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飯塚歩夢ヴァイオリニスト

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、23歳でNHK交響楽団の正式団員となったヴァイオリニストの飯塚歩夢さんにインタビュー。日本最高峰のオーケストラへの入団を志したきっかけや入団後の印象、そして一人の演奏家としてのこだわりや夢について語っていただきました。

ヴァイオリンを作る人になりたかったのに
気が付くとすっかり演奏に夢中に!

演奏家が楽器に興味を抱くようになったきっかけは人によってさまざまですが、その中でも飯塚さんはかなりの変わり種。子どもの頃にTVで見た『仮面ライダーキバ』で主人公がヴァイオリン専門の楽器修復師だったことから「ヴァイオリンを作る人になりたい」と思ったのがすべての始まりでした。まずは演奏できるようになろうと7歳から地元のヴァイオリン教室に通い始めたところ、「最初はとても難しかったけど、難しいからこそ弾けるようになりたくて努力し、どんどんのめり込んでいきました」といつの間にか演奏の方に興味が移っていったのです。
小学3年生の時に桐朋学園が主催する「子供のための音楽教室」で渡辺亜美さんに指導を受けてから、本格的に演奏家への道を進んでいった飯塚さん。中学時代は岩澤麻子さん、高校時代はN響のコンサートマスターを務めていた徳永二男さんに師事し、各々から違ったアプローチによる指導を受けることによってめきめきと成長しました。
「渡辺先生からは楽譜の読み方など基礎的なことを始め、何よりヴァイオリンを演奏する楽しさを、そして岩澤先生からはソリストとしての個性を追求する弾き方を教わり、それまで知らなかった音色のバリエーションを増やすことができました。
そして僕をN響へと導いてくださった徳永先生からは身体のフォームのことや、フレージングの作り方など、沢山のことを教えていただきました。これまでお世話になった先生方には、心から本当に感謝しています。」
その一方、7歳という一般よりも遅い年齢からヴァイオリンを習い始めた飯塚さんは、周りとの経験値の差を補う修練の場としてコンクールに積極的に挑戦。それこそ毎週のように参加し続けていた時期もあり、その過程で数多くの賞に輝きましたが、意外にもそうした成功体験はあまり印象に残っていないそうです。
「本番でうまく弾けると当日はいい気分だけど、後になると演奏の内容を案外覚えていません。逆に本番で失敗した時は、細かいところまで鮮明に記憶に残っているんです。今考えると、失敗した経験の方が自分にとってバネになったと思います。失敗した当日はヘコむんですけどね(笑)」
そうした飯塚さんの成長をさらに後押ししたのが、桐朋学園への進学。演奏技術の高い先輩や同級生たちに囲まれる日々は、飯塚さんにとって刺激的なものでした。
「桐朋学園は校内の廊下で練習することが許されていて、上手な人が当たり前のようにすぐそばで演奏しているんです。その演奏を間近に見て聴いて技術を学ぶことができるし、すごくいい環境でしたね。同級生に亀井聖矢君、1学年上に東亮汰さん…雲の上のような存在の人たちと同じ場所にいることで、自分の土台がぐっと上がったと思います」

桐朋学園の学園祭では恒例の「超絶技巧選手権」に参加し、小梅太夫に扮して『チャルダッシュ』の演技つき演奏を披露。「あの頃はコロナ禍で暗い時代だったので、みんなが笑えるよう思いっきりふざけました。でも一つひとつの動きや演奏のつなぎは、緻密に計画して何度も練習しましたよ。普段の演奏とは違うスイッチが入って、自分自身も楽しく演奏できました」

国内トップレベルのN響で実感した
ソリストとオーケストラとの演奏の違い

当初はソリストを志していた飯塚さんの演奏家人生は、学生時代にエキストラとしてN響と共演したことをきっかけに変わり始めます。
「N響の公演は小さい頃から毎週テレビで見ていて、『テレビで見たことある人がいっぱいだ!』と興奮しました(笑)。それまでオーケストラでの演奏経験が少なかったこともあって演奏の素晴らしさに感動し、N響への憧れが一気に高まったんです。オーディションが大変で狭き門だと聞いていましたが、むしろそれで闘志が湧きましたね」
そして二度にわたるオーディションと試用期間を経て、晴れて2024年10月に正式団員としてN響に加入。第1ヴァイオリンのメンバーに名を連ねた現在、入団前と比べてN響への印象に変化が生まれたか尋ねたところ、「いい意味で変化はありません。一人ひとりが楽器のエキスパートであり、周りの音を聞いて素晴らしい演奏へとまとめ上げていて、とにかく素晴らしいの一言です」と目を輝かせながら答えてくれました。その一方、これまでソリストとして修練を積んできた飯塚さんにとって、オーケストラでの演奏はまったく新しい挑戦となっています。
「ソリストは大勢の中から自分だけ飛び抜ける必要があり、コンクールでも周りの参加者よりもいい音を出せるよう目指します。それに対してオーケストラは周りと同じ音色で弾くことが大切で、大勢の中に混ざり合わないといけません。N響は演奏の形が伝統的に出来上がっているので、ベートーヴェンのような定番曲は自分だけ蚊帳の外で弾いている気分になり、怖くなることもありますね。その点はまだまだ未熟で、周りの皆さんと同じ空気感と呼吸で弾けるようになることが課題です」
入団から数ヵ月を経た今も「まだまだ慣れず、日々勉強中です」という飯塚さんは、そうした状況を敢えてポジティブに捉えています。
「オーケストラで長く演奏していると、経験値が上がってきてどうしても『この曲やったことあるな』という繰り返しのような感覚になりがちですが、今は新しい発見ばかり。『こんないい曲があるんだ』という新鮮な感動の連続です。この最高潮な感覚を今後もキープしていきたいですね。

右から)飯塚歩夢さん、ヘルベルト・ブロムシュテットさん、東條太河さん、郷古 廉さん(N響第1コンサートマスター)

これまでのN響での演奏で印象深い経験を尋ねたところ、巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットが指揮を務めた2024年10月の定期公演を挙げてくれました。「ブロムシュテットの目指す音楽を奏でるため、楽団の全員から『自分の力をすべて発揮しよう』という意気込みが強く感じられました。そこにいるだけでオーケストラを素晴らしい演奏へと導いてくれる指揮者と同じ時代を生きることができ、かけがえのない経験となりました」

恵まれた環境に甘んじることなく
一人の演奏家として自分を高めたい

このようにN響の一員として充実した日々を送っている飯塚さんに、もともと志望していたソリストとしての活動意欲について尋ねたところ、胸の奥に秘めた音楽への思いを聞くことができました。
「僕が最も幸福に感じるものは、音楽に満たされている生活です。それにはソロもオーケストラも関係ありません。すでに音楽は僕にとって呼吸や食事と一緒で、生きるために必要不可欠なものになっています。ありきたりな言葉になってしまいますが、音楽が僕の全てです。」

その一方で飯塚さんは、一人の演奏家として自らの個性も大切にしたいと言います。「ただ、オーケストラで弾いていて、自分がいてもいなくても変わらないというのは嫌なんです。もちろん周りと同じ音色で弾くことが大前提な上で、自分自身の音楽を表現して存在意義を見い出したいという思いもあります。」
こうした一人の演奏家としての飛躍を実現すべく、飯塚さんは今年から10年間にわたるソロリサイタルシリーズを計画しています。
「オーケストラという組織の中だけにいると、やっぱりどうしても安心してしまうんです。素晴らしい環境にいるからこそ自分を奮い立たせる必要があると考え、挑戦を決意しました。それに、これまで演奏してきたソロの曲を弾かなくなるのももったいですからね」
すでに10年分のプログラムを組んでいて、今年の8月10日にHakuju Hallで開催予定の第1回では、誰もが聞きなじみのあるピアノ曲をヴァイオリンで演奏する予定です。その背景には、より多くの人にクラシックを聞いてもらいたいという飯塚さんの思いが込められています。
「僕が目指しているのは、あまりクラシックを知らない方でもリラックスして楽しんでもらえるようなコンサートです。クラシックは難しいと思われがちですが、気軽すぎるのもクラシックならではの高貴な雰囲気が損なわれてしまいます。そのバランスをうまく取りながら、自分にしかできないコンサートを実現したいですね。エンタテインメント性のある演出も盛り込み、皆さんの思い出に残る公演にしたいと思います」
将来の目標として「ソロも室内楽もオーケストラもオールマイティに演奏でき、どんな曲でも弾けるヴァイオリニストになりたい」と情熱を燃やす飯塚さん。N響をホームとした今後の精力的な活動に注目しましょう。

文:上村真徹


〈プロフィール〉

2001年生まれ。7歳からヴァイオリンを始め、渡辺亜美、岩澤麻子、徳永二男の各氏に師事。桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学に特待生として入学し、2023年3月に首席で卒業。2024年10月からNHK交響楽団の正式団員になる。第35回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール大学生の部(飛び級)第1位。第11回国際ジュニア音楽コンクールヴァイオリンF部門第1位など数々の賞を受賞。

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公演ホームページ https://www.bflat-mp.com/250810


〈公演情報〉

N響オーチャード定期2024/2025
東横シリーズ 渋谷⇔横浜
<Dance Dance!>

第130回 2024/11/3(日・祝)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール
第131回 2025/1/11(土)15:30開演 会場:横浜みなとみらいホール
第132回 2025/4/20(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
第133回 2025/7/6(日)15:30開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール

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