に一人で行くようになりましたね。お芝居の世界に入ったのは母の勧めでしたが、自分が想像も出来なかった世界で、想像もしなかった人になって、今まで知らなかった気持ちを感じる瞬間が好きなんです。でも最初の頃は、自分なりに頑張っているつもりでもオーディションには落ちてばかりでした。半分嫌になりながらも受け続けたのは、“悔しい”“今度こそ!”という、負けず嫌いな自分の性格が大きかったと思います」

そんな伊東さんの転機となったのは、『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年、中野量太監督)、『島々清しゃ(しまじまかいしゃ)』(2017年、新藤 風監督)という2本の映画への出演でした。『湯を~』では宮沢りえさんや杉咲 花さん、『島々~』では安藤サクラさんや山田真歩さんらと共演し、「カメラの前で台詞を交わす時だけがお芝居じゃない」と気づいたと振り返ります。

「『湯を~』の時は、“このオーディションに落ちたらもう終わりにしよう”と母と話していました。その作品に合格できたことは大きかったですし、この2本で共演させていただいた方々の作品に対する姿勢から学ぶことがとても多かったです。それからは台本を繰り返し読んで“何か見つかることはないかな”と探したり、普段から役のことを考えながら生活するようになりました。お芝居することが楽しくて、“好きだから続けたい!”という気持ちに大きく変わったタイミングでした」

大切な「言葉」を糧に
一つひとつの役を愛して
しなやかに向き合う

中学生になるやならずで芝居の楽しさに開眼したということにも驚かされますが、真摯に芝居と向き合う俳優の先輩たち、そして監督・演出家といった創り手の言葉や姿勢をしっかり受け止めて自分の血肉にできているのは、伊東さん自身のしなやかで鋭敏な感受性があってこそと言えます。

「『花戦さ』(2017年、篠原哲雄監督)という映画で私が泣きながら叫ぶシーンがうまく行かなかった時、助監督さんが“最後までちゃんと演じてあげないと、(役名の)季(とき)ちゃんの人生が無駄になっちゃうんだよ”と言ってくださったんです。それからは不安になることがあっても、“誰よりも自分がその役を代弁しているんだ”と思うと自信が湧いて、頑張ろうと思えるようになりました。去年出演した舞台『血の婚礼』では、演出の栗山民也さんが、“役にどんどん近づいて、最後に(役者)本人はゼロになることが役者の仕事”とおっしゃったんです。稽古では頭で考えすぎて悩むことも多かったんですが、千穐楽では台詞の言いやすさが以前とは変わっていて、栗山さんの言葉に少しだけ近づけた気がしました」

今夏出演する舞台『アリババ』『愛の乞食』の公演中には20歳を迎える伊東さん。どんな20代にしたいかと尋ねると、「今までは自分がもらうばかりだったので、少しでも自分が何かを見せられるようになれたら」とにっこり。初めて挑む唐 十郎の世界にもワクワクしているそうで、唐作品の経験豊富な宮沢りえさんからは「あまり考えすぎない方がいいよ」とアドバイスをもらったそうです。

映像でも舞台でも、これから新たな作品、新たなスタッフや共演者との出会いが増えていくにつれ、さまざまな価値観に触れる機会もまた多くなっていくでしょう。自分の経験値や考え方だけにとらわれず、心をオープンにしてまずは多様な見方を受け止めることを、伊東さんは大切にしています。

「監督や演出家の方に“こうやってみるのはどう?”と言われたら、自分が考えていたことがどのようなものであれ、一度は全部試してみる、ということを自分の中で決めています。私よりもずっと長い年月、いろいろなものを見て経験してこられた方からは、私とはまったく違う世界が見えていると思うので。頑固にならず、柔らかくいることを心がけていきたいです」

取材・文:市川安紀


〈プロフィール〉

2005年9月16日生まれ、大阪府出身。映画『湯を沸かすほどの熱い愛』(16、中野量太監督)で、第31回高崎映画祭最優秀新人女優賞を受賞。映画『さがす』(22、片山慎三監督)で第77回毎日映画コンクール 女優助演賞受賞、近作には『世界の終わりから』(23/主演、紀里谷和明監督)、『今日の空が1番好き、とまだ言えない僕は』(25、大九明子監督)、連続テレビ小説『おかえりモネ』(21)、大河ドラマ『どうする家康』(23)、CX『新宿野戦病院』(24)、NHK『宙わたる教室』(24)、舞台『明るい夜に出かけて』(23)、『血の婚礼』(24)などがある。

Instagram @aoiito_official

 


〈公演情報〉

Bunkamura Production 2025
『アリババ』『愛の乞食』

2025/8/31(日)~9/21(日)
世田谷パブリックシアター
ほか、福岡、大阪、愛知公演あり

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