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今月のゲスト:遠山正道さん&林綾野さん@モネとジヴェルニーの画家たち


『こだわりの人、モネ』


高山: 遠山さんは「スープ ストック トーキョー」の活動だけではなく、ネクタイブランド「giraffe」のプロデュースやリサイクルショップ「PASS THE BATON」の運営、さらにアーティスト活動もされていらっしゃるんですよね。

遠山: まあいろいろやらせてもらっています(笑)。これからはアーティスト活動にも力を入れていこうと思ってるんですよ。5年程前にある事業計画書を書いたんですが、数字やグラフが並んだ企画書じゃなくて、こう真ん中に樹が生えていてそこにいろんなアイデアや想いが描かれている企画書なんですね。要するにある種未来をコミットしたというか、自分の会社を5年後、10年後にこうしたいという内容を絵で示したものなんです。それを2年前に個展を開催した時にシルクスクリーンで300枚刷って、全部サインしたんです。ビジネスをやりながら未来のビジョンを宣言するって実は結構根性がいることなんですが、その計画書を作品化して配ることで、ビジネスを志すみなさんと一緒にそういう未来につながる想いを共有できればいいなと。

高山: 本当にいろんな分野で活躍されていますよね。遠山さんの活動からはいつも目が離せません(笑)。今回のコラボレーションでは“食”という視点から関わっていただいたんですが、モネの絵はお好きですか?

遠山: 私がモネの絵と出会ったのは、小学生の頃に《日傘の女性》を見たのが最初ですね。あれは多分オルセー美術館だったかな。モネの代表作として大変有名な絵ですが、私も非常に感動しました。映画を見ているようにその場の情景が浮かんでくる絵ですよね。

林: あの絵は確かワシントンのナショナル・ギャラリーにもあるんですよね。私の友人にもあの絵を見て震えるほど感動したという人がいます。あの絵は逆光だったと思うんですが、そういう表現ってモネ以前にもあったんでしょうか。

宮澤: 基本的に画家って何らかの対象物を描こうとするわけですよね。女性だとか風景だとか。そうするとちゃんと対象を見ないと描けないから、やはり逆光じゃない方がいいわけですよ。ただ、モネは対象となるものよりも“光”そのものを描こうとしたわけですから、逆光もありだったんでしょうね。

遠山: 私が子供の頃に見て、今でも印象に残っているのがモネの日傘の女を描いた絵と、ロマン・ポランスキー監督の映画「ローズマリーの赤ちゃん」、そしてアルベール・ラモリス監督の映画「白い馬」なんですけど、「ローズマリーの赤ちゃん」のメインビジュアルも完全に逆光ですね(笑)。

林: 対象を直接照らすというより、周りが照らされることによって対象が浮き上がってくるような表現ですよね。モネの出現によってそういう風に視点が変わった時代だったのかもしれませんね。

宮澤: 当時、カメラが登場したという背景も関係があるのかもしれない。例えば人間は逆光でもちゃんと対象が見えるけれど、カメラだと真っ暗になっちゃうでしょ。

中根: 会場にモネの池の写真がありましたけれど、もちろん時間帯にもよると思いますが、実際の風景って展示されている絵よりも色味が暗いというか濃いですよね。モネの絵の中でかなり明るいタッチの睡蓮の絵がありますけど、それってカメラでいう露出オーバーだと思うんですね。これは間違いなくそういう目で見て描いているんだと思います。一方で最後に展示されている《睡蓮、柳の反影》はあえて露出を抑えて描いている気がします。それによってとてつもない深遠さが表現されているなと。

林: 《睡蓮、柳の反影》は、作品の写真を見ながら音声ガイドの原稿を作ったんですが本当に大変でした。まさにこの絵は会場で実物を見ないと良さがわからないと思うんですね。キャンヴァスのサイズ、スケール感、タッチ、色、すべてが影響しあって成立している絵ですね。やはりこのサイズでしか描き得ない、そういうものが表現されていると思いました。

宮澤: そこが美術館の存在成立の理由みたいなところで、やっぱり写真で見せられてもなかなかすべては伝わってきませんよね。写真で見るのとでは筆のタッチや迫力が全然違いますから。この絵は右側の柳を描いているあたりが浮き上がって見えるんですね。池全体にすごく深みがあるし、それと同時に透明感も表現されていてすごいですよね。

高山: 遠山さんは今回の展覧会で印象に残った作品はありましたでしょうか?

遠山: やはりモネが描いたピンク色の《睡蓮》が気になりますね。目の前にある睡蓮のまさに“印象”を描いているということと、睡蓮という“好き”な対象を描いているということが両立しているハイブリッド感がいいですね。好きな対象とイメージが重なっているってことですよね。例えば積みわらを描いたシリーズがありますが、あれは積みわらを覆う光を描こうとしたわけで、おそらく積みわらそのものが好きだったわけではないと思うんですよ。(笑)でも睡蓮の場合は、光のイメージだけではなくて対象への愛情も感じられて、見ているこちらも幸せになる感じがしますね。

宮澤: 今回の展覧会では東京会場に作品が来ていないんですが、モネの睡蓮の絵のすごいところは、キャンヴァスを縦に使うところですよね。普通、蓮の池を描こうとしたら構図としては横になるはずです。でもモネにはそういう構図の安定感みたいなものは関係なくて、それよりも全体の雰囲気や光の輝きや影なんかを描きたかったっていうことなんでしょうね。

林: 今回の『モネ 庭とレシピ』を出版するにあたってジヴェルニーのモネの家を訪れたんですね。ちょうど見学に行った時間が開館前で、一人で庭を見ていたんです。そうすると、あたり一帯がすごく静かで寂しい(笑)。さらに木や花が結構繁っていてうっそうとしているわけでしょ。たとえ手伝ってくれる娘や世話をしてくれる人が周りにいたとしても、この場所に何十年も居続けて、同じ対象ばかりを描き続けたモネは、やはりものすごい執念の人なんだなってあらためて思いました。このしつこさ、探究心はやはり半端じゃないなと(笑)。

宮澤: モネは積みわらとか大聖堂もそれなりに執着して描いていますよね。だけどやはり庭が面白かったんでしょうね。要素として水があって、植物があって、それらが光によって変化するわけでしょ。モチーフとして描きやすかったんでしょうね。

林: 庭って太陽の光や風とかによっても表情が変わると思うんですよね。だから同じ庭を前にしても、刻々と変化しているという実感がモネにはあったんだと思うんですよ。それまでは興味を惹かれるものを求めて結構移動していますよね。でもこの庭に出会ってからは自分が動かなくても絶えず相手が変化するわけで、だから一生ものの対象になったんでしょうね。

遠山: 水面って実際は黒いですよね。いろんな影も映りこみますから。だから普通の風景に比べるとダークな印象があるんだけれど、モネの描く水面ってどこかふわっとした印象がありますよね。やはり他の画家ではできない独特な見方をしていたのかもしれないですね。

林: ジヴェルニーにはモネが世話をしていたお花の庭もあるんですが、そこは何種類ものお花が咲いていて、とってもきらきらした感じなんですね。私は“宝石箱をひっくり返したようなお庭”って呼ばせていただいているんですが。そういうきらびやかなお花の庭がある一方で、池の庭にはそれとは正反対の深遠なものを求めていたのかなという気がします。

高山: お花の庭は当時珍しい種類のものも世界中から集めてきたりして作ったこだわりの庭なんですよね。今回の取材で他にも発見みたいなものってありましたか?

林: 今回は基本的に料理のことを書くための取材だったんですが、あまりにも庭の放つ力がすごすぎて(笑)、結果的に庭について書いた部分の比重が大きくなってしまいました。花の庭だけでも二千平方メートルぐらいの広さがあるんです。その広大な庭で、モネは花の色の配置にものすごくこだわったんですね。例えば、勿忘草みたいな低くて青い花を敷き詰めておいて、そこに赤いチューリップを植えるとコントラストでかなり目立ちますよね。さらにそれを遠くから眺めると、青と赤が混ざってうっすらと紫色に見えるんです。まさに印象派絵画のように。他にも、西日が当たるところにはオレンジや赤の花が植えられていて、西日が当たっているときは花の色にさらに深みが増すとか。そういう風に花の配置、色彩の配色からコントラストなど、それまでのガーデニングの概念に全く囚われないモネならではの完璧な計算とオリジナリティがあるんです。

宮澤: そもそもあれだけ広い庭があったら外国だと普通は芝生を作るでしょうね。逆にモネの庭には芝生がありませんから(笑)。

林: そうですよね(笑)。モネが亡くなった後は義理の娘のブランシュ・オシュデ=モネが庭の管理を引き継ぐんですね。彼女も園芸好きでちゃんとそれなりのケアをするんですが、やっぱり庭自体がだんだん縮小していくんです。ブランシュが亡くなった後はモネの次男ミシェル・モネが庭の面倒を見るんですが、そこでほとんど野放しにしてしまって完全に荒廃しちゃう。つまりこれだけの規模の庭は、モネというディレクターがものすごい集中力を発揮して指示・管理をすることによってやっと成立していたんです。

宮澤: だってあの庭に生えている植物はほとんどが一年草ですよね。毎年生えてくる花じゃないから、やはり相当のケアをしないとダメですよね。気候も寒いところだからダリアにしてもグラジオラスにしても植えっぱなしというわけにはいかないでしょうし。大変ですよね。

林: 他にも庭師を何人か雇っていたらしいんですが、結局誰もモネのようには出来なかったんですよね。普通に管理できるような広さじゃないんですよ。絵にしても庭にしても食にしても、とにかく徹底的にこだわる人、まさに執念の画家だと思います。

遠山: 絵に関しては、どちらかというとぼんやりしていたり、ふわっとしていたりする絵の方が多いじゃないですか。この時代ってデコラティブな額縁がなくなっていく傾向にあった時代だと思うんですが、そういうフラットな額が似合う絵を描く最初の画家と言ってもいいんじゃないかと思いますね。今見ても作品のテイストが非常に現代的な気がします。個人的にはモネのそういう部分が好きで、執念というよりもデザインという要素を感じさせるような画家だと思っていたんですが、今回あらためて拝見して全然違う部分があるなと感じました。

林: 確かに作品自体はすごくモダンな雰囲気がありますよね。あと、今回の展覧会全体から感じたことなんですが、画家たちの視点や興味の対象が結構変化していますよね。みんな最初はジヴェルニーの風景を描いているんですが、その後は室内に視点が移ったり、ジヴェルニーでなくても描けるものを対象に選んだり。作品を見る側は、どうしても芸術家に対してある種の固定したイメージを持ってしまうと思うんですが、モネを始め、ジヴェルニーに集まった画家たちが変わっていく様子を見ていると、彼らの人間らしさみたいなものを感じることができてすごく楽しかったです。

  編集後記
 
 

「スープ ストック トーキョー」でのタイアップメニューがきっかけという食のご縁でご登場いただいた今回のゲスト。食とアートのプロでもあるお二人ならではのお話がいろいろと伺えて楽しいギャザリングとなりました。 「こだわりの人、モネ」ということで、絵にしても庭にしても食にしても、とにかく徹底的にこだわる人であったというモネが愛したスープ。スープをとおして、皆さんにもモネという画家への距離が縮まるという特別な体験をしていただけると思います。1/10~(約2週間)展開される〝モネのポロ葱スープ“是非お見逃しなく!「モネとジヴェルニーの画家たち」展のチケットを持参で、セット商品を購入者対象にうれしい1ドリンクサービスもありますよ!!そしていつもアーティストへの温かな眼差しを持って、そのライフスタイルや食をとおしての画家探究をなさっている林綾野さんの新作『モネ 庭とレシピ』。オシャレな装丁に美しいイラストや写真そして レシピ付!と大切にしたい一冊がまた増えそうです。。。

高山(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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