ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:山田五郎さん&秀島史香さん @美しき挑発 レンピッカ展


『時代を超える女性像』


高山: 山田さんは1920年代のパリがお好きとおっしゃっていましたが、それはどういうところに惹かれるんですか。

山田: モダニズムが好きなんです。いろんな国のいろんな要素が混ざり合って化学反応を起こし、まったく新しいコスモポリタンな文化が形成されてゆく過程が、とてもエキサイティング。アール・デコひとつとっても、フランスのキュビスムからロシア構成主義、イタリア未来派、さらにはオリエント趣味まで入っている。何百年も続いてきた伝統的な価値観が、第一次世界大戦で完全に崩壊した直後ならではの、何でもアリな解放感に憧れます。

宮澤: 芸術家の中には、未だにその幻影を求めてパリに行く人もいるわけでしょ。今はもう無いけど。

山田: 1920年代のパリは、世界中からいろんな才能が大集合した奇跡の瞬間でしたから。第一次世界大戦でフランが下落したせいもあって、アメリカからヘミングウェイやフィッツジェラルド、日本からも藤田嗣治や岡本太郎などなど。さらにロシア革命によってロシアや東欧諸国からの亡命者が、こぞってパリを目指したわけです。あんな時代は二度とないでしょうね。

宮澤: ロシア関係の展覧会では、ロシア人から見た美術とかパリとか、若干自分たちが作ったんだ、みたいなところが感じられるんですよね。

山田: 実際、そういう部分はありますからね。パリのモダニズムを考える上で、ロシアとアメリカの影響は無視できません。例えば、踊りの分野では、ロシアからはセルゲイ・ディアギレフのロシア・バレエ団、アメリカからはジョセフィン・ベーカーがパリに来て、衝撃を与えています。パリに限らず、ヨーロッパのモダニズムは全て、この二つの新興国から何かしらのヒントを得ていると言っても過言ではないでしょう。近代建築の父と言われたアドルフ・ロースも、アメリカで開眼して帰ってきています。カンディンスキーらロシアの芸術家がドイツのバウハウスに与えた影響は、改めて言うまでもありません。アメリカとロシア、かつて文化的辺境だった新興国だからこそ生み出しえた新しい美意識が、ヨーロッパという古い社会で出会って洗練され、普遍的なスタイルになっていく。今日まで続く「モダン」な美意識の根幹が、あの時代のパリで完成されていったんです。

宮澤: やはり場所として重要ですよね、パリは。それがいつの間にかみんなニューヨークに行ってしまって、もぬけの殻になっちゃう(笑)。一番パリが元気だった頃ですよね。レンピッカもやはり画家として、「パリに行かなきゃ」みたいな気持ちがあったんでしょうね。

山田: パリが世界中の才能をひきつける磁力を放っていた、最後の時代かもしれないですね。

秀島: この街で注目を浴びれば、そのまま世界に知らしめることが出来るっていうことですよね。

山田: 東京も、最近はロシアや中国やインドから、才能やお金を持った人たちが、たくさん集まってきていますよね。雑多な文化や美意識が日本で混ざり合って、新しい文化が生まれれば面白くなりそうなんですが。言葉の壁があるせいか、なかなかそうはなりませんね。
ところで、レンピッカの、画面いっぱいに人物を詰め込むスタイルは、どういう意図から生まれたんでしょう? 構図的に無理がある場合も多いですよね。頭が切れている作品もありますし。

宮澤: これは単純に対象を大きく見せるためだと思いますよ。迫力を出すためでしょうね。現代でも写真の構図とかで使う人がいますよね。

秀島: 確かにどの作品も迫力がありますよね。私はどちらかというと静物よりも人物を描いた作品の方が圧倒的に好きですね。彼女は人の人生の何倍も生きているようなエネルギーがあって、いろんなことにチャレンジしていますけど、最終的に何が一番やりたかったのかっていうとやっぱり絵だったんでしょうか。

山田: やり残したことがあるとすれば女優でしょう。でも、彼女が他のクリエイターと一緒に映画作りができたとは思えないけど(笑)。監督と喧嘩したり、脚本に文句付けたりしそうですよね(笑)。

秀島: 自己演出をここまで徹底的にやる人ですからね。パーツとしての女優を演じられたとは思えませんね。

宮澤: 声はどんな感じだったんでしょうね。

山田: あくまでもイメージですけど、ハスキー系な感じがしますよね(笑)。酒とタバコでつぶれた感じ。この顔と雰囲気で、アニメ声はありえないでしょう(笑)。

宮澤: 会場で流れている映像には音が入っていませんので、わからないのが残念です。

山田: 高山さんからうかがって意外だったんですけど、男性のお客さんが多いそうですね。

高山: そうなんです。お客様で目立つのは若い男性なんですよね。サブタイトルが“美しき挑発”ですから、まさに挑発されて来て下さった方が多いのかもしれません。

海老沢: 今回のポスターに使った絵は娘のキゼットを描いた《緑の服の女》なんですけど、このポスターを見て来たとおっしゃる方も多いですね。前評判も男性の方が良かったし、お客様も男性の方が予想より多くて意外でした。実際見ていただくと女性の方が共感していただけると思うんですけど、実は若い女性の方になかなか見ていただけないんですよ。こちらとしては、30代から40代の働く女性に見ていただきたいという気持ちもあって、展覧会のテーマソングもマドンナの「VOGUE」という曲にしたんですが...。

山田: “強い女”は、今の時代には流行らないんですかね。意外です。そういえば、若い人でも印象派の絵が好きって言う人が結構いますよね。我々の若い頃は、「印象派なんてお年寄りが見るもんだ」と思ってましたけど(笑)。今は若い人も「攻め」より「癒し」を求めるのかな。そんなの、年とってからでもいいのに。ちなみに僕は、最近ようやく「印象派もいいな」と思える年齢になりました(笑)。

秀島: 若い人の草食化がどんどん進んでいるんじゃないですか。最近は若い人でも安定志向の人が多いそうですから。

宮澤: レンピッカは、自分の絵を売るたびに自分のために宝石を買ったんですよね。みんなそれぐらい思い切り自分に投資してほしいですね(笑)。

秀島: 徹底的に自分に投資するっていう、あくなきハングリー精神を持っているのがこの人ですよね。この潔さは私も見習いたいです。やっぱり江戸っ子のように、お金はパッと使っちゃわないと(笑)。

高山: レンピッカの作品をこれだけ見ていただける機会もあまり無いと思いますし、本当に作品からライフスタイルまで、いろんな人に影響を与えてきた人ですから、性別を問わず、肉食系・草食系を問わず(笑)、特に若い人たちに見ていただきたいです。

山田: レンピッカ展に若い女性があまり来ないっていうのは、今回のギャザリングで一番ショックな事実でした(笑)。男子と違って、女子には肉食系も多いと聞いてたのに。でも、レンピッカは女性として本当に先駆的でかっこいい生き方をした人ですから、「森ガール」の皆さんにもぜひとも見てもらいたいですね。

  編集後記
 
 

あまりの博識ぶりにほとんどジュエリーの講義を聴く生徒のような気分だった「愛のヴィクトリアン・ジュエリー展」のギャザリングに続き、今回も本当にさまざまな知識の引き出しからレンピッカの魅力を読み解いてくださった山田五郎さん。山田さんのリクエストで同じく2度目のご登場となった秀島史香さんとの掛け合いも面白く、まさにギャザリングの醍醐味を感じさせていただけるひとときでした。
展覧会の内容によって、お客さまの年齢層や男女比等にはなにかしら特徴が出るものですが、今回のレンピッカ展ほど、 男女によって反応の分かれる展覧会は珍しい気がします。実際に展覧会を見ていただければ、男女問わずレンピッカという一人の女性の生き方と彼女の人生を彩った作品の変遷を楽しんでいただけるのですが、レンピッカの作品のあまりに強い第一印象に一瞬ためらってしまうのは女性の方が多いように見受けられました。そういう意味でも、ギャザリングで男性と女性それぞれのゲストを迎えてあわせてお話を伺えて興味深かったです。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

前へ


ページトップへ
Presented by The Bunkamura Museum of Art / Copyright (C) TOKYU BUNKAMURA, Inc. All Rights Reserved.