ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:首藤康之さん@フランダースの光


『感情のダンス』


高山: 今回紹介されている画家たちはほとんど日本では知られていないので、これを機会にたくさんの方に興味を持っていただければと思っているんです。ベルギーの芸術って本当に独特の美しさがありますからね。コンテポラリーダンスの世界でも、先日首藤さんが主演されたオーチャードホールでの『アポクリフ』の振付師、シディ・ラルビ・シェルカウイさんや、モーリス・ベジャールさんなど、ベルギーで活躍されている方が多いですよね。

首藤: そうですね。ベジャールさんはフランス人ですが、最初に本拠地に選んだのがベルギーでした。ベルギーには新しいものを受け入れようとするような土壌があるんだと思います。そういう姿勢はフランスにももちろんあるんですが、一方で入りにくい部分もありますからね。それとベルギーでは、コンテンポラリーなものと古典的、伝統的なものが上手く共存している感じがします。ダンスでもそうですし、ファッションでもそうです。おっしゃるように振付家でもベルギーで活動する人がすごく多くて、また一番新しいことをやっているのがベルギーなんですよ。ファッションデザイナーがアントワープに集まった時代もありましたが、そういう意味でこのラーテム村に画家たちが集まった動きというのは、ベルギーの芸術活動における原点なのかもしれません。

宮澤: 19世紀末ぐらいは、ベルギーでもフランス語圏の方が力のあった時代もありましたけどね。当時の経済を牽引したのは石炭産業でしょ。炭鉱はみんな南にありましたから、その頃は南の方がお金を持っていたんですよね。

首藤: 北と南は言語も違うし今でも相容れない部分があるようですね。北のアントワープの人の中には南のブリュッセルに行くのも嫌がる人がいると聞いたことがあります。一般的にはブリュッセルの方が都会なんですが、僕はアントワープの方が好きです。一番長く滞在していたのがベルギーの街ですから。もちろん、都会といっても東京なんかと比べると全然田舎ですけど。

宮澤: 僕も長年ベルギーに住んでいたんですが、アントワープにはオランダにいる日本人も南下してくるんです。オランダにはあんまり美味しいものが無いらしいんですよ(笑)。ベルギーは食べ物も美味しいですからね。個人的にはうなぎが合わなかったけれど(笑)、それ以外の食べ物は好きでした。向こうのうなぎ料理はクリーム煮なんです。それもぶつ切りで(笑)。

首藤: ベルギーはムール貝なんかの魚介類も美味しいし、チョコレートやワッフルみたいな甘いものも美味しいですよね。僕はチョコレートが大好きなんです(笑)。向こうで食べるとより美味しく感じられるんですよね(笑)。
ダンスの世界では、「トイチョコ」といって、パフォーマンス前に踊る相手にチョコレートを渡す習慣があるんですね。フランス語で「Toi-Toi-Toi」って言いながら相手に渡すんです。一種のげんかつぎですね。それを食べると本番が上手くいくと言われているんです。

橋爪: チョコレートをあげるなんて素敵な習慣ですね。ベルギーだとチョコレートを買うのにも困らないですね(笑)。

宮澤: 最近はベルギーにもチョコレートやパンを売っているお店が増えた気がしません?昔はあんなに無かったと思うけど。

首藤: 確かに(笑)。マカロンもあんなに売っているものではなかったですよね。ひょっとしたら日本人観光客向けかもしれませんね。日本人は甘いものが好きですから。

高山: 実は、今回の展覧会は、宮澤が10年前にベルギーで見た展覧会で感銘を受けて、それをぜひ日本でもということで実現したんです。

宮澤: ベルギーで観た展覧会は、3つの美術館による合同展で、もっと規模が大きかったんです。今回はその内容を凝縮したような感じですね。


首藤: そうだったんですね。でも今回も100点近い作品がありますよね。これだけいろんな画家の作品を並べるのは大変だったんじゃないですか。

宮澤: それは大変でしたね。例えば、今回は結構大きな作品が多いんですね。そうすると大きな絵の配置がまず決まってしまうんです。それに会場全体が左右される。また、大きな絵の横に小さな絵をいきなり置くとバランスが悪くなりますし、絵を並べるにも何らかの関係性が必要なんです。次の絵と何かしらの共通項がないといけない。さらに年代やテーマも意識しないといけないし。会場はもちろん、カタログもそうなんですよ。掲載されている作品は、会場で展示されている順番どおりじゃないんです。

橋爪: カタログでは見開きの印象も考えないといけませんから。例えば今回だとスメット兄弟の木をモチーフにした絵は見開きで並べたい、でもそうすると他のページの構成にも影響が出る、みたいな。いつも悩みながら作っています。

海老沢: 今回は2つの会場を巡回していて、ザ・ミュージアムの前に姫路市立美術館で展示されているんです。それぞれの会場では、その美術館の学芸員が構成を考えますから、同じ作品が同じ数だけ並んでいるのに全然違って見える、そういうこともあるんです。見せ方一つでガラッと変わってしまう、それも美術展の面白いところだと思います。

宮澤: 今回うちの会場では、最後にギュスターヴ・ド・スメットのキュビスム的な絵を中心に並べましたでしょ。だから見終わった後にそんなに暗い印象が残らないんじゃないかと思います。そこはちょっと気にしたところなんです。

首藤: 舞台の場合は、舞台の大きさそのものが会場によって違いますから、それによって表現が変わってきます。大きな劇場だからといって動きを大きくするだけでなく、逆に凝縮して観る側をひきつけることもありますし、小さな劇場であえて思い切り大きく動く場合もあります。そういう舞台や観客との距離感によっていろんな変化が自然に起こるんです。ダンスと違って絵の場合は見る側が自由に距離を取れるから面白いですよね。

中根: 以前、『モネ、ルノワールと印象派展』のギャザリングの際に、セルリアンタワー東急ホテルのシェフの方がゲストでいらしたんですが、モネの睡蓮の絵をご覧になって、“「きっとこのぐらいの距離から、こういう感じで見せたかったんだろうな」みたいなことが肌で感じられました”とおっしゃっていたことが記憶に残っているんです。今回は首藤さんにご覧いただくにあたり、身体表現をされている方ですから、やはり絵をご覧になる際に距離感を大切になさるんじゃないかと想像していたんですが。

首藤: 絵そのものは動かないので、自分が距離をとることによって絵に生命が宿る感じはありますね。近くからだと絵だけれど遠くからだと写真のように見えたり、また近ければいいというものではなくて、遠くから見た方が深いところに入れたり、絵の前で止まるのではなくて、絵の前で移動して位置を変えることによっていろんなことが見えてくることはあると思います。ただ、ダンスで大事なのは身体の動きだけではなくて、感情の変化なんですね。身体が止まっていても、物を見たり、空気を感じたりして感情は変化するんです。絵を見ているときは身体の動き以上に感情が変化していて、それを感じるのが絵を見る楽しさなんです。
僕は自分の表現を高めるためにも、ダンスに限らずできるだけいろんな文化や芸術に触れたいと思っていて、ツアーの際には合間を縫って美術館や教会なんかによく行くんです。ただ、すべての芸術に心を動かされるわけではなくて、やっぱり全然響かないものもあります。今回は、本当に心が、感情が揺さぶられる素晴らしい展覧会だったと思います。

  編集後記
 
 

会場内で1点1点の作品と真剣に対峙している姿は、舞台に立っている時の首藤さんのように、その世界に入り込み、作品の持つ空気や気配までを感じ取ろうと意識を集中しているかのようでした。
ジャンルは違えど同じ表現者であり、またベルギーとも縁の深い首藤さんとのお話から、このような個性的な作家たちを惹きつけ作品を生み出す、独特の芸術文化を育んできたベルギーという国の奥深さと魅力がより鮮明に浮かびあがってきました。
そして、トップダンサーとして日々忙しいスケジュールの合間にも、様々なジャンルの芸術文化に触れることで自身の芸術表現を高めていらっしゃるというお話にもとても説得力があリ、アート鑑賞も音楽やファッションを楽しむように、ライフスタイルの一部としてごく自然に取り入れられている様子がとても印象的で素敵だと思いました。

高山(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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