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今月のゲスト:吉谷桂子さん@ベルギー幻想美術館


ID_033: 吉谷桂子さん(英国園芸研究家、ガーデン&プロダクトデザイナー)
日 時: 2009年9月11日(金) 
参加者: 廣川 暁生(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世、橋爪 優子)

PROFILE

東京生まれ。フリーランスの広告美術デザイナーを経て1992年渡英。
約7年間の英国の暮らしを生かしたガーデンライフの楽しみを提案。
帰国後は、百貨店、集合住宅などのガーデンデザイン、初回から連続して国際バラとガーデニングショウのガーデン・デザイン。
東京ミッドタウン「ボタニカ」、箱根「星の王子さまミュージアム」等、ガーデンデザインを担当。近著に「花に囲まれて暮らす家」(集英社)、「吉谷桂子のガーデニングワールド」(主婦の友社)ほか。

吉谷桂子ブログ:http://blog.iris-gardening.com/archives/112168.html


『幻想のベルギー』


高山:今回のゲストはガーデンデザイナーの吉谷桂子さんです。早速、展覧会の初日からご来館くださったそうですね。ありがとうございます。

吉谷: 去年「ミセス」という雑誌の企画としてベルギーを旅行するチャンスがありまして、以来、すっかりベルギーに夢中です。学生時代から、ヨーロッパ絵画に魅せられていたこともあって、ヨーロッパ移住計画(実際はイギリスに移住)を実行したのですが、本当はヨーロッパのすべての国に住んでみたかったんです。中でもベルギーという国は独特な文化を持っていて、それをさらに深く知りたいと思っていたんですよ。今回の“クノップフからデルヴォー、マグリットまで”というサブタイトルにも惹かれまして、これは絶対アンソールも見られるんじゃないかと(笑)。まさに渇望していたという感じですね(笑)。実際、会場にはアンソールの作品もたくさん展示されていたのですごく嬉しかったです。うちの主人はとにかくデルヴォーが好きなんです。で、私はクノップフとアンソール。もう20年以上も前ですけれど、その世界に浸りたいあまりにクノップフの画集を見て模写をしていたこともあるんですよ。

高山: ベルギーには雑誌の企画で旅行された以前にもいらしていたんですか?

吉谷: イギリスに住んでいたときに訪ねていました。南イングランドから車に乗ってドーバー海峡を15分で渡れるんです。ベルギーに行く方がパリに行くより近いんですね。だから「おいしいものを食べに行こう」というようなノリで(笑)行っていました。でも、その雑誌の取材で訪れたときに、ベルギーの美術って思った以上に素晴しいことに気付いたんです。特に今まで見たことのなかった作品の中に、自分の心の状態とすごく共鳴する作品が多かった。ベルギーの近代美術って、豊かではあるんだけれど、人々がちょっと不安な気持ちを抱えているというような、今の時代の感覚と似ているところがあるんです。豊潤で熟した文化の中にありながら、作家たちの心は非常に繊細でどこか揺れているように思える。それと同じような気持ちが、自分の心の小箱の中にも入っていて、絵を見たときにその小箱の蓋がパカっと開く。その感覚がベルギーにいるときにすごく気持ちよくて、今回の展覧会では、またそういう体験が出来るんじゃないかという期待もありました。
旅行で最初に行ったのがアントワープにある王立美術館なんですが、ルーブル美術館のような世界中から人が集まる美術館と違って、本当に地元の人たちが好きで来ている感じなんです。もともと私はメインストリームに出てこない、ちょっと変わったタイプの絵が好きなこともあって(笑)、あの雰囲気が大好きでした。

海老沢: 地元の人たちに支えられている美術館って素晴らしいですね。私たちも今回の展覧会の前にベルギーへ行ってきたのですが、普通の家もそれぞれ本当にかわいらしくて、お庭もきれいにされていて、自分たちの美意識をちゃんと持っている感じが伝わってきたんです。ベルギーは、今の時代でも家と美術が密着している感じがありますよね。

吉谷:暮らしの中にアートをどう取り入れていくかっていうことをちゃんと考えているんですよね。
素敵なインテリアのお家に住みたいというのは、みんなが考えることだと思うんですけれど、私は、その“素敵なインテリア”には、テーブルや椅子のような家具だけじゃなくて、好きな絵と花が入らないと空間は完成しないと思っているんです。それもさりげなくね。

高山: 今回の展覧会で、特に印象的に残った作品はありますでしょうか。

吉谷: やっぱりアンソールの作品が印象的でした。《果物、花、裸にされた光》の色使いが素晴らしかった。素敵な絵画は庭作りにもとても参考になるんです。 ゴッホの絵なんかも非常に参考になるんですよ。
このアンソールの絵を見て、あらためてオレンジ色の色幅が素敵だと思いました。庭の中でオレンジ色の花を利かせるとすごく活きるんです。ただ、一色だけだとつまらなくなっちゃうこともあるので、この絵を見て、ちょっとくすんだピンクを加えたり、大きくて白い花も入れたりするといいんだろうなとかね。この絵はしっかりと目の中に入れました(笑)。 私は美術館で展覧会を観る時は、この中でひとつ作品をもらえるとしたらどれにしようって考えるんです(笑)。今の自分の気持ちと飾られている絵の関係から欲しくなるものを探したり、単純に「今、うちの家のあの壁に合いそうだな」というのを探したり(笑)。インテリアとして飾る感覚で欲しくなる絵もありますよね。そういう意味では、今回はアンソールのリトグラフが欲しくなりました(笑)。
あと、マグリットのリトグラフのシリーズの完成度の高さには驚きましたね。これはひょっとしたら職人さんの技術が高いということなのかもしれないのですが、木の葉の描写なんて、小気味良いほど精密でこれは本の印刷ではわかりません。

廣川: リトグラフの表現ってもっと平面的になってしまいそうな感じがしますが、確かにこのマグリットの作品は立体的で完成度が高いですね。

吉谷: サベナ・ベルギー航空の元社長の依頼によって制作されたデルヴォーの壁画(《立てる女》《女神》《乙女たちの行進》)も圧巻でしたね。これだけ大きな作品が、いったいどんな部屋にどんな風に飾られているんだろうって(笑)。
今回は、どの作品も素晴らしくて、のめりこんでしまいました。これらの絵が描かれた1900年代の終わり頃にワープして、自分がどこにいるのかわからなくなった感じですね(笑)。会場に入ったとたん、すっと気持ちが入っちゃいました。会場のインスタレーションがすごく素敵だったこともあるんじゃないでしょうか。薄紫やピンクの背景が使われていて、とても幻想的な雰囲気が出ていてよかったです。

海老沢: ザ・ミュージアムは渋谷の街中にありますので、まず展覧会の世界に入っていただきたいし、そして、その世界観の中で作品と対峙していただきたい。どうやったらそれを実現できるのか、いつも考えているんです。ですから、うちの学芸員も、入り口の造作には一番力を入れてつくっています。そうおっしゃっていただけると本当に嬉しいです。

吉谷: 会場に入った瞬間、後ろの扉が閉まっちゃったように、もう本当に世界に入り込みましたよ(笑)。
もちろん、会場の造作もあるでしょうし、結局この時代の絵って、私たちが今、東京で生きている感覚とそんなに違わないんじゃないでしょうか。私は、ずっと昔の過去と、先の未来を意識的につなげて生きていくっていうことを常々テーマとして考えているんです。例えば美術館に来て、紀元前のギリシャやローマの美術に入り込みながらも、2009年の東京の混沌とした風景も常に意識の中にある。
そういうものが共存していいし、それが楽しいと思うんです。今回の展覧会でいうとデルヴォーの作品なんてまさにそうで、一人の人間の中にロマンチシズムと厳しい現実が上手に共存している、そんな感覚が心の救いになっています。

廣川: デルヴォーも、普段の生活の中で、普通に街を歩いていて、急に古代の風景が見えてしまったようなところがあったのかもしれませんね。

吉谷: 例えば、ベルギーのアントワープで、日の暮れかかった夕方の静かな時間、18世紀以前から変わらないの町並みを歩いていると、いきなり向こうから路面電車がやってくる、みたいな場面に出くわすんですね。そういうときに、「ああっ、今私はデルヴォーの世界にいるんだ!」って興奮しました。モダンな景色も見えているし、クラシックな景色も見えている。中世の建物もあれば、今様の音楽や車もある。そういうものが共存している世界が、べルギーの幻想美術なんじゃないかと思います。

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