ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:吉谷桂子さん@ベルギー幻想美術館


『時代を超える幻想美術』


吉谷: ヨーロッパでも、ベルギーの画家の作品は実際にベルギーに行かないと見られないものが多いんですが、そういう意味では姫路の市立美術館のコレクションが充実しているのはすごいですね。今までまったく知らなかったので損した気分です(笑)。

廣川:なかなかベルギーでもこれだけのコレクションを一度に見られる機会はないそうです。もともと姫路市がベルギーのシャルルロワ市と姉妹都市になったのがきっかけだそうですが、姫路市立美術館の元副館長の方がデルヴォーの作品を大好きだったということもあるみたいですね。
ベルギーでも姫路市立美術館さんがコレクションしているというのはよく知られているらしくて、先方としても、作品がいろんな国や場所に散逸するよりは好ましい、というような考え方もあるんじゃないでしょうか。

高山:以前、ザ・ミュージアムでクノップフ展を開催したときに出展した作品も、当時は海外からお借りしたんですが、その中にもその後、姫路市立美術館に収蔵されたものもあって、私たちも驚きました。

海老沢:昨年ザ・ミュージアムで開催したルドン展のときは岐阜県立美術館さんから作品をお借りしたんですが、岐阜の方たちの中にも、自分たちの県がこんなに素晴らしい作品を持っているということを知らなかったという方がいらっしゃって、わざわざ東京に観に来られるということもありました。

吉谷:そういうつながりで、地元の良さが発見されるというのは素晴らしいですね。同じ作品でも、展示の方法や括り方の違いで見え方も変わってくるでしょうからね。

中根:さきほど、今回の展覧会の作品が表現している感覚と、今の東京に生きている感覚とが似ているというお話がありましたが、ルドン展の時も、ルドンの作品をまさに今の時代の若い人に見て欲しいと思ったんですね。現代の、特に若い人が抱えている心の中にある闇のようなものが描かれているように思えたんです。作家がその時代そのものを表現しているのだとすると、どの時代の作品も結局、現代に通じるところがあるような気がします。

吉谷: そうですね。特に今回のような19世紀後半から20世紀初頭の絵画っていうのは、大きく変化していく時代の流れの中で、揺れ動いていく人間の心を端的に表していると思いますし、さらに、現代でもこの20~30年ぐらいの間に時代ががらっと変わっていますよね。これから20年先がどんな風な世の中になるのか誰も想像がつかない、わかりませんよね。100年前の人たちもこれと同じような不安を抱えていたんじゃないでしょうか。
ただ、そうやって世の中やその時代の価値観はどんどん変わってしまっても、実は人間の心の中というのはそんなに変わらないんじゃないかと思うんです。価値観が変わるといっても、その多くは表面的なもので、人間が生きていく上での心の軸は変わっていないはずです。ですから、過去の時代から生き残ってきた絵画は、私たちにとって、見つめるべきひとつの鏡みたいなものですよね。

中根: 日本人はかわいいものが好きだし、絵画のような美術にもどちらかというと癒しのような安息を求める人が多いような気がするんですけれど、実は我々の本質が、もしくは未来がそこに描かれているのかもしれませんね。

吉谷: 絵を見て癒されることももちろんあると思いますが、私は確実にエネルギーチャージなんですよね(笑)。素晴らしい作品に出会えた時はその一日機嫌がいいんです(笑)。それと、やはり庭作りにいい影響を与えてくれます。私は、庭と美術には“あいだ”が無いと思っているんです。ほとんど同じ。庭のことを考えていて、アイデアが出てこないときは、素敵な画集を見たり展覧会に出かけたりします。特に色彩においては、どんなに技術が発達しても、自然界に存在する色を、そのまま印刷で表現することは出来ないと思うんですね。アンソールの花の絵を見ていても本当にそう思うんです。
今回のベルギー美術の幻想的な世界というのは、それぞれの絵を見ながら、庭のコンポジションのインスピレーションを得たり、来年の構想を練ったり、私が庭を表現するための大きなヒントになりました。

高山: 絵の世界は白いキャンヴァスですが、吉谷さんの場合は、庭の世界の地面という、茶色のキャンヴァスに色を付けていく感覚でしょうか。

吉谷:まさにそうですね。庭作りの場合は、素材として生きたものを使うところが違うぐらいで、基本的には同じだと思います。建築家の父が、私が中学生ぐらいのときに教えてくれた言葉を今でも覚えています。ドイツの建築家ヴァルター・グロピウスの言葉なんですけど、「己が技術を切磋琢磨せよ、しかるのちに霊魂に身をゆだねよ」というもので、父が言うには、表現とはそういうものだと。今回の展覧会の作品も同じだと思うんです。例えば、クノップフの作品には絵画というよりもイラストレーション的な要素もありますが、その絵が果たして美術なのかイラストなのか、その違いはやはり作家の精神性が反映されているかどうかだと思うんです。スピリチャルなパワーというのかな。デルヴォーの作品も技術的にはいろんな見方が出来ると思うんですが、そこで表現されているのは、もう技術を越えて何かに委ねてしまっている世界なんですよね。肉体と霊魂という風に分けるのであれば、肉体よりも霊魂の方が絵の中で勝っているんです。もちろん、絵画の歴史の中で残ってきた素晴らしい作品は皆そうです。強いパワーも放ちながら、すごく精神的ですよね。それがこのベルギー幻想美術の魅力ですし、それがまた、今の時代に生きる私たちの心に響くのだと思います。

  編集後記
 
 

“素敵なインテリアには、テーブルや椅子のような家具だけじゃなくて、好きな絵と花が入らないと空間は完成しないと思っているんです。それもさりげなくね。”とおっしゃっていた吉谷さん。
昨年、「薔薇空間」展を開催した際にイベントでお世話になりお邪魔した吉谷さんのご自宅は、まさにそれが体現された空間でした。吉谷さんのガーデンや吉谷さん自身から溢れる美しいオーラはそうした日常にある美意識から生まれ出るものなのでしょう。今回、吉谷さんから教えていただいた新しい絵画鑑賞の楽しみ方、お庭でのお花の配色や配置の参考にするというのも、日常生活にアートを取り入れて豊かに過ごすということにつながることですよね。皆さんも是非ご参考になさってみてください。

高山(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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