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今月のゲスト:沖仁さん@アントニオ・ロペス展


ID_044: 沖仁さん(フラメンコギタリスト)
日 時: 2013年5月9日(木)
参加者: 宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム チーフ・キュレーター)、
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世、国川桃子)

PROFILE

1974年生まれ。14歳より独学でエレキギターを始める。高校卒業後、カナダで一年間クラシックギターを学ぶ。その後、スペインと日本を往復し20代を過ごす。一時帰国中の1997年、日本フラメンコ協会主催新人公演において奨励賞を受賞する。2000年5月帰国。 2006年、3rdソロアルバム「ナシミエント〜誕生〜」でメジャーデビュー。同年12月には、NHK「トップランナー」に出演。07年4月〜NHK大河ドラマ「風林火山」紀行テーマ曲を担当。2010年7月、スペイン三大フラメンコギターコンクールのひとつ「第5回 ムルシア "ニーニョ・リカルド" フラメンコギター国際コンクール」国際部門で優勝。日本人として初の快挙を成し遂げた。同年9月にはデビュー10周年ベストアルバム「MI CAMINO〜10年の奇跡〜」をリリース。同月、コンクールに挑む様子を密着取材したTBS系「情熱大陸」がオンエアされ、大きな反響を呼ぶ。現在は東京を拠点にし、ソロ活動を中心に、国内外のアーティストとの共演、プロデュース、楽曲提供等を精力的に行っている。2012年11月には、ギターソロの楽曲を集めたベスト盤と2011年のコンサート・ツアーの模様を収録した映像作品をリリース。

http://jinoki.net/


『マドリード・天使のいる街』


高山: 今回のゲストは、本展覧会のイメージソングとして"サンパブロ通りの天使達"を提供してくださった、フラメンコギタリストの沖仁さんに来ていただきました。沖仁さんは今回展示されているマドリードの目抜き通りを描いた作品《グラン・ビア》の、すぐお近くにお住まいだったそうですね。

沖仁: そうですね。20代前半の頃に1年間ぐらい住んでいました。まさにこの絵に描かれているあたりの場所から路地を一本入ったところだったと思います(笑)。だからこの作品は懐かしい感じがして好きですね。

高山: マドリードは、美術を学ぶための学校が結構あって、日本人で留学している方も多いと聞いたんですけれど、当時はいかがでしたか。

沖仁: ええ、いましたよ。その頃はそんなに多くはなかったと思いますけど。もう何十年も住んでいるような人や、マドリードにはプラド美術館がありますから、そこで模写をやっているような人とかね。いろんな人がいました。

高山: ベラスケス、ゴヤ、ピカソ、ミロにダリ。スペインは美術界の巨匠をたくさん輩出していますけど、やっぱり美術館めぐりとかされました?

沖仁: そうですね。行った当初は観光気分もあって(笑)、一通り回りました。実は子供の頃からミロが好きだったんですよ。静岡の実家の近くに池田20世紀美術館というのがあって、常設展でミロやダリの作品を見ることができたんです。いい作品がたくさんあるんで、美術館の中のどこにどの絵があるかを覚えてしまうぐらい、しょっちゅう行っていましたね。その頃は画家の国籍とかをそんなに気にしなかったけれど、今思えば、スペインの画家の作品をよく見ていたんですね(笑)。
アントニオ・ロペスのことは詳しくは知らなかったんですが、作品がすごく僕の中にすっと入ってくる感じはありました。現代絵画の巨匠っていう響きにちょっと身構えちゃうんですけど(笑)、彼の作品を見たときに、作品に込められた想いがちゃんと伝わってきたんです。ひとつの作品に長い時間をかける人ですから、いろんな時を経て完成した作品であるにもかかわらず、“瞬間”を捉えている感じなんですよ。一瞬の光や表情がキャンヴァスに表現されていて、作品を見ていると、まるで彼の心象風景を見ているような気持ちになるんですが、それが自分が感じている心象風景とすごくクロスオーバーするんです。だから《グラン・ビア》を見ていても、当時、自分がそこに住んでいた時のことをはっきりと思い出すんですね。多分、同じ風景でも他の作家が描いていたらそこまで思わなかったかもしれない。今日、この展覧会を見るのは2回目なんですけど、自分が最初に作品を見て感じた事が何だったのか、あらためて理解できたような気がします。

国川: 実は今日も会場で涙を流しながらロペスの作品を見てくださっているお客さまがいらっしゃったんですが、やはりスペインにいらした方で、その時のことを思い出されたそうです。もう訪れることはないだろうと思っていたスペインの風景に、またここで出会えたと。ロペスの作品には記憶や思い出のようなものを喚起させる力があるのかもしれませんね。

宮澤: でも観光で行くとロペスの絵のような風景は見ないですよね。もっと美しい美術館や大聖堂のようなランドマークがいっぱいありますから。だから沖仁さんもその方もそうだけど、実際に住んでいらっしゃったような方にとって特別な風景なのかもしれないね。僕も今回の展覧会にあわせてスペインに行った時に、グラン・ビアの近くのホテルに泊まったんですけど、今でもこの絵に描かれた風景とそんなに変わってないですよ。ただちょっと不況の影響なんかもあって、目抜き通りという割には少し元気がない感じはしましたけどね。空き店舗なんかが増えていて。まあそれはスペイン全体に言えることなんでしょうけど。

高山: 沖仁さんが住んでいらっしゃった通りが“サンパブロ通り”で、そこでの出来事や情景を元に作られた曲が、今回イメージソングとして提供してくださった“サンパブロ通りの天使達”という曲なんですよね。

沖仁: そうです。実はマドリードで過ごした一年間って、僕にとっては結構つらい一年間だったんですよ(笑)。本当に右も左もわからないし、言葉も話せない状況だったから。さらに自分としてはギターの演奏に関しては自信があったんだけど、実際に行ってみると結構ギターを弾いている人がたくさんいる地域で、年下の子供たちの方がずっと上手だったりしてね(笑)。唯一、ギターが出来ると思っていたのに、それがなくなったら何もないだろうと。それで、その子供たちに混じって一から練習し直したんです。住んでいたアパートは10部屋ぐらいで、電話やシャワーは共同。古くて安いアパートだからいろんな人が住んでいてね。僕の向かいの部屋に住んでいる女の子は、売春婦だったんですよ。だから夜は街角に立って客引きをやっているんです。でもご飯をご馳走してくれたり、音楽を聴いてくれたりしてすごくいい人だった。どちらかというと社会からはみ出したような人たちが多かったんだけど、みんなすごく陽気なんです。そのアパートで僕がギターを弾くとみんな涙を流しながら聞いてくれて。そういうのに本当に救われましたね。そのときに感じた、スペインの人たちの人生の明るい部分と暗い部分、陰と陽が常に同居しているんだけれどいつも明るく笑っている、そんなポジティブさ。住んでいたアパートも築100年ぐらい経っているような古い建物で、部屋は4階でエレベータもなくて長い螺旋階段を登らなくちゃならない。でも、建物からにじみ出る100年前からずっと変わらないという存在感。そんなイメージをつなぎ合わせて作った曲なんです。

高山: 本当に素晴らしい曲ですね。ロペスの作品、展覧会のイメージとぴったりです。聴いているだけでロペスの作品が目に浮かぶような。この曲が展覧会のイメージをさらに広げてくださっていると思います。

沖仁: ありがとうございます。そういっていただけると嬉しいです。

宮澤: スペインに行った時にマドリードを選んだ理由は何なんですか?

沖仁: 最初から決めていったわけではなくて、スペインで活躍している好きなギタリストが10人ぐらいいるんですけど、とりあえず全員に会おうと思ったんですね(笑)。でもなかなか会えないんです、連絡先も何も知らないから(笑)。それで街の人やバーで聞いて回って探したんです。そうやって何人かにはたどり着いたんですけど、やっぱり会ってくれない。家に行っても追い返されたりしてね。その中で一人だけ会ってくれた人がいて、それが僕の師匠でもあるセラニートというギタリストなんです。彼はすごくフレンドリーで、自分の家に招いてくれて、3日間ギターを教えてくれた。彼の住んでいたのがマドリードだったんで、僕もそこに住み始めたんです。

宮澤: ロペスもマドリードを拠点にしていますけど、現代美術の人とはいえ、そんなにとんがった表現をしているわけじゃないんですよね。どちらかというとスペインの伝統的な美術の文脈を引きずっているところがある。静物画なんかも多く手がけていますしね。それに比べるとミロなんかはバルセロナの方なんですよね。だからもう少しモダンで都会的とでもいうような雰囲気がある。でもマドリードの方がフラメンコギターの文化とあっているような気がします。

沖仁: スペインでも地域によってフラメンコのスタイルが全然違うんです。本場はアンダルシアなんですけれど、マドリードにはアンダルシアからの移民がたくさん住んでいるので、それで踊りも歌もマドリード独特のものに発展していったんです。芸術もベラスケスやゴヤのような、伝統的な宗教画のような作品ばかり見ていると、ちょっと肩が重くなってきちゃうんですよ(笑)。アンダルシアの田舎の飲み屋なんかだと、そういう宗教画を素人がまねたような絵がお店にいっぱい飾ってあるんです。マリア様が泣いていたり、キリストが血の涙を流していたり。もちろんその土地の人には必要なものなのかもしれないけれど、僕にはちょっと血なまぐさい感じがあって。でも、ロペスの作品は彼の個人的な想いが積み重なっているのがしっかりと感じられるし、それでいて決して重くないんです。そういう乾いた空気感や風通しのよさが本当に心地いいですね。

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