福岡生まれ。武蔵野美術大学卒。お菓子が専門の料理研究家。雑誌や書籍を中心に活躍し、オリジナリティ溢れるレシピが人気。新刊に「自分でつくる グラノーラ」(文化出版局)がある。著書に画像上の食をテーマにしたエッセイ『ゴロツキはいつも食卓を襲う』(太田出版)、レシピ&評論本『まんがキッチン』(アスペクト)、『フレーバーウォーター』(文化出版局)など。9月に『こどもお菓子部』を出版予定。
今回のミュージアム・ギャザリングは、「レオナール・フジタ展」に関連してタイアップメニューを提供してくださっている、フランスの伝統的なパンやお菓子が楽しめるレストラン・VIRON渋谷店にて開催いたしました。ゲストには料理研究家の福田里香さんとポーラ美術館の学芸員・内呂博之さんをお招きして、本展のポスタービジュアルにもなっているフジタの作品《誕生日》に描かれている誕生日ケーキ「シャルロット・ポワール」をいただきながら、楽しく進めさせていただきました。
高山:福田さんと内呂さんと一緒に、今日あらためて展示をご覧いただきましたが、まずは福田さんの中で一番印象に残った作品をお伺いしたいのですが。
福田:やっぱりこのポスターになっている《誕生日》がいいですね。フジタとお菓子の組み合わせにすごく惹かれます(笑)。フジタ作品との出会いは、昔、お友達の家に遊びに行った時にフジタの作品が飾ってあったのを見せてもらったのが最初です。その絵がすごく大切にされていたのを覚えています。展覧会でフジタ作品をちゃんと見たのは大学生の時で、1986年に新宿の小田急百貨店で開催されていた展覧会だったと思います。美術史を習うと、フジタがパリにいた頃のエコール・ド・パリの時代って必ず登場するんですが、それでもある程度専門的にならないと、フジタのことはちゃんと教わらないんですよね。当時のパリで、画家達が華やかに活躍している中に、日本人が食い込んでいたというのはすごいことだと思うんですけどね。
高山:今日はその《誕生日》に登場するお菓子、シャルロット・ポワールをいただきながら、ギャザリングを進めさせていただきたいと思います。せっかくですから、シェフパティシエの大亀さんにお話を伺いたいと思います。
大亀:今日はありがとうございます。今回ご提供させていただいたシャルロット・ポワールは、クラシックな製法を忠実に再現しておりまして、実は久しぶりに作りました(笑)。でも、この昔ながらのビスキュイの生地が非常にいい感じになっていると思います。
福田:このビスキュイ生地いいですね。卵白を泡だてておいてから、粉などの素材を混ぜて搾り出すタイプのものだと思うんですが、いわゆるスポンジよりも食感がパサッとしているんですね。だけど、中にちょっと湿り気のあるクリームやムースを入れると、しっとり感が戻ってきてちょうどいいんです。例えば、海外で発行された70年代の頃の女性誌だと、雑誌の後ろに必ずレシピカードがついていて、そこにもシャルロット・ポワールの作り方が載っていました。すごくかわいいので今でも持っています。だからシャルロットは憧れのお菓子でしたね。
大亀:完成したシャルロットには赤いリボンを巻いています。というのも、シャルロットの形はフランスの帽子のイメージなんです。かわいいお菓子ですよね。フランスではムースが一般的になるまでは、もともとこの生地だけを食べていたんです。生地だけを作って乾かして焼いて、それで売っていた。たまにうちにご来店されるフランス人の方で、このビスキュイだけを焼いて売ってほしいというお客様がいらっしゃいます。日本のどこにも売ってないって。それこそ値段はいくらでもいいと(笑)。やはりベーシックで昔ながらのレシピで作るビスキュイは、フランスの方に愛されているんだなと。
福田:すごくかわいいし、美味しいです。またこのボリュームがいいですね。日本で作られているものは大体二周りぐらい小さいですから。
大亀:ありがとうございます。この《誕生日》の絵だけを見ると、中身が何かまではわからなかったんですけれど、一応フジタといえば乳白色の使い手ということで、乳白色の食べ物を考えたところ、秋という季節的なものも考慮して、洋ナシがいいんじゃないかと。おかげさまで好評です。
福田:最近アニメや漫画の世界では聖地巡礼が流行っているんです。聖地巡礼が終わるまでが作品鑑賞(笑)。それはやはり作品への愛から来ているんですが、結局人間ってコンプリートしたいんです。もちろん、資金があれば直接作品を集めることも出来ますが、そこまでいかなくても、作品のロケ地に行ったり、登場した料理を食べたり、それが楽しいんです。ですから今回はこのシャルロットを食べられて本当に幸せです。
宮澤:この絵の中ではろうそくが立っていて、お誕生日ケーキになっていますが、そういう時に出される料理だったんですか?
福田:逆に言うと、日本人が思っているようないわゆる“誕生日ケーキ”ってフランスには無いんですよね。だからこういう使われ方ってあったと思います。日本人だと真っ白なクリームの上に真っ赤なイチゴが乗っているのが豪華っていうイメージがあるので、この絵のケーキはちょっと地味に思うかもしれないけれど、これは最高に豪華ですよ。
内呂:洋ナシ以外にもいろんな果物が使われるんですか。
福田:例えば、春だとイチゴのようなベリー系ですよね。一度火を通してピュレにして、生クリームと混ぜ、少し泡立ててから、とろみをつけたゼラチンとあわせてふわふわにしたものを詰める、とか。季節によっていろんな素材が使われます。今日は梨が使われていますから、もう完璧ですねっ。
宮澤:このシャルロットっていうお菓子は、フランスでは一般的なんですか?
福田:そうですね。おそらく誰でも知っていると思います。ただ、私も何度か作ったことがありますが、今回のようにビスキュイから作ろうとすると結構ハードです(笑)。シャルロットを作る型があって、フィンガービスケットをその型に貼り付けて、中にムースを作って流し込んで固めて抜く、っていう、もう少し簡単なレシピが一般的だと思います。
橋爪:この絵のように、大きなケーキがテーブルの真ん中に置かれていて、みんなでお祝いしているというのは、これもまた日常の風景なんでしょうか。
福田:日常かもしれませんが、これは相当ブルジョワジーな感じですよね。でもこの絵からはいろんなことが読み取れると思います。正面を向いている女の子の頭についている花のわっかがフランスの国旗の色を表す、白、赤、青ですから、この子はフランスの象徴なのかなって。テーブルに座っているのは12人で、ぎりぎり不吉にならない数(笑)。12人を12月と受け取れば暦的な要素も感じられます。後、ケーキサーバの柄の部分が竹ですよね。だからひょっとしたら当時はこういう部分に東洋趣味を取り入れるのが流行だったのかな、とか。
高山:フジタも絶対にグルメですよね。芸術家って大体食にこだわる人が多いですけれど、フジタの場合は作品からそういう趣向も読み取れますよね。
福田:日常生活に常に美がある人ですよね。あらゆることに自分の趣味がある。この絵だけ見ても、ポットのデザイン、お花の生け方、子供たちの洋服、コーヒー茶碗がダブルディッシュ、とか、そういう細かな部分の隅々にまで気を配っていますよね。それが料理だけじゃなくて、あらゆるところに、ほとんど強迫観念的に貫き通されている。乳白色をベースにした絵を見たときに、この色をどうやって描いたのかわからなかったんですが、一番似ている質感はロイヤルアイシングだなって思ったんです。粉砂糖を卵白で混ぜて、ちょっとだけレモン汁を入れて塗ると、大体こういう風になるんです(笑)。すぐに料理のことが浮かびました(笑)。
内呂:いや、でも僕も乳白色に関しては、フジタには実際にそういう感覚があったのかなって思いますよ。何かアイシングや生クリームを生地の表面に塗る感覚で、キャンバスに乳白色を重ねていったんじゃないかと。
福田:今回の展覧会では乳白色の謎が明かされていましたよね。これ本当にびっくりしました。
高山:それを解き明かしたのが内呂さんなんですよね。これは今回展示されている写真家の土門拳の作品写真の中にヒントが隠されていて、その中の一枚にシッカロール(ベビーパウダー)が写っていたことから、謎が解けたんですよね。
福田:いや、これは相当すごいことですよ。それだけでも絶対みんな見に来た方がいいって思いました(笑)。フジタはこの乳白色の作品でパリを席巻したわけですから。実際、今まで見たこともないような独特な白色ですよね。
高山:フジタが絵だけを描いている芸術家なら、ひょっとしたら発見できなかったかもしれないですね。普段からライフスタイル、ファッション、料理とあらゆることにアンテナをはり自分流に楽しんでいたからこそ気づくことができたのではないかと。フジタが裁縫をしている自画像がありますけど、現代で言うところのまさに裁縫男子(笑)。今考えると、時代をかなり先取りしていますよね。
福田:セルフプロデュースが完璧で、自分の見せ方に徹底的にこだわった人ですよね。この髪型にこのメガネにチョビ髭、で、イヤリングですからね。このオリジナリティとおしゃれな感じ。今年は丸メガネ男子の当たり年なんです(笑)。映画「風立ちぬ」の堀越二郎に、ドラマ「あまちゃんの」ミズタクこと水口琢磨(笑)。フジタも含めて丸メガネ男子、きてますよ。これだけ自分の好きなものですべてを統一するってなかなかできないですよね。経済力があればある程度は可能かもしれないし、フジタも裕福な家の子だったけれど、これだけ強烈な美意識を持った人ですから、たとえ貧しい生活を強いられるようになっても、きっとそのあたりに落ちているものをいっぱい拾ってきて、ものすごくおしゃれな家やかわいい服を作っちゃったでしょうね。
内呂:まさにフジタの晩年のアトリエはそんな感じだったんですよね。骨董屋めぐりが趣味で、蚤の市にもよく足を運んでいた。購入したものは決して高いものばかりじゃなかったんです。
橋爪:展覧会場の最後に飾ってあったスペインの扉も蚤の市で買ったんですよね。素晴らしいデザインの扉ですけれど、大切なのは自分の感性に合うかどうかということだったのでしょうね。
福田:手が本当に動く人ですよね。ミシンもしっかり使えて、今回展示されているマケットの中の服まで作っていますから。あと、額まで自分で作っているなんて全然知らなかった。
内呂:たとえば《姉妹》という絵の額縁は、もともとは鏡を入れるために作ったんですが、あまり素敵な額縁がみつからなくて、自分で作り始めたようなんですね。日本にも、フランスで見かけるような額縁を作るお店はあったんですけど、自分には合わないって思ったんでしょうね。額縁を足で抑えながら貼り合わせている写真があるんですが、これは額縁作りの専門家が見ても、単なるポーズではなくて、ちゃんとした本来のやり方なんだそうです。角をしっかりくっつけるためには、足で抑えてやらないといけない。こんなところにもフジタのこだわりが感じられますね。