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今月のゲスト:Rie fuさん@語りかける風景


『アナログだから伝わるもの』


高山: 今回の展示作品の中で特にお気に入りのものはありましたでしょうか?

Rie fu: たくさんありましたよ。カンディンスキーの作品(《サン=クルー公園》)もすごく好きですし、メスダッハの《海景》のような作品も好きです。風景だけで無く、その場の光や大気までもが表現されている気がします。古典的な風景画というのは、自然の脅威というか、人間の力が及ばないパワーや運命、そういう偉大なものにつながる気がして好きです。いつ見ても圧倒されますね。

高山: 実はBunkamuraザ・ミュージアムで風景画だけを集めた展覧会というのは初めてなんです。風景画だけを集めると一見地味に見えてしまうので、今回は“ヨーロッパの田園地帯を走る列車に乗った気分で、移り変わる風景をお楽しみください”というコンセプトでトータルコーディネートしました。“語りかける風景”の裏テーマですね(笑)。ただ、今回展示されている作品は、アルザス地方出身の作家の作品や、風景を描いた作品など、これまで日本ではあまり紹介されてこなかった作品も多く、バラエティに富んでいますから、そんなところも楽しんでいただければと思います。

Rie fu: 確かにいろんな作品がありますし、全然違うタッチのものが並んでいる場所も面白いです。電車の窓から見ている気分になると、時間軸もどんどん変わっていく気がして、風景が移り変わっていく感じがしますね。

宮澤: それでも本当に独特のタッチのもの、例えばポール・シニャックの《アンティーブ、夕暮れ》なんかは、さすがに単独の壁に飾りました。そういう工夫もしているんです。作品の並べ方によって、展覧会そのものの見え方が違ってきますから、単純に時系列に並べるだけじゃなくてテーマ性を持って構成しようということで、そのあたりもかなり気を使いました。

海老沢: テーマ性を持たせるために、ストラスブール美術館の収蔵庫に行ってこちらで選んでお借りした作品もあります。ですから、必ずしもストラスブールに行けば見ることができるわけではない作品も展示されていますので、非常に貴重だと思います。

中根: こういう印象派なんかの展示を見るたびに思うんですが、当時の画家たちはその時代の先端の技術や文化をテーマとしてよく取り上げていますよね。さっきのRie fuさんが絵のテーマに選んだ“工事現場”も実は新しいと思うんです。僕も工事現場が好きなんですが(笑)、最近のライティングってすごく明るかったりいろんな形をしていたりするんですよ。おそらく技術的にもかなり進歩しているんだと思うんです。そういうものを現代のアーティストさんはもっと取り上げればいいのにと。おそらくこの時代は風景を描くのが新しかったってことなんですよね。

宮澤: 風景を描くことが新しかったというよりも、身の回りの風景の中から自分で選ぶっていう視点が新しかったんでしょうね。例えば、さっきのメスダッハなんかは、その場でスケッチしたものを溜めておいて、アトリエでそれらを元に描いたんだと思うんだけれど、コローやシスレー、モネあたりは、多少は想像の部分はあるにしても、基本的には外にイーゼルを立てて、そのまま描いたわけで、そこが違うんですよね。しかも、その場面の選び方も既成概念にとらわれないで、自分がいいと思った風景を描いた。

中根: Rie fuさんが工事現場をテーマに描くのも、やっぱりそういう思惑があるんでしょうか。

Rie fu: そうですね。普段は目にしない特別な風景というよりも、日常に溢れているんだけれど、みんなが気づかない面白さを含んだ風景をテーマにしたいなと思っています。工事現場はずっと描いているテーマですし、好きな風景ですね。街で見つけると、どうしても見てしまいます(笑)。

宮澤: だから今回の展覧会に出ている画家たちと視点は似ていますよね。ポスタービジュアルになっているシスレーの《家のある風景》なんかも、この時代以前の画家だったら決して選ばないような、あまりにも日常的な風景ですよね。だけど、自分の感性に響く風景だということで選んで描いたわけでしょ。モネの作品《ひなげしの咲く麦畑》もそう。“ひなげし”って都会に住んでいるものにとっては綺麗な植物かもしれないけれど、結局は雑草ですよね(笑)。だから普通は描かないですよ。ヨーロッパの画家たちは花といったら大体バラを描くんですよね。ところがモネはそういう既成概念を振り払って描いた。さらに朝、昼、夕と時間帯によって見え方が違うといって、同じシチュエーションで3枚描いたわけですよ。だから対象の選び方がすごく主観的なんですよね。

Rie fu: 美大にいた時は油絵を専攻していたんですが、現代では写真があるから記録としての絵は必要なくて、特に油絵というジャンルはもういらない、みたいなことを言われたこともあって(笑)。でも、精密な描写が必要なコンセプトの場合は別にして、私は絵を描くということは、単なる記録ではなくて、個人の視点を表現することだと思うんですね。

宮澤: それもまさに19世紀の終わりから20世紀の始めの頃の、印象派の画家たちが直面した問題ですよね。その時代のちょっと前ぐらいから写真が流行りだしたんですよね。最も困ったのは肖像画の画家たちですよ。記録としての絵は必要なくなったわけだから。そんな中で、いろんな画家たちが、絵にしか表現出来ないものを求めた結果こうなったっていう部分もあると思います。

中根: Rie fuさんの絵は、写真と絵の中間のような雰囲気がありますけど、どういうプロセスで描いているんですか?

Rie fu: 気に入った風景があると、まず写真で撮って、それを見ながら描いています。写真の出来がよければそれで作品として成立してしまいますので、あえて解像度の低い携帯のカメラで撮って、それに想像力をプラスしたり、デフォルメしたりして描いています。私は絵の具の質感が好きだし、絵の具をキャンバスに乗せるという感覚もすごく好きなんです。ですから、絵を描く時は、奥行きや遠近感よりも、絵の具の質感や立体感を大事にしたいと思っています。写真というメディアに頼ることも出来るんですが、やはり絵というある意味古典的な表現方法で、その風景を見た時の感覚を再現しようと思う気持ち、姿勢で描くことを大事にしたい。その方が、より作者の感覚と密接な作品が出来る気がしますね。どんなに技術やメディアが進化しても、作者の手でペイントする作業はずっと無くならないと思うし、何より楽しいです(笑)。

高山: アートだけじゃなくて、身の回りにあるいろんなモノを考えてみると、大量生産された工業製品と手作りの作品っていうのは、そのモノ自体から受け取るものって全然違いますよね。アナログなプロセスを通した作品は、温かみとか優しさにあふれていると思います。

Rie fu: また、価値観が一周して、アナログ的な感覚が新しくなることもあると思うんですね。音楽でもシンセサイザーが登場した当初は、アコースティックな楽器の音が古く感じられたこともあったかもしれないけれど、逆に最近は、シンセサイザーのようなエレクトロなものとアコースティックなものを混ぜることで新しい音が生まれたり、新鮮さが感じられたりしていますよね。

中根: 今回の展覧会では、この時代の画家たちがみんな風景を描いたという圧力、それが時代を超えて伝わってくるんですよ。これはやっぱり絵というメディアの持つ力じゃないかと。

Rie fu: 音楽でもインパクトや使いやすさだけを求めると、電子音の方が融通が利くと思うんですね。例えば、音量や音色もいくらだって操作できるとか、着メロにしやすいとか。でもやっぱり本物の音楽を届けたい時はアナログになりますよね。特に音楽は歌う人だけじゃ無くて、それを聴いてくださるお客様がいて初めて命が吹き込まれると思うんです。これからアーティストとして活動していく上でも、その道で一番を目指すというよりも、そういう感覚を忘れずに、自分にしか出来ない表現をしていきたいと思っています。

  編集後記
 
 

風景画を描くことは自分の内面の自画像を描き出すこと。そして個人的な記憶や感覚をオーバーラップさせながら様々な受け取り方ができるという点において鑑賞者の視点にも寛容だからテーマとして選択しているという、今回の展覧会のコンセプトそのものであるところのお話しをしてくださったRie fuさん。そんなRie fuさんの個展“工事現場フェチ展”がもうすぐ開催されます(7/11~7/17 ・場所:GINZA *GALLERY* HOUSE) !楽しみです。そして先日の"welcome to at Rie TOUR"(アトリエツアー)のライブの冒頭で行われたライブペインティング。イーゼルに立てかけられた白いキャンヴァス風にみえたものは、実は無地のジグゾーパズルで、ライブ後に解体して来場者に1ピースずつ配られました。そんなエスプリの効いた一人一人のファンを大切にする想いが感じられる演出も素敵でした。私もその素晴しい歌唱力、ほわっとした雰囲気の中にある表現者としての芯のとおった部分に魅せられて、すっかりRie fuさんのファンとなってしまいましたが、これからも1ファンとしてその音楽と絵画両方の制作活動に注目させていただきたいと思ってます。

高山(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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