ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:石川真澄さん@『俺たちの国芳 わたしの国貞』展


ID_048: 石川真澄さん(浮世絵師)
日 時: 2016年4月25日(月)
参加者: 黒田和士(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、海老沢典世、佐藤友里江)

PROFILE
1978年東京都葛飾生まれ。
2000年六代目歌川豊国に師事。六代目他界後は、独学で浮世絵を学び、個展、グループ展を中心に活動。
2007年写楽を題材にした映画「宮城野」のための浮世絵制作を担当。
2010年日本橋地域ルネッサンス100年計画の一環として「日本橋かるた」を制作。
2011年「サロン・デュ・ショコラ2011」限定BOXのパッケージデザインを手掛ける。
2013年日本橋三越「ジャパン・センスィズ」の夏・秋用デザインを担当する。
2014年5月 新宿B GALLERY(「BEAMS JAPAN」内)にて、個展「深世界奇譚」を開催。
2015年2月 ロックバンドKISSとのコラボ企画で、自身初となる江戸伝統木版画による作品を発表。
同年7月スターウォーズとのコラボ企画として木版画3作品を発表。
2016年4月 ヘビーメタルバンドIRON MAIDENとのコラボ企画として木版画作品を発表。
グランフロント大阪 三周年記念キービジュアルを担当。同イベントにおいてメルセデスベンツとのコラボ作品を制作。

http://www.konjakulabo.com


『江戸のトップランナー・国芳国貞』


今回のミュージアム・ギャザリングは、ロックバンドやSF映画など、古今東西の幅広いモチーフを独自の視点でとらえ、浮世絵の絵画様式をベースに表現されている現代の浮世絵師・石川真澄さんにゲストとしてお越しいただきました。

海老沢:石川さんは、現代の浮世絵師ということで、今回のギャザリングにぜひ参加していただきたいと思ったのですが、今の時代に“浮世絵師”という職業の方がいらっしゃることが驚きでした。そもそも浮世絵師を目指されたきっかけをお聞かせいただけますか?

石川:小さい頃から絵を見たり描いたりするのが好きでしたが、浮世絵に関しては、学校の教科書で見たことがあるという程度でした。ところが、高校生のときに、街で見かけた国芳の展覧会のポスターにものすごい衝撃を受けたんです。今回も展示されている、相馬の古内裏に大きな骸骨が描かれた三枚続きの絵で、ポスター用に拡大されていたこともあると思うんですが、強烈なインパクトでした。それから浮世絵の世界に興味を持って、自分なりにいろんな文献で調べはじめたんです。浮世絵の中にもいくつか流派がある中で、自分は歌川派の様式が一番好きで、ちょうど大阪にいらした六代目歌川豊国さんがテレビで特集されていたのを見て、すぐに大阪に行きました(笑)。まだ浮世絵のことはほとんど知らない状態でしたし、アポイントも取ってなかったんですが、何とか弟子入りを許されました。これで浮世絵を習えると思ったんですが、豊国さんはそのときにすでに97歳で、それから数ヶ月後にお亡くなりになられ、そこからは独学で試行錯誤しながら描きつづけて今に至る、といった感じです。  

海老沢:日本の伝統文化の職人さんというと、みなさんベテランで、どちらかといえばご高齢の方が多いイメージなんですが、すごくお若いのでそれも驚きました。

石川:確かに、作務衣を着て、頭にタオルを巻いているイメージがあるかもしれませんね(笑)。普段の絵は肉筆で描いていますが、木版多色刷りやジクレー版画(インクジェットプリンタによる高品質版画)などの手法も使います。こうじゃなきゃいけない、っていう縛りが無い、自由な発想で描かれているところが浮世絵の面白さでもあるので、自分もあまり偏った技法にとらわれず、多様性を大事にしていろんな技術や素材を使って表現していきたいと思っています。今の時代に江戸時代の絵師が生きていたら、きっとデジタルの技術を使って新しいものを作ったでしょうね。

黒田:今回の展覧会で使われている木版の多色刷りは、間違いなく当時の最先端技術ですよね。

石川:当時はデジタルのテクノロジーがなかったから作画、刷り、彫りもすべて職人の手仕事、それがすごいですよね。特に国芳、国貞の二人は間違いなくツートップ。当時の江戸の錦絵(木版多色刷り浮世絵)といえば歌川派が一番有名で、そのトップにい続けた国貞と、独自の路線で大人気になった国芳。その二人の作品がこれだけたくさん同時に味わえる展覧会は今まで無かったので、今回の企画は本当に嬉しいです(笑)。

黒田:二人はそれぞれ人気がありましたが、決して対立していたわけではなくて、お互いの足りないところを補い合っていた気がするんですね。国貞はやっぱり絵も技術も素晴らしいんですが、作品数も多いだけに、ちょっと単調になりがちな感じが無くもない。一方、国芳は毎回おもしろいことを仕掛けてくるし、技術のレベルも高いんですが、さすがに国貞と比べると繊細さに欠ける。どちらも得意とするところが違うので、並べて見てみると、江戸時代の浮世絵がいかに幅広く個性豊かだったかというのがわかります。

石川:この二人は年齢も一回りぐらい違いますし、歩んできた道も違いますよね。国貞は若いときからスターダムにいた天才。何をやってもうまい。役者絵と美人画はもちろん、妖怪絵も風景画も素晴らしい。国芳は三十代から売れた遅咲きの人で、それまでは苦汁をなめてきた。その反骨精神が、自分にしか出来ない独自路線を歩ませたんでしょうね。だから、妖怪の絵は誰にも真似できないオリジナリティがありますし、武者絵の荒々しさなんかも国芳でないと描けない。遊び要素満載の猫や役者の絵(《荷宝蔵壁のむだ書(黄腰壁・黒腰壁)》)のタッチも他の人には真似できないですよね(笑)。この落書きは現代の漫画に通じるセンスです。

中根:この作品の中での役者の表情の描き方、豊かさ、面白さは、まさに現代の漫画そのものですよね。この人たちが活躍する漫画を読んでみたい(笑)。

海老沢:江戸時代を代表する絵師の二人ですが、一般的にはどうしても国芳の知名度が高いので、「なぜ国貞と一緒にやるの?」と思われる方もいらっしゃいました。今回の展覧会では、国芳はもちろんですが、歌川派のトップだった国貞の作品の素晴らしさもぜひ見ていただきたいです。

石川:浮世絵の世界への入りやすさという意味では、国芳の方がわかりやすくてかっこいい絵が多いですからね。ファッショナブルでロック、だから若い人にも受ける。国貞は、何を描いてもうまいんですが、例えば役者絵だと、歌舞伎のことがわかっていないと敷居が高いと感じてしまう。特に研究対象として考えると、歌舞伎をはじめ、いろんな知識が必要になるでしょうし、国貞といえばこの絵、という特化された分野がないので、捉えにくいところもあるのかもしれません。

黒田:確かに研究されている方は国貞より国芳の方が多いようですね。作品の点数が多すぎるというのも、研究対象としてのハードルを上げる要因になっているのかもしれません。あと、初代歌川豊国がいてこその国貞だと思うんですね。直系の弟子ですから、師匠と個性が似てしまうのはしょうがないことで、それを同じような作風、と考えるのではなく、師匠から受け継いだ伝統があってこその素晴らしい作品として、もっと評価されるべきだと思います。

中根:石川さんからご覧になって、国貞と国芳、絵師としての技術的な力量に差は感じられますか?

石川:それほど差はないと思います。国芳がこれだけ人気だったのは、技術的にも国貞に匹敵するほどうまかったということですから。国芳の版下絵になる前の下絵を見たことあるんですが、やっぱり相当レベルが高いです。一方、国貞の評価として、晩年筆が荒れたといわれることもあって、確かに残っている下絵を見ると、繊細なタッチじゃないものもあるんですが、それは何十年も描き続けて、阿吽の呼吸ができている職人さんに渡すのにすべてを描く必要がなかっただけで、技術的には最後まで衰えなかった人だと思います。国貞イコール三代目豊国ですから、名前だけを国芳と比べちゃうと、若い人たちが国芳から浮世絵の世界に入るっていうのは、しょうがないのかなと。

黒田:実は今回の展覧会は、国貞の作品を見せる展覧会とも言えると思うんですね。タイトルは「俺たちの国芳 わたしの国貞」ですが、実質的には、国貞を先にしたい気持ちがあります(笑)。でも、まず入り口としては、国芳が先にあった方が受け入れられやすいのかなと。

石川:そうですよね。今回はいい意味で国芳が浮世絵の入り口になってくれていて、その奥に国貞がいる。そして双方の良さがあいまって、当時の江戸にはこんなすごい絵師が二人、ツートップとして君臨していたんだ、というのが伝われば嬉しいですよね。

  次へ


ページトップへ
Presented by The Bunkamura Museum of Art / Copyright (C) TOKYU BUNKAMURA, Inc. All Rights Reserved.